11話
リチャード視点
舞踏会が終わり、先ほどまでの熱気が嘘のように静まり返っていた。
私はその場に立ち尽くし、胸の内で言いようのない感情を持て余していた。
(彼女は、確かに変わった。本当に、別人のように)
あの夜、私が彼女を商会の客人として舞踏会に連れて行った時のアリーシャは、柔らかく、慎ましく、どこか儚げだった。
だが今夜の彼女は、雪のように冷たく、夜明け前の海のように静かだった。
ウィルフォード侯爵夫人という名が、まるで武器のように彼女を守り、同時に縛っている。
(だが、あの目は、自由を求めている)
私は懐から懐中時計を取り出し、月明かりにかざした。
時刻は十一時を少し過ぎている。
この時間なら、彼女の馬車はもう屋敷へ戻る頃だろう。
扉の向こうに消えていく青いドレスの後ろ姿を思い浮かべ、私は小さく息を吐いた。
社交界に現れたあの姿、あれはただの見せかけではない。
彼女は、自分の立場を使い、何かを変えようとしている。
(あの財団の構想、今だからこそ、彼女はきっと協力してくれる)
私が考えているのは、貴族や商会の利益を超えた、人々のための仕組みだ。
戦争で家を失った孤児、職を奪われた職人たち、彼らを支援し、再び働く場所を作る。
それを《慈善》ではなく、《社会》として成り立たせるには、貴族階級の後ろ盾が必要だ。
ウィルフォード侯爵家の名が、それを動かす鍵になる。
だが同時に、彼女をその渦に巻き込むことになる。
(それでも、いまの彼女なら選ぶだろう。逃げるより、戦う道を)
夜風が吹き、庭園の薔薇が揺れている。
その香りが、ふとあの時の彼女の笑みを思い出させる。
微笑んでいながら、その瞳だけは、常に何かを見据えていた。
私は決意を固めた。
次に会う時は、あの舞踏会の偶然ではなく、必然として会おう。
そして、彼女自身の《意思》を問うのだ。
そのために、数日後、私は一通の手紙を認めた。
『侯爵夫人へ。
先日の財団の件、改めてご相談したく存じます。
侯爵邸ではなく、アムール商会の別館にて。
話し合いの場所を用意いたしました』
封を閉じる指先に、微かな震えが走った。
それが恐れか、それとも期待か、自分でもわからない。
ただひとつ確かなのは、彼女と向き合うことが、私の人生を変えるという予感だった。
そしていつかまた、あの舞踏会の時のように彼女のことを名前で呼べる日が来ると信じている。
(そいいえば、いつのまにか彼女を名前では呼べなくなってしまった。それは彼女がそう望んだからなのか? 何だか今では彼女に一枚の壁を造られている気がするな)




