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Feather 1 ଓ 巡り逢い 〜fateful encounter〜


    ଓ


 ――夢を、みた。

 なんだか懐かしいような、そんな夢だ。


 そこは草花に囲まれた深緑の小さな丘だった。

 優しい風がそよそよと吹き、美しく咲く花を揺らしているが、その風すらもなぜか懐かしいと思えた。

 その丘には男女が肩を寄せ合い、立っていることに気が付いた。ふたりは沈みゆく夕日をただじっと見つめている。

 ……なぜだろう。このふたりのこともしっている(・・・・・)気がする。


 ふと、純白の礼服(ドレス)に身を包んだ女性の髪が風になびく。不思議なことに、彼女の髪は陽の光に照らされると金色に輝いてみえた。髪をしばらく抑えた後、彼女は隣の騎士の格好をした男性に何かを尋ねているようだった。

 ……ふたりが何を話しているのかは聞き取ることができない。ただ、彼女が「何か」を(うれ)いているのだけはその表情から分かった。ちらりと背中を気にして、男性にまた何かを問い掛けている。

「――……私の――――」

 今度は少しだけ聞き取れたが、肝心な部分が風の音でかき消されてしまう。


 必死になって、彼女が何を話しているのかを聞き取ろうとするが、少しずつ光景が薄れていき……――。


    ଓ


「――待って!」

 その光景が消えてしまうのと同時に、少女は目を覚ました。

 ……不思議な夢だ。あまりに印象深くて、未だにあの光景が忘れられそうにない。それに、あの話の続き……。なぜかは分からないが、女性が口にしようとしていた言葉の続きがとても重要……――な気がする。

 物思いにふけながら、少女はしばらく(ほう)けていた。

 そうしているうちに、すっかり日が昇ってしまっていた。

 考えるのを止め、少女は慌てて身支度を始めるのだった。


    ଓ


 あれから、十二年後。

 不思議な夢を見た少女――エリンシェは赤子の時よりも更に美しく成長していた。すっかり大人びて、女性としての美しさを兼ね備えていた。

 まだ赤子の時に開かれていなかった瞳の色は、見ていると吸い込まれそうな、とても澄んだ水色で、産毛だった薄黄の髪は肩まで伸び、綺麗に整えられていた。

 そして、成長してもエリンシェは未だ「聖なる気」をまとっていた。むしろ(みが)きが掛かっていて、まるで地上に降り立った天使のようだと、より人目を引くようになっていた。


 立派な「娘」に成長し、十二歳となったエリンシェはその日、とある転機を迎えていた。


 テレスファイラに産まれ、育った者達は十二歳を迎えると、「学舎(まなびや)」と呼ばれる場所に通うことが「ならわし」となっていた。

 ――誰しもが持つ魔法の力を上手く使いこなすための知恵を身につけ、また集団で暮らしていくことで様々なことを学び、成長するための機関(場所)が「学舎」の役割だ。

 そして、もう一つ……。――学舎にはとある重要な「役割」が備わっていた。


 身支度を済ませ、エリンシェは白い衣服(シャツ)と黒の上着(ジャケット)、紺の下衣(スカート)――学舎の制服に着替えた。そして、最後の仕上げに、胸元に蝶装飾(リボン)を結んだ。

 着替えが終わると、エリンシェは供給された長い杖を手に取り、曲線を描いている持ち手側に同じく赤い蝶装飾(リボン)を取り付けた。――制服や杖に着ける装飾が学舎に通う年ごとに決められており、エリンシェの年は蝶装飾(リボン)を着けるということになっていた。

 荷物を持ち、準備を終えたエリンシェは自室を出て、居間(リビング)へと向かった。

 居間(リビング)ではエリンシェの両親が朝食の準備をしていた。

「おはよう!」『おはよう、エリンシェ』

 エリンシェは荷物と杖を玄関に置いてから、居間(リビング)に入るとすぐに、両親と挨拶(あいさつ)を交わした。そして、二人とともに準備を終わらせると食卓につき、朝食を食べ始めた。

「エリン、もうすぐミリアが迎えに来るそうよ」

 そのすぐ後、母であるフェリアからそう声を掛けられ、エリンシェは食べ進めながら、うなずいてみせた。

 エリンシェが誕生したあの日以来、レイナが付けたエリンという愛称(なまえ)はすっかり定着しており、その愛称(なまえ)を呼ばれることで周りからも親しまれていたのだった。

 朝食を終え、少しすると、玄関から元気よく扉を叩く音が聞こえてきた。エリンシェが迎えに行くと、扉の前には〝彼女〟と同じ制服に身を包み、胸元に黄色の蝶装飾(リボン)を結んだ、短い黒髪の少女が立っていた。

「エリン!」「おはよう、ミリア!」

 ――エリンシェが誕生した少し後、レイナも娘を産んでいた。彼女の娘が黒髪の少女――ミリアだった。レイナの宣言通り、エリンシェとミリアは物心がつく前から、幼なじみや姉妹のように仲良くしており、親友同士となっていた。

 お互いの顔を見るなり、エリンシェとミリアは抱擁(ほうよう)を交わした。

「ねぇ、準備できた?」

 離れてすぐに笑顔で問い掛けたミリアに、エリンシェは「できたよ」とうなずいてみせると、準備していた荷物と杖を指し示した。

「それじゃ行こうか」

「うん! ――お父さん、お母さん、行ってくるね!」

 エリンシェが居間(リビング)に向かって呼び掛けるとすぐさま、両親が見送りに駆け付ける。

「行ってらっしゃい」「気を付けてね、頑張るのよ」

 微笑みながら手を振る両親に、エリンシェも同じく笑顔で応えながら、ミリアとともに家を出たのだった。



 エリンシェとミリアが向かったのは学舎があるテレスファイラの中心部だった。半時間ほど歩き、二人は学舎の正門前に到着した。

 正門前……とは言うが、ただの門ではない。なにしろ、二人の目の前にそびえ立っているのは立派な白い煉瓦(レンガ)の城。そして、左右には城と繋がっている高い塔が二つ立っていた。その周りには城と塔を取り囲み、防御するための城壁が築き上げられていた。正門も城と同じように煉瓦(レンガ)で造られている。

 以前(むかし)は城として使われていたようだが、現在で学舎の機能を果たすため、その他にも施設が増設されているようだった。魔法の学ぶための野外施設、塔の周りに庭園、城の奥側に小さな森があった。

 しばらくの間呆気に取られていたエリンシェとミリアだったがはっと我に返り、学舎に入るにあたっての案内を見て、城へと向かう。

 城の中に入ると最初に玄関口の広間があった。その中心で机と椅子を設置して、二人の先輩生徒が学舎にやって来る新しい生徒を待っていた。

「やあ、新入りの生徒だね? ここでは(りょう)室の受付をしてるんだ。 だけど……ちょっと待ってね」

 そのうちの一人がエリンシェとミリアを見るなり声を掛けたが、なぜか困ったような表情を浮かべていた。そして、なにやらもう一人の生徒と話し込んでいる。

「うーん……今年は皆思ったより早かったからね。 残念だけど、その……もう相部屋しか残ってないんだ」

 それを聞いたエリンシェとミリアは顔を見合わせて、二人の先輩生徒が囲んでいる寮の割り振り表をのぞき込んだ。

 ほとんどの寮は二人一部屋で割り振られていたが、残っているという相部屋は二つ分の部屋が壁一枚を挟んで、一つの大きな部屋になっているようだった。

 ……だが、よく見てみると、他よりは広そうではあるものの、なぜかその壁に扉が設置されていて、お互いの部屋を行き来できるようになっている。

「大丈夫大丈夫、扉には鍵が付いてるから」

 エリンシェが不安に思っていることに気付いたのか、先輩生徒が(はげ)ますようにそんな言葉を掛けながら、名簿を広げた。

「……とはいえ、残ってるのは男子生徒二人だね。 ――あ、ちょうど来たみたい」

 しかし、先輩生徒が次の瞬間にはそんなことを口にしていて、エリンシェはますます不安になる。せめてどうか良い人達でありますようにと願いを掛けながら、やって来たという男子生徒の方を振り返る。

 玄関からやって来たのは、制服の胸元に緑の蝶装飾(リボン)締めて(ネクタイ状に)結んだ、緑色の瞳に黒髪の眼鏡(メガネ)を掛けた大人しそうな男子生徒と、もう一人は青の蝶装飾(リボン)を同じように結んでいる、栗色の神と青色の瞳の少し怖そうな男子生徒だった。

「こんにちは」

 眼鏡(メガネ)の男子生徒がエリンシェとミリアがいることに気付き、優しく微笑んで挨拶を口にする。

 エリンシェは会釈(えしゃく)を返した後、なんとなく気になって彼のことを目で追い掛けた。

「やあ、今ちょうど寮室の話をしていたところなんだ。 相部屋になりそうでね……」

 先輩生徒が二人の男子生徒に向かって、事情を説明し始める。

 エリンシェはその間も、相づちを打ちながら話を聞いている眼鏡(メガネ)の男子生徒をじっと見つめていた。

 ……なぜだろう。彼が近くにいると懐かしいような……不思議な気持ちで胸がいっぱいになる。

 彼を見つめているうちふと、エリンシェの頭の中にとある「光景」が浮かんだ。――みえたのは繋がれた小さなふたつの手。いっそう懐かしい気持ちが芽生えた気がして、エリンシェははっと息を()んだ。

 視線に気付いたのか、説明を聞いていた眼鏡(メガネ)の男子生徒が突然、エリンシェの方に顔を向けると優しく微笑んでみせた。

 胸がどきりと跳ねるのを感じながら、エリンシェも彼に小さく微笑み(わらい)返した。……気のせいだろうか、頬が熱くなっているような気がする。

 その後も二人の男子生徒――特に眼鏡(メガネ)の男子生徒を見ていて、エリンシェは相部屋になるのが男子生徒だという不安が払拭(ふっしょく)され、何とかやっていけそうな気がしていた。少し怖そうな男子生徒も見た目の印象とは違って、実は優しいのではないかという直感があった。

 相部屋で暮らすとなると「お隣さん」ということになる。エリンシェはミリアと目だけで示し合わせて、二人の男子生徒に自己紹介をすることにした。

「あの、これから長い付き合いになりそうだから、自己紹介させてもらうね。 それじゃ……改めて。 ――初めまして、私はエリンシェ・ルイング」「あたしはミリア・フェンドル」

「初めまして、二人ともよろしく。 僕はジェイト・ユーティス」「俺、カルド・ソルディス」

 エリンシェとミリアの自己紹介に応じて、男子生徒二人も名乗りを上げた。そのすぐ後、少し怖そうな男子生徒――カルドが一歩前に進み出て、手を差し出し握手を求めた。

 おそるおそる、エリンシェはカルドの前に出て、その手を取る。すると、カルドがそっと優しく手を振ると、短く「よろしく」と挨拶を口にした。彼の様子が微笑ましく思え、エリンシェはくすっと笑いをこぼすと、「よろしくね」と返した。

 隣でミリアと握手をしていた眼鏡(メガネ)の男子生徒――ジェイトがカルドと入れ替わりに、エリンシェの前に出る。

 いざジェイトを目の前にすると、また懐かしい気持ちで胸いっぱいになるのを感じながら、エリンシェは緊張しながら、彼の手を取った。


 ――その瞬間、今度ははっきりと、繋がれた小さなふたつの手の「光景」が浮かんでみえた。

 けれど、みえたのはほんの一瞬で、その「光景」はすぐに消えてしまったが、それと同時にすぐそばを、あたたかい「風」が吹き抜けたのを感じ取った(・・・・・)


 ……なんだろう、すごく安心する。それに、さっきの「風」……――あの「風」と同じように、目の前にいる〝彼〟の手もあたたかく、優しかった。

 心の中で覚えた不思議な「感覚」に、エリンシェは動きが止まる。……この手を、離したくない。握り締めたままの〝彼〟の手のぬくもりに、そんな思いさえ浮かんでしまう。

 ふと、目の前のジェイトを見ると、いつの間にか彼も動きを止めていた。……なぜか、その瞳は揺れている。

 握っていたエリンシェの手を見つめていたジェイトだったが、視線に気付いたのか、顔を上げた。

 ――目と目が合い、ふたりはじっと見つめ合う。

 もしかして、ジェイトも同じようにあの「光景」を見たのではないだろうか。そんな考えがエリンシェの頭をよぎったが、口に出したところで信じてもらえないような気がして、言葉に詰まる。

「……どうした、ジェイト?」

 そんな中、ふたりの手が止まっていることに気付いたカルドがジェイトに声を掛けてきた。

「あっごめん。 僕は何を……」

 カルドの言葉で我に返ったジェイトが慌てて、エリンシェの手を離した。けれど、どこかその表情(かお)は名残惜しそうなものに思えた。

 ジェイトが離れても、まだ心の中から消えない不思議な「感覚」に(ほう)け、エリンシェはその場に立ち尽くしていた。

「――さて。 これでお互いに挨拶と自己紹介ができたね。 それじゃ、皆、寮へ案内しよう」

 そこに、機会(タイミング)を見計らったかのように、先輩生徒のうちの一人がそんな言葉を掛ける。

 最初(はじめ)に、ジェイトとカルドが先輩生徒の後に続く。

 エリンシェはまだその場に立ち尽くし、ジェイトの背中を目で追っていたが、ミリアに「行こう」と声を掛けられてようやく重い足取りで、先輩生徒の後に続いたのだった。


    ଓ


 ――どこかで、リィン、と鈴の音がした。


 水晶玉を見つめていた、白髪混じりの黒い髪を丁寧に整えている、初老の小柄な男性がその音に反応して顔を上げる。けれどすぐに、頭を大きく横に振り――思い浮かんだ考えを振り払い、水晶玉へと視線を戻した。

 その次の瞬間、水晶玉に一人の女生徒の姿が浮かび上がった。――その女生徒はとても美しく、「聖なる気」をまとっている。〝彼女〟の姿を見つめながら、男性は「あること」を思い出していた。

〝グレイム殿〟

 呼ばれて、男性――グレイムが顔を上げると、そこにはいつの間にか、白いひげを長く伸ばした金色の髪の〝男性〟があらわれていた。

「ディオルト様」

 突然の「来訪(・・)」にも驚かず、グレイムはどこか神々しい佇まいのその〝男性〟――ディオルトに、(うやうや)しく頭を下げる。

 うなずいてみせたディオルトがグレイムの隣に並び、水晶玉をのぞき込んだ。

〝……いやはや、すっかり大きくなられたものだ。 「彼女」です。 ――「彼女」こそが十二年前、あなたにもお知らせした「例の予言」の少女なのです〟

 水晶玉を眺めたまま、ディオルトから告げられた言葉に、グレイムは目を見開き、水晶玉に映る女生徒をじっと見つめる。その(かたわ)らで、彼は思考を巡らせていた。

「何か……私にできることはありますか?」

〝いえ、「あなた」にはいつも通り(・・・・・)この世界(テレスファイラ)を守っていただければ、それで十分です。 ……今、この世界がまだ平和で保たれているのは「あなた」の力があってこそなのですから〟

 そして、グレイムは考え抜いた末に、どうにかしたいと、ディオルトにそんな質問を投げ掛けた。

 けれど、ディオルトから返ってきた答えは「いつも通り(・・・・・)」で良いというものだった。未来(さき)のことを考えると、グレイムは少々不安を(いだ)かずにはいられなかった。

 そんな中、ディオルトが水晶玉から目を離し、今度は窓の外――どこか遠くを見つめながら、再び口を開いたのだった。

〝しかし、いずれ戦いは起きる。 こちらが(たくわ)えていたのと同じく、【敵】も復活する機会をうかがっているに違いない。 そこで、頃合いを見て、そろそろアリィーシュを「解放」しようと思います。 長い間封印されていた身で、多少「力」が弱くなっているかもしれませんが、少なくとも「あなた」の力になれるはずですし、何より「彼女」を守ることができるでしょうから〟

 ディオルトの言葉に、グレイムは彼の方を振り返ったが、すでにその姿はなかった。

 「彼女(・・)」が戻ってくる――それだけでも心強く感じたが、まだ守りとしては弱い。直接的に守ることはできないが、何か他にも打つ手が……――。

 再びグレイムが思考を巡らせていると、ふと、扉を叩く音が聞こえて来た。

 すぐにグレイムが「どうぞ」と応えると、眼鏡(メガネ)を掛け、栗色の髪を一つにまとめた若い男性が部屋の中へと入って来た。

「あぁ、ガイセル」

 その男性――ガイセルの顔を見て、グレイムは頬をほころばせる。――直接守ることはできないが、他にも〝彼女〟を見守り、支える存在なら、増やすことができるかもしれない。そんな存在になり得るとグレイムがちょうど思い浮かべていた人物こそ、(ガイセル)だったのだ。

「グレイム様、すでに式の準備ができています。 そろそろ支度を……――」

 そう言い掛けたガイセルが、水晶玉に「何か」が映っていることに気付き、口を閉ざす。そのまま水晶玉まで近付いて覗き込むと、小さく息を呑んでグレイムを見つめた。――ガイセルは、映し出されている女生徒が「何」を意味しているのか、理解していたのだ。

「先ほどまで『彼』が来ていてね……。 ――どうやらいよいよ『時』が来たようなんだ。 ガイセル、以前(まえ)に少し話していただろう? ――ぜひ、君の力を貸してほしい」

 真っ先にガイセルのことを考えるほど、グレイムは年に比べて知識が豊富な彼を信頼していた。――大事な「事情(こと)」を打ち明けることができる、良き相談役の一人として認めていた。

「はい、分かりました」

 今度のことも二つ返事で応えるガイセルにうなずきながら、グレイムはふと「あること」を思い出し、口を開いた。

「あぁ、それと『彼女(アリィーシュ)』が戻って来るそうだよ」

 そして、グレイムはガイセルを相談役として頼るのと同時に、彼の事情(こと)もよく理解していたのだ。――彼の奥底に眠っている真実(ほんとう)の気持ちすらも。

 グレイムの言葉に、ガイセルが一瞬動きを止める。当人は上手く隠せているつもりだったのだろう。

「……そろそろ行きましょう」

 けれど、全てお見通しであるグレイムにはかなわないと諦めたのか、ガイセルは平穏を装って、ごまかすかのようにそんな言葉を発した。

 グレイムはそんなガイセルに何も言わず、微笑んでみせると、彼とともにその場を離れたのだった。


     ଓ


 ――時は過ぎ、その日の午後。

 新入りの生徒が城の大広間に集められ、式が行われていた。

 式が始まると、最初に現れたのは白髪混じりの黒い髪を丁寧に整えた初老の男性だった。

「新しくこの学舎の門をくぐった生徒達よ、ようこそ! 私はグレイム・ファイラ。 ――かつて、旧魔法王国時代と呼ばれた時代に使われていた城を用いて築かれたこの学舎を継承し、そして、皆のために開放すると同時に、この世界テレスファイラの秩序と平和を守っている『大賢者』と呼ばれている者だ」

 その男性――グレイムは名乗りを上げると、その場で丁寧に一礼した。


 「大賢者」――それは、テレスファイラにおいて、重要な「役割」だった。

 グレイムが話した通り、大賢者はテレスファイラに()まう人々に学舎を開放し、等しく魔法を学べるよう尽力し、同時にテレスファイラの平和と秩序を守る存在でもあった。

 かつて、テレスファイラは「旧魔法王国時代」という時代が歴史上に築き上げられていたが、ある時(・・・)旧魔法王国時代は崩壊し、その少し後に、王国の血縁と噂された者が初代大賢者となり、以降「大賢者」制度が整備され、現代(いま)に至っていた。


「では、君達にこの学舎での教師となる者達を紹介しよう。 まずは六人――『上級賢者』と呼ばれる者達だ」

 グレイムに紹介され、彼の後方から六人の上級賢者が現れた。

「魔法を学ぶ上で(いしずえ)となる四つの学問となる『基礎魔法学』と『応用魔法学』・『呪文学』・『魔術学』をつかさどる四人。 そして、扱いが難しい治癒の魔法を学ぶ『治癒学』と、この世界テレスファイラについて学ぶ『世界学』――礎の四人の賢者達にこの二人を加えて、六人を『上級賢者』と呼んでいる」

 上級賢者がグレイムの説明に合わせて、順に一礼する。

「他にも、学舎で行う学問がある。 ――『生物学』・『植物学』・『薬学』・『予知学』・『飛行学』だ。 これらの学問をつかさどる者達を、六人の上級賢者と分けて、『賢者』と呼んでいる」

 グレイムの説明は続き、残りの賢者達が現れ、上級賢者達と同じようにお辞儀をした。

 老若男女問わず並ぶ賢者達の顔ぶれだったが、中でも、エリンシェの目を引いたのは「世界学」と紹介された時に頭を下げた、眼鏡(メガネ)を掛けた、一つ結びの栗色の髪の若い男性だった。

「彼ら、賢者達が君達の助けとなってくれるだろう。 また、この学舎では学問以外のこともぜひ学んでほしい。 かけがえのない友や大切な存在(ひと)を見つけるのも良いだろう。 とにかく、君達にはのびのびと自由にこの学舎で成長していってほしい。 ――そしてどうか、この学舎での日々を君達の人生の(かて)としてほしい」

 グレイムが式辞を述べた後は、授業を行う上での(クラス)分けがされた。

 エリンシェはミリアと同じ(クラス)になり、ひとまず安心した。そして、同級生(クラスメイト)にジェイトとカルドもいることに気付いて、つくづく彼ら二人とは縁があるのだと感じていた。

 最後に、次の日から早速行われる、(クラス)毎の授業の時間割が配布され、式は終了したのだった。


    ଓ


 式が終わり、エリンシェはミリアとともに、寮室へと向かっていた。

 その途中、帰路に着く人混みの中に、とある女生徒と遭遇した。

「メレナ・スヴェインさんね、なるほど」

 薄茶の長い髪を三つ編みに結んだ彼女は手帳と筆記を片手に、他の生徒の名前を聞いて回っているようだった。

 すぐそばを通り過ぎようとしていたエリンシェとミリアだったが、先ほどまで話し込んでいたらしい、眼鏡(メガネ)を掛けた黒髪の三つ編みの女生徒と別れ、顔を上げた彼女とばっちり目が合ってしまう。

 その瞬間、彼女はぱっと明るく笑ってみせ、「あ、ねぇ!」と声を上げながら、エリンシェとミリアの元に駆け寄って来た。

「こんにちは、初めまして! あたし、レイティル・マランディオ! 気軽に『レイ』って呼んでね! ねぇ、あなた、もしかして……エリンシェ・ルイングさん?」

 そして、彼女――レイティルは笑顔を絶やさず、エリンシェの方に顔を向けながら、そう尋ねた。

 エリンシェは名前を知られていることに驚いたが、彼女の笑顔に悪気がないのを見て取ると、うなずいてみせた。

「でも、どうして、私のことを?」

「えっとね、すごく可愛いって噂になってたから、ちょっと調べちゃった。 ――あたし、情報屋目指してて、色々『情報』集めてるんだ! そしたら、名前だけ耳に入ってきたんだ。 隣のあなたはえっと……フェンドルさん?」

 ……耳に入ったと軽く言うが、どうやって調べたんだろう。エリンシェはそんな疑問を(いだ)きながら、すでに(すさ)まじい情報収集能力を開花させているレイティルが、今度はミリアと話し始めたのを横目で見ていた。

 そんな中、ふと何か、人混みの中からまとわりつくような嫌な視線を感じて、エリンシェは勢いよく、振り返る。

 視線の主を探すが、見つからない。気のせいだったんだろうかと考え直したが、まだ気味悪さが(ぬぐ)えずにいた。

「エリン、どうしたの?」

 様子がおかしいことに気付いたのか、ミリアに声に掛けられ、エリンシェは我に返る。結局その正体は分からず、「……なんでもない」と首を横に振って、微笑んで(わらって)みせた。

「ねぇねぇ、今度はエリンの誕生日教えて。 今、ミリアと話してたところなの」

「うん、いいよ」

 ちゃっかり愛称呼びをしているレイティルに話を振られ、応えているうちに、先ほどまで感じていた気味悪さがなくなっていた。きっと、視線の主はどこかへ行ってしまったのだろう。

「私の誕生日は十月四日だよ」

 けれど、その問いの答えを口にした瞬間、エリンシェは先ほどとはまた別の視線を感じた。……どうやら、今度の視線の主はなにやら驚いているらしい。気にはなったものの、嫌な感じはなく、害はなさそうだ。エリンシェはそのまま、話を続けた。


 明るい性格のレイティルと話をするのはとても楽しく、エリンシェとミリアはすぐに彼女と打ち解けた。話を聞いていると、レイティルも二人と同じ(クラス)だったことが判明し(わかり)、時々授業で落ち合うことを約束した。

「あ、そろそろ行かなきゃ、エリン、ミリア、またね」

『またね、レイ』

 そして、一通りの情報(こと)をレイティルが聞き終えた頃には、三人はすっかり仲良くなっていた。

「レイって面白いね」「うん」

 そう話しながら、エリンシェとミリアはレイティルを見送った後、人気の少なくなったその場を離れ、帰路に着くのだった。


 ――こうして、エリンシェの新しい生活が始まろうとしていたのだった。

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