Feather 4 ଓ 語り 〜attracted talk〜
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「こんにちは」
それから数週間が経過したある日のこと。
エリンシェは普段のようにガイセルを訪ねていた。
ジェイトと初めて話をしてからも少し時間が経っていた。……実を言うと、あの日以来、彼とは会話すらできていない。
一方で、カルドとは「薬学」の授業を毎回一緒に受けることになっていたので、ミリアほどは仲良くはないが、順調に親交を深めていた。
ミリアとカルドが時折気を利かせようとしていたものの、今は積極的になれず、エリンシェはその申し出を断っていたのだった。
なぜかというと、ジェイトはあの日以来、エリンシェに会う度に、どこか思い詰めたような表情を浮かべるようになっていた。
何か……話したいことがあるように見えたが、それを口にすることはできず、苦しんでいるのではないかとエリンシェは考えていた。
ジェイトのそんな様子を見ていると遠慮がちになってしまい、気が付くと交流もなく、距離が空いてしまっている状況になっていた。
……本心ではもっと仲良くなりたかった。きちんと言いたいことを伝え、せっかく名前で呼べるようになって、とても嬉しかったのに。けれど、今のところはジェイトが話してくれるのを待つしかないようだった。
少し親交を深めることができただけでも、間違いなく前進だ――そう前向きに考え直し、エリンシェはひとまず「普段通り」に過ごすことにしていた。
――そういう理由で、その日も普段と同じように、エリンシェは合間を縫って、ガイセルの研究室に来ていたのだった。
少し前までは授業の終わりに、補講程度のことしか教わっていなかったが、それだけで物足りず、時々ガイセルを訪れては「世界学」について色々と教わるようにしていた。
だが、エリンシェはまだ満足できていなかった。ついには、ガイセルが追求している「部分」を少しでもいいから教えてほしいと彼に頼み込んでいた。
すると、ガイセルは「……少しだけなら」とエリンシェの頼みを承諾したのだった。
けれど、「近いうちにね」とはぐらかされ、その「部分」について教えてもらったことはまだ一度もなかった。その日が来るのを心待ちにしながら、エリンシェはガイセルの元に通っていた。
「やあ、いらっしゃい」
エリンシェが研究室に入ると、ガイセルは優しく微笑んでみせ、客人用に置いてある席に着くよう勧めた。机にはすでにお茶と茶菓子も用意されていた。
慣れたように、エリンシェはその席に座ると、ガイセルが目の前に来るのを待って、茶菓子を少しつまんだ。
エリンシェはその間も早く話を聞きたいと逸る気持ちを抑えきれなかった。たまらず、ガイセルに声を掛けることにした。
「ねぇ、せんせい。 今日は何か、神々の話をしてくれる?」
「うーん、そうだねぇ……」
相づちを打ちながら、ガイセルはエリンシェの前に座った。迷っているのか、少し困った表情を浮かべ、うなり声を上げ、考えている。
「……あ、そうだ。 前にした『賢者制度』の話は覚えてる?」
辛抱強く待っていると、不意にガイセルからそんな質問を投げ掛けられた。すぐさま、エリンシェは答えてみせる。
「もちろん。 確か、王国の血縁者が関係してるんだよね。 現在の時代に変わる前、旧魔法王国時代が終わった少し後――あまり歴史で語られていない『空白』の期間を抜けた後に、その人が『賢者制度』の基を創り上げたんだよね。 新しい『時代』を創るためとか、元は人々に魔法の能力が備わっていたのに、一部しか伝わっていないことをよく思っていなかったとか色々な説があるけど、とにかく彼は『時代』を変えようと立ち上がった。 でも、単独では何も変えられないと、彼は協力者を見出して、自分の生涯を賭けて『学舎』を築き上げた。 この時、守護神が彼の元に降り立ち、力を貸したといわれているんだよね。 それだけじゃなく、守護神はその人の寿命が尽きそうになった時、彼の意思を継ぐ者を選んだんだよね」
――それが「賢者」制度の成り立ち。この「歴史」が後の時代にも深く繋がっているのだ。
「その人が初代『大賢者』、彼の意思を継いだ人が二代目『大賢者』に位置づけされているんだよね。 そして、初代大賢者が見出した協力者――この人達が『賢者』の先駆けと言われていて、二代目大賢者も同じように『賢者』を見つけ出して、『学舎』を変わらず開き続けた。 『大賢者』が『賢者』を見出し、そして、守護神が『大賢者』となる者を選ぶ――これが昔から今までずっと続いていて、後に『賢者制度』と定められるようになった。 それと、『大賢者』は、初代大賢者が王国の血縁者だったこともあって、彼のその『意思』を継ぐという誓いも込め、歴代の大賢者達は『ファイラ』を名乗るようになったんだよね」
自信満々に説明してみせたが、ガイセルはまだうなり声を上げ、複雑そうな顔を浮かべていた。けれど、どこか称賛の気持ちも感じているのか、ほんの少しだけ頬が緩んでいる。
「その通り。 ……君は本当に『世界学』に興味があるんだね」
小さくつぶやき、ガイセルは頭を抱え、うつむいた。
ガイセルが何を悩んでいるのか、知るよしもなかったが、エリンシェは彼のことをじっと待ち続けた。
少ししてようやく、ガイセルが「……分かったよ」とため息まじりにつぶやきながら、顔を上げた。
「それじゃ、今日は少しだけ話をすることにしよう。 ……今から話すのは、その賢者制度にも関わっている守護神に関する話。 とある【邪神】と、テレスファイラの守護神が起こした事件の話だ……――」
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――邪神、それは【邪悪】に染まった、聖なる神々と相対する存在。邪神の【力】は各々違っていると言われているが、その中で強い【力】を持った邪神の中には、神々の棲まう天界や世界を支配しようという【野望】を持つモノがいた。
かつてのテレスファイラ――旧魔法王国が滅んだのも、邪神に襲われたのが原因だと噂されていた。けれど、旧魔法王国時代には一部「空白」の期間があり、文献も少ししか残っていないため、はっきりとしたことは究明されていなかった。
ともあれ、何らかの「事情」は確かにあったようで、テレスファイラに降り立つ守護神は歴代〝力〟のある神が選ばれていた。その恩恵もあり、しばらくの間、テレスファイラには平和がもたらされていた。
――しかし突如として、強力な【力】を持つ【邪神】があらわれ、世界に混乱をもたらしたのだ。
かの【邪神】はひたすら「力」を求めていた。
まず【カレ】が襲ったのは、神々の〝力〟を増幅するための武器――〝聖武器〟を創造する神だった。
〝聖武器〟の創造神達の技術は「最高峰」と謳われていたため、天界を統べる最高位の神である大神から保護されていた。にもかかわらず、邪神はどこからか情報を仕入れ、突き止めた創造神達の居場所を襲撃すると、そのうちの一人を捉え、「武器」を創るように強要したそうだ。
捉えられた創造神はその後消息不明となり、神々の間で邪神の存在が知れ渡るようになり、何時、何処が襲撃されるか、各地で警戒されるようになっていた。
そんな中、次に目を付けられたのが、豊穣の地と呼ばれるようになるまでに発展していたテレスファイラだった。
理由は明確にはなっていなかったが、結果、テレスファイラは邪神の襲撃を受けることになった。
――戦いは熾烈を極めたそうだ。
決着もつかず、長引く戦いに、女神はテレスファイラの地が脅かされてしまうのではないかという不安を覚えたという。
そこで、女神は彼女自身と邪神を封印するよう、大神に願ったそうだ。
彼女の願いを聞き入れ、大神はその強大な〝力〟をもって、女神と邪神を珠に封じ込めた。
そして今でも、その封印の珠は石碑に納められ、誰も立ち入ることのない森の奥深くに眠っているそうだ。
封印により、戦いは幕を閉じた。
……けれど、現在のテレスファイラには、女神の代わりとなる新しい守護神の存在が未だに欠けていたのだ。
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「――とはいえ、それまでの歴史を踏まえ、ずっと守護神が『空席』というわけにもいかないから、現在は大賢者であるグレイム様が代理の神様と協力して、このテレスの地を守っているんだ」
ガイセルの語りを聞いたエリンシェは思わず、身を固くしていた。
……【邪神】――なぜかは分からないが、その言葉を聞くだけで、恐怖に呑まれそうになるのだ。
そして同時に、不安も感じていた。先ほど聞いたガイセルの話に引っ掛かる部分があったのだ。
「……せんせい? その【邪神】が戻ってくることはないの?」
おそるおそる、エリンシェはその気に掛かる部分を質問に変え、ガイセルに投げ掛けることにした。
――そう、【邪神】は倒されたのではなく、「封印」をされただけなのだ。
可能性としては低いのだろうが、「万が一」ということもある。その【邪神】が封印から逃れ、またテレスファイラを襲うということが起こりうるかもしれないのだ。
そんな懸念があり、エリンシェは漠然とした不安を抱いていた。
「おそらくは……ね。 封印されながらも、テレスの守護神がその【邪神】を抑えているとも言われているし、そう簡単には封印は解けないはずだ」
ガイセルの答えを聞いても、エリンシェの胸にはまだ不安が残っていた。
その理由を何とか探ろうとするが、どうしても答えは見つかりそうになかった。
仕方なく、エリンシェは気を紛らわすためにも、ガイセルに別の話をしてみることにした。
「ねぇ、ところで、せんせい。 せんせいは神様に逢ったこと、あるの?」
不安は残ったものの、ガイセルはその日初めて神々の話をしてくれたのだ。エリンシェの胸はいつもよりもずっと高鳴っていた。いつも、ガイセルから、テレスファイラと神々の関係は深いものだと教わっていたが、そんな彼が神々と出逢ったことがあるのか疑問に感じたのだ。
すると、ガイセルが今まで見せたことのない表情を浮かべたのだ。
「――あるよ」
そう答えながら、ガイセルは優しく微笑んで、どこか「遠く」に目をやる。その表情はまるで何かを――いや「誰か」を思い出し、懐かしんでいるようにも思えた。
ガイセルのその表情を目にした瞬間、思わずエリンシェの胸は高鳴っていた。
「……って言っても、本物じゃないんだけどね。 さっき、代理の神様がここを守って話しただろう? でも、大賢者を選ぶ時や儀式の時は代理の神じゃ務まらないから、一時的にテレスの守護神を解放して、仮の姿で呼び戻すんだ。 僕が逢ったのはその仮の姿の守護神だよ。 一度目は……ずっと前――僕が学舎に入る前で、二度目がグレイム様が僕を賢者に選んだ後、儀式の時だ」
優しい表情を浮かべたまま、ガイセルがいきいきとそう語る。
そんなガイセルの姿をまじまじと見つめていたが、とあることに気付いて、ふと思う。
……顔だけじゃない。彼の声色も今まで聞いたことがないくらい、優しかった。なんだろう……。なんだか、まるで……――。
ありえない憶測が頭に浮かんで、エリンシェは思わず笑いをこぼした。
「せんせい、変なの。 ――まるで、好きな人のことを話してて、恋してるみたいだよ」
エリンシェがそんな言葉をこぼすと、ガイセルは顔を強張らせ、少しの間黙り込んでしまった。そして、返答に困っているかのように視線を彷徨わせた後、表情を変え、なぜか意味ありげな微笑を浮かべながら、小さくつぶやいた。
「――まさか」
否定……してはいるが、何か引っ掛かる言い方だ。思いがけない反応に、まさか本当に……? という考えもよぎり、エリンシェは思わず戸惑ってしまう。
「じゃあ、そう言う君は? どうして神々の世界に興味を持ったんだい?」
すると、今度はガイセルが笑いをこぼし、その場をごまかすかのように、そんな問いを投げ掛けてきた。
次はエリンシェが返答に悩んだ。
どう言葉にしたものかと、エリンシェはまるで自分の心に問い掛けるかのように目を閉じ、考え込む。
そして、少し経って、エリンシェは少しずつ自分の思いを口に出し始める。
「自分でも、よく、分からないんですけど……。 初めて授業を受けた時、なんだか懐かしいなってそう感じたんです。 中でも、旧王国時代や神々の部分は特に。 それから、せんせいに色々なことを教わるようになって、いつもその度に、だんだん他人事じゃないような気もして……――」
世界学の授業やガイセルから教わることを耳にするほど、懐かしいと気持ちがどんどん強くなっていた。時にはその「歴史」をまるで自分の過去のように感じたことさえあった。
「この気持ちは『何』なのか――その理由をとにかく今は知りたいんです。 もっと色んなことを教われば、いつか『それ』がわかるような気がするんです」
――たとえ、どんな「真実」に辿り着いたとしても、その「答え」を知りたいと強く思わずにはいられなかった。
エリンシェが何とか口にした返答を聞いて、ガイセルはいつかと同じ複雑そうな表情を浮かべていた。けれど、悩みながらも何かを考えているようだった。
そして、少し経ってようやく、決心したかのように独りうなずき、エリンシェに優しく微笑んでみせた。
「……なるほど。 どうしても……なんだね? そういうことなら、できるだけ協力するよ」
ガイセルが中々反応を返してくれず、不安になっていたが、やっとそんな言葉を掛けてくれたことを嬉しく思いながら、エリンシェは彼に尋ねる。
「ありがとう、せんせい。 ……また来てもいい?」
すると、ガイセルはすぐさま「いつでも」と答える。その表情はまだ少し複雑そうではあったものの、もう彼に迷いはないように感じた。
……それだけで十分だ。エリンシェはガイセルの反応に満足して、席を立ち、研究室の外へと向かった。そして、扉の前まで進むと、彼の方を振り返り、一礼した。
「せんせい、今日もありがとうございました。 また、色々教えて下さいね。 それじゃ、失礼します」
エリンシェが外に出ようとしたその瞬間――――。
――――リィン。
――まるで彼女を追いかけるかのように、鈴の音が鳴り響いた。
残っていたガイセルだけがその鈴の音に気付き、また複雑な表情を浮かべていたのだった。




