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便師たち

作者: 雉白書屋

 え~、みなさま、『便師』ってのをお聞きになったことがありやすかい? おっと、これからお昼を召し上がろうって方は、お控えくだせえね。なにせ、これはちょいとくせえ汚ねえ話でございやすから。

 ただ、ぜひとも彼らのことを覚えておいておくんなさいまし。

 さてさて、便師ってのは、大便のプロフェッショナルのことでございやす。といっても、便器メーカーやお医者様のことじゃございやせん。

 エレベーターとか公共の場で大便を放つ。そんな者たちを指すんでさあ。

「なんだ、汚らしい」「ただの迷惑者じゃないか!」と思うでしょう? まさにクソッタレってね。いやいや、これが意外と奥が深いんでございやすよ。彼らは己の技術を駆使し、人知れず「ここぞ!」って場所に作品を残す。これはもう芸術であり、職人でございやしょう。

 どこでそれを華麗に放つか、『場所選び』こそが便師の腕の見せ所でしてね。「なんでここに?」と思わせる意外性が、芸術点を跳ね上げる要素なんでさあ。

 たとえば、先ほど挙げたエレベーターなんてのが好例でしてね。普通は下るだけの便が、上下運動を繰り返す。ははは、なんとも愉快じゃありやせんか。無機質な空間が、一瞬にしてアトラクションに早変わりでさあ。

 トイレから離れれば離れるほど、芸術点は増すんですよ。なぜかって? 考えてもみてくだせえ。便器のすぐ横に大便が落ちてたら、「こいつの主は大便の前に、どこかに眼鏡を落としちまったんだな」と思うでしょ?

 トイレのドアの前なら、「あと一歩、惜しかったねえ」なんて、理由をつけて納得しようとするもんなんですよ、人間ってやつはね。

 それが、もし、ある日帰宅したら家の門柱の上に鎮座していたらどうでしょう? 思わず「阿、!」なんて、口を開けちまいやすよね。

 え? 「悪ふざけだ!」「だからただの迷惑行為だろ!」って? まあまあ、固いこと言わないでくだせえな。うんこと頭は柔らかいほうがいいってもんです。

 これは、ただのイタズラじゃあございやせん。え? ええ、そうです。社会への無言の抗議ってやつでもございやす。

 声を張り上げ、中指を立てるような真似はしません。聞こえるのはせいぜい屁の音くらいなもんで、その静かな一撃で、社会の秩序に尻の割れ目みたいな小さな亀裂を入れるんでさあ……なんつって、ははは、ちょっと格好つけすぎやしたかね。

 国会議事堂の前にブリッとすりゃあ、説得力も増したでしょうが、あいにく便師ってもんはアナキストではございやせん。まあ、親近感は覚えますがね。穴だけに。

 便師の本質ってのはね、ちょっとしたサプライズをみなさまにお届けしたい、かわいい妖精ちゃんでございやす。一人でおつかいに行った我が子を電柱の陰から見守る母親です。自分の大便を見たみなさんの顔を想像する――それこそが至福の時ってわけでさあ。

 さて、この仕事は計画とタイミングが肝心なんです。

 あっしの知り合いに『雲霞の八さん』ってぇ名うての便師がおりましてね。その名の由来となった大仕事があるんですよ。

 ある日、彼は満員電車で見事に仕掛けたんでさあ。ドアが開く瞬間に音もなくブリッと放ち、すぐ降りて優雅に電車を見送る――完璧な計画でした。

 ところが、なんと降りる直前に急にドアが閉まっちまった。電車の不具合か、揉め事でもあったのかはわかりやせんが、彼も車内に取り残されちまいました。

 そこでどうなったと思いやす?

 すんすん、すんすん、すんすんかすんかすんすんすん……。乗客たちが鼻をすすり始めたんですよ。まるで盛大な拍手の前の衣擦れのようだったそうで。

 次の瞬間、車内は阿鼻叫喚の嵐。

「クサッ!」に「クソッ!」の怒号に、ゲロ吐く女がいれば、もらいゲロにもらいウンコ。まるで屁のブラスバンド。ブービーブブブプププピーッ! つって車両の窓ガラスまで茶色く染まった……なーんて、盛るのは大便だけにしときなさいってね。

 結局、この騒ぎでドアは開いたものの、電車は運休。うんこで電車を止めたんだから、こりゃ大したもんでしょう。

 でも、その八さんも、ある日つまらない大便で捕まっちまいやした……。好いた女のポストに、事前に用意した便を投函したのが運の尽き。

 物珍しかったからか、他にめぼしいニュースがなかったのか、はたまた人間ってやつは潜在的にうんこが大好きなのか、マスコミが大々的に報じ、ネットは罵詈雑言の嵐。

 ははは、捕まったときに彼が述べた弁は「自分は社会のトイレに過ぎない」ってね。


 やあ、便師ってのは、アーティストでありエンターテイナーでございやす。

 ただ、誰も褒めちゃくれません。便師たちが残すのは名誉じゃなく、汚物だけですからねえ。

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