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医者がまさかの同胞!?異世界で地球人と再会!

朝食を済ませた僕たちは、紙に書かれた住所を頼りに路地裏を行ったり来たりしながら、ようやく目的地に辿り着いた。


立ち止まり、見上げたその二階建ての建物は、外観こそ年季の入った古びた家屋だった。屋根には雑草が生え、壁には蔦が這っている。でも、なぜだろう。庭の木々は丁寧に手入れされていて、さらには一匹の白猫が窓辺で優雅に前足を舐めていた。高いところから差し込む日差しが、まだら模様の石畳を照らしていて――不思議と癒される光景だった。


なんというか……建物自体はボロくて辺鄙な場所にあるのに、周りの雰囲気は異様なほど良い。まるで廃墟の中に、一輪だけ丁寧に育てられた花が咲いているようだった。


「じゃあ、この先生がここにいるってことだよね」 ウナーシャは紙に書かれた番地を確認すると、ずんずん前に出てドアをノックした。いや、ノックというよりドアを叩きつけるような勢いだった。手のひらがバシバシ鳴って、まるで借金取りだ。


「おーい、誰かいますかー!? アンデレおじさんの紹介で診察に来たんですけどー!」


名乗った直後、家の中から足音らしきものが聞こえ、それに続いて、眠たげな声が返ってきた。


「わかった、鍵開いてるからそのまま入ってー」


――え、適当すぎない? 見ず知らずの人間に無警戒って、泥棒すら寄りつかないってことなのか?


まあ、許可ももらったし、僕たちは扉を開けて中へ入った。


中に入って思わず声が漏れる。


広々とした玄関、磨き上げられたフローリング、壁にはモノトーンの装飾画が並び、家具の配置にもセンスが光っている。微かにアロマの香りまで漂っていて――


……ここ、現代風のマンションじゃないか?!


え、なにこれ?


「はあ……あの人、また厄介事押し付けてきたな……」


ため息混じりの文句と共に、廊下の奥からひょっこりと現れたのは――どう見てもまともな医者に見えない男だった。


白衣を羽織っているくせに、中はハワイアンな花柄シャツに短パン、足元はサンダル。片手に「I love this beautiful world.」と書かれたマグカップ、もう一方の手でボサボサの頭をかいている。そしてなにより――その目。僕と同じくらいの死んだ目をしている。いや、むしろこっちの方が死んでる?


「まあ、そこに座って。ゆっくり話そうか」


彼はソファにどかっと腰を下ろし、指先で隣の席を軽く指し示してきた。


僕たちは席に着き、簡単に自己紹介を済ませた後、どうしても気になって仕方ないので聞いてみることにした。


「すいません、ちょっと試させてください……水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム、ホウ素?」


医者の眠そうだった目が、急に鋭くなった。マグカップを静かに置き、僕の方をじっと見つめてくる。


「炭素、窒素、酸素、フッ素、ネオン?」


反応あり!? ……いやいや、待て、もしかしてこの世界の医者って普通に周期表を覚えてたりするのか? もしかして、これは魔法の呪文とかの類似だったり……? 落ち着け、もう一問確認しよう。


「じゃあ! 人類が月面に最後に足跡を残したのは何年?」


「1972年、アポロ17号のミッション」


――ビンゴォォォ!!!


彼の目がさらに鋭くなり、まるで重要なターゲットをロックオンしたような雰囲気になった。


「よし、次は俺の番だ! 2001年、一番有名な出来事は!?」


「アメリカ同時多発テロ! ワールドトレードセンター!」


この問答が成立するということは――間違いない……!


僕たちは同時に立ち上がり、互いの視線が空中でバチバチと交差する。


「同郷だああああああ!!! 目から汗が止まらん!!」


「ほんとそれ!! 涙腺崩壊寸前!!」


感動のあまり抱き合いそうな勢いで僕らは叫んだ。


「……なにやってんの? 二人して意味不明な単語ばっかり……炭素? 水素? 元素記号で韻踏んでるの? それに1972年って何!? 今は1573年だよ!? 500年近く時差あるよ!? なにこの茶番劇!? どこの劇団の出張公演!?」


完全に置いてけぼりの柚花が、顔を真っ赤にしてツッコミを連発してくる。


隣でウナーシャが小さくつぶやいた。


「……男の子同士の趣味ってことで、うん……」


僕と医者――黒崎朔夜と名乗った彼は、再びバチンとハイタッチを交わし、目に涙を浮かべながら確信した。


――間違いない。彼も僕と同じ、地球から来た“転移者”だ!


こんなに早く会えるとは……!


「さて、冗談はこのくらいにして。で、診てもらうのは誰だい? どこが悪いの?」


僕たちは柚花の症状と、あの時に起こった出来事を余すところなく説明した。


「なるほどね、多重外傷の後遺症ってわけか……うーん、例えるなら、右腕の神経がウイルスで破損したハードディスクみたいなもんで、回復魔法が強制的にOS再インストールしたんだけど、キャッシュデータにエラー情報が残ってて、それを読み込むたびにブルースクリーンになる、みたいな?」


そのジェスチャー付きの例えに僕はすぐさま乗っかった。


「わかるわかる! 破損したHDDを無理やり初期化して、キャッシュが残っててOSがバグるやつだ!」


「それそれ!」


手をバタバタさせながら語る僕たちに、柚花は眉をひそめながらポカンとした表情。


「……何言ってんの? フォーマット? ハードディスク? なにその呪文? 単語の意味も組み合わせ方もわかんないんだけど? 私の教養が足りないの?」


「ははは……男の子同士の、趣味……だよね、たぶん……」


ウナーシャがまたもや苦笑いして、恥ずかしそうに俯いた。

ふと思い出して、僕は気軽に尋ねてみた。


「そうだ、黒崎兄。昔は王都で働いてたって聞いたけど、そこで同郷の人に会ったりした?」


「いたよ兄弟、めちゃくちゃいた。たくさんいた。でもな……JRPGの影響ってやつはすげぇよ。あいつら全員、例外なく“勇者”名乗ってたんだよ!」


話しながら彼は突然感情を爆発させ、バンッと机を叩いた。


「マジで、全っ員だぞ!? 勇者! 勇者! 勇者! 勇者ァ! 勇者ァアア!!」


黒崎兄はもう叫ばんばかりに身振り手振りで嘆く。


「お前にはわからんだろうけどな、あいつら……まるで千本のRPGをクリアした英雄気取りなんだよ! 一人一人が特別なオーラをまとって登場して、立ち姿まで攻略本から抜け出してきたみたいでさ! しかも全員、ハーレム付きだぞ!? 性格バラバラなヒロイン連れてんの! 俺はもう、ほんっとに恨んでるからな!!」


「わかるぞ!!」


――……え? なんで僕も反射的に答えてるんだ?


黒崎兄の怒りは収まるどころか加速していた。マグカップの中身を一気に飲み干すと、また机をガンッと叩く。


(このカップ、耐久力高すぎじゃね?)


「でな!! 王都のメイン通りに“勇者直営ハーレムカフェ”とかいうクソみたいな店まであるんだぞ!? 勇者がだぞ!? ドヤ顔で店頭に立って、『勇者特製・至高のラテ』とか言ってんの! 毎朝通勤のたびに見てんだよ! あああああ恨めしいいいいい!」


「くっそ畜生じゃねーか!? 人の心がねぇのかよ!」


もうそれどころじゃない、完全に業の深さに圧倒されていた。


「それに!」


さらに続く怒号。額に血管が浮かんでいる。


「俺はよ! 2年半もかけて書いた論文を魔法医療学会に送ったのによ!? あの聖炎教会のバカども、採用しないどころか異端審問にかけてきたんだぞ!? 死刑って! ありえないだろ!? こっちは研究しただけだぞ!? 馬鹿か!!」


叫び終えた黒崎兄は、スッとマグカップを掲げ、残った一口を味わうように飲み干した。


……今度、こっそり突っ込んでみよう。たぶんおもしろい話が聞ける。


「兄弟、本当によく頑張ったな……」


僕はそっと彼の肩に手を置いて、労いの言葉をかけた。


「てか、今日の目的って、私の診察じゃなかったっけ?」


柚花の冷静すぎる一言が、夢から僕たちを叩き起こした。


「ああ、そうだった! よし、柚花ちゃん、ちょっと右腕見せて」


僕と席を代わった柚花が、素直に右腕を差し出す。


黒崎兄はポケットからやけに精密そうなゴーグルを取り出して、ブツブツ呟きながら装着した。


「俺、一応、医療系の大学院出身なんだぜ……」


何その意味不明なアピール。


「おおお、なんだこれ!? この治癒魔法……効き目がヤバいぞ!? 右腕は完全に修復されてるだけじゃない、神聖属性の魔力が大量に残ってる!? こんなの、聖炎教会のトップですら無理だぞ!? 間違いなく、神の域……女神級の力だ!」


柚花の腕を上下に動かしながら、黒崎兄が大興奮で語る。


柚花は顔を真っ赤にして目をそらしてしまった。


褒められた張本人であるウナーシャは、得意げに後頭部を掻きながら「へへっ」と笑っている。


救いようがねぇ……本当に女神本人だった。


「うーん……治療期間は最速で一ヶ月……いや、一ヶ月で行けるな! こりゃ完璧すぎる」


発光するゴーグルを外し、自信満々に宣言する黒崎兄。


(そのゴーグルって絶対神器だよな? 俺、あの神器図鑑で見たことあるぞ)


「ありがとう、おじさん!」


柚花が無邪気に礼を言った瞬間、黒崎兄は石化した。


「お、おじ……おじさん!? 俺、そんな歳食ってるか!?」


「えーっと……少年漫画に出てくる自信家のおじさんキャラ、って感じ?」


僕のフォローに、黒崎兄はふと納得したように笑って言った。


「まあ、異世界来てから二十年近く経つしな……もう開き直るか。よし、ついて来てくれ」


彼は立ち上がると、柚花を案内しながら部屋の奥へ。


「君たちもついて来ていいよ」


僕は心配になってついていき、ウナーシャはつまらなそうにソファで外を眺めていた。

黒崎兄に続いて奥の部屋に入ると、そこにはさまざまな医療器具が整然と並べられていた。


柚花は部屋の中央に置かれた机の前に座るよう促され、黒崎兄は手際よく道具を並べていく。


「これからリハビリだ。ちょっと痛いけど、我慢してくれよ」


そう言って、彼はテキパキと準備を進めながら何やら難しそうな専門用語を口にしていたが……正直、僕には一ミリも理解できなかった。


けれど、なぜだか目が離せなかった。


……よくわからないけど、すごい。すごすぎて言葉にならない。


しばらくして、柚花のリハビリは終わった。彼女の目には涙が浮かび、体は小刻みに震えていた。


僕はそっと彼女のハンカチでその涙を拭いてあげる。


「今日はこれで終わり。リョウスケ兄弟、これリハビリメニュー。柚花ちゃんに毎日三回、十五分ずつやらせて。三日に一回、また診せに来てくれ」


黒崎兄はノートと万年筆を取り出し、さらさらと何かを書きつけて僕に渡してくれた。


「了解、ありがとう兄弟」


雑な字だったけど、読むのはそこまで難しくなかった。とはいえ、柚花にとってはちょっと大変そうな内容だ。


あ、そうだ。診察料まだ聞いてなかった。


「で、いくら払えばいい?」


「金はいらんよ。俺は薬売って食ってるし、王都で稼いだ金が銀行で勝手に利子増えてるからな。今回は友達になった記念だと思ってくれ」


――え、マジかよ、太っ腹!


診察を終えて家の外に出た僕たちに、黒崎兄が手を振ってくれた。


「またなー!」


そして僕たちが通りを歩き出した頃、背後から再び声がかかる。


「おい、リョウスケ、ちょっと待て」


彼は僕だけを呼び戻し、小声で尋ねてきた。


「お前さ、もしかして――ハーレム作る気、ある?」


「な、何言ってるんだよ!? 柚花は妹みたいなもんだし、ウナーシャは……まあ普通の女友達だよ!」


僕は正直な気持ちを吐き出したつもりだった。


「ははっ、その言い訳、ハーレム系のやつらもよく言うんだよなぁ」


なんだその信用してない目は。


「てかウナーシャのエロい姿想像してみ? それで何も思わないなら、ただの異性の友人ってのも納得できるわ」


「わかった、想像する……あれ? なんで俺、今一瞬で賢者モード入った?」


「だろ? 嘘つくんじゃねぇぞ、って言おうとしたら、自爆してやんの」


黒崎兄が妙に落ち着いた顔で笑ってるのが、なんかムカつく。


「で、柚花のことだけど……あの子、実際に栄養不足なんだよ。骨年齢も低いし、今から栄養摂ってもあんまり背は伸びないかも。あと、あちこちに治癒魔法の痕跡があってさ――たぶん、昔いろんな怪我してたんだろうな。神聖魔力の残留から見て、かなり辛い思いもしてきたみたいだ」


彼は静かに語った。


「……まあ、俺が神器で見た結果だから、変な意味はないぞ。ところで、リョウスケのお前は? 神器、持ってないのか?」


「俺の神器……天界に忘れてきた」


「ぶはっ!」


盛大に吹き出す黒崎兄。なんか腹立つ。


「はは、でもまあ……笑いはさておき、俺から一つだけ忠告な。後悔したくないなら、ちゃんと行動しろ。チャンスを逃すなよ。俺みたいに、ずっと独り身で生きてきたら、マジで後悔しか残らないぞ」


そう言いながら、黒崎兄は家のドアを閉めようとする。


だが、僕は咄嗟にそれを止めた。


「待て、最後に一つ! あのマグカップ、どこで買った!? めっちゃ丈夫だったけど!」


「ん? ああ、あれか。ここに頼めば作ってくれるぞ」


彼は紙に店の名前と住所を書いて渡してくれた。


「カスタムもできるってさ。好きな文言とか、デザインも指定できるって」


よし、これはマジで注文しよう。


そして僕はようやく、柚花たちに追いつき、一緒に家へと向かった。


ついでに、途中で焼きダックも買った。

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