東海地方のある場所について
男は古賀と名乗った。
この阿波鬼山の管理人をしているのだと言う。
「管理人っつったって、大したことはしてないんだけどね。山の設備の保守点検が仕事だけど、一番は、祠ね。これが壊されずに機能しているかを点検するの。それも一日二回見回れば終わりだから、こんな楽な仕事もないんだけどね」
古賀の話しぶりは捉えどころがなく、いまいち反応に困る。
彼が言う管理人小屋というのはさっき屋外水栓を拝借した山小屋のことだった。
それは粗末なプレハブ小屋で、古賀が引き戸を開錠して中に入ると、そこには六畳一間の和室。
入って右手に流し台、左手にある扉はユニットバスに繋がっているのだろう。
中は小さな冷蔵庫とテレビ、卓袱台と、畳んだ布団。壁際にはDVDラックがあって沢山のDVDが整然と収納されている。他には酒の瓶や空きパックといくつもの段ボール箱が雑に並べられているくらいか。
「これ、お兄さんたちにやるよ。カラカラ鳴らしてりゃ寄ってこないから」
段ボールの中から古賀が渡したのは革製のベルトが付いた真鍮製の鈴だった。
「熊よけってヤツ。オイラには必要ないから」
そりゃ、スコップ一つで撃退できるのなら熊よけの鈴は必要ないだろう。それは利人が受け取った。何でも最新式だとかで、ベルトを引っ張ると消音機能が作動し、移動の時も鳴らずに済むのだとか。もう一回引けば解除できる。出来るならば、あのヒグマには二度と邂逅したくない――他の怪物にも、だけど。
「ゴメンね、散らかってて」
「そんなことないです。史也の部屋の方が汚いですよ」
さらっと利人に酷いことを言われるけど、その記憶すらない俺はリアクションができない。でも確かに、酒の瓶やらパックやらを別にすれば室内は整然としているし、埃一つ落ちていない。
「こう見えて綺麗好きなんだよ。暇だからさ、部屋の掃除は日課にしてるの」
冷蔵庫から取り出したポッドからコップに麦茶を注ぎながら、古賀は答える。
「昔は大道芸人として頑張ってた頃もあったんだけどね」
「芸人さんだったんですか……」
「昔ね。今はもう全然ダメだよ」
冷蔵庫から鬼ころしの一リットルパックを取り出し、陶器製のぐい吞みにトプトプと注ぐ古賀。
「これが、やめられなくってさ」
注いだそばから、一気に飲み干し、口元を拭う。
「……一杯やった方が、頭の回転が良くなるんだよ。それで、何だっけ。ああ、この山のことだったね。ここ、M県にある仙鳴村の阿波鬼山ってんだけど、最初は山の悪しき神を鎮めた、どこにでもある割と普通の因習村だったんだよね。四年に一度、生贄を捧げないと災いを起こすなんて言われてて、昔は実際に生贄が捧げられてたみたい」
「それは『どこにでもある割と普通の』話なんですか!? その時点で大変だと思うんですけど」
利人がもっともなツッコミを入れる。
「今は違うよ? 何十年も前に、ナントカって偉い霊能力者が弟子と総出でその山の神ってのを鎮めて、以来生贄を捧げる必要はなくなったんだってサ。まあここで終わってりゃよかったんだけど、話はここからが本番でね――その神を鎮めた影響らしいんだけど、どうもこの山全体に特別な磁場が形成されたってんだよな」
「磁場?」
「結界、テリトリーって言った方がそれらしいかな。要するに、この山には『悪しき者』を封じる力があるってこと。さっき言った偉い霊能力者の弟子の一人がそれを発見して、それで――最初は何だったかな。迫害されて自殺した女霊能力者だか、村人に私刑にされて吊るされた連続殺人鬼だったか、実体を持ち強力なパワーを持って人々に害をなす『悪しき者』をさ、この山に封じて、そこに祠を作ったの。それがその界隈で有名になったらしくってさ、以来、『悪しき者』が登場するたびにどうにかこうにかこの山まで誘導して封印して――みたいなことを繰り返してきた訳。つまり、化け物の最終処分場だな。夢の島ならぬ悪夢の島だよ」
ククク、と肩を震わせて笑いながら新しく酒を注ぐ古賀。
「あっと言う間にこの山は祠だらけ。とんでもねえ話だよな。でさ、いくらこの山の力が強力だっつてもさ、限界がある訳。パソコンの容量みたいなもんだよ。いつかはパンパンになる。だからまた、何年かに一度は例の偉い霊能力者――その頃には代替わりして一番弟子になってたんだけど、その先生の一派を呼んで、山に封じた化け物を浄化する作業をしてたらしいんだな。何週間もかかったらしい。で、クリアになるだろ? だけど人間ってのは馬鹿だからさ、また同じことを繰り返す訳。また何度も何度もこの山に化け物封じ込めて、それがパンパンになったら霊能者呼んで――ってさ。でもまあ、その頃はそれで丸く収まってたんだよ。問題は何年か前に代替わりした若い村長。コイツがいい大学出てはいるらしんだけど、だいぶトチ狂っててさ。山に封じた怪物浄化するのに、その都度霊能力者の先生呼ぶのはコストがかかりすぎるとか言い出して、それより化け物同士を戦わせて同士討ちさせた方が効率的だって言いだしたんだよね。バカだよ、本当。ただ、化け物には化け物をぶつけるんだ、勝手に戦え、って訳にはいかない。封じられた状態から呼び出す存在が必要になる訳。それで、そのための人間を集めて、その係を任せる。具体的にどうするかって言うと、人間はまずどんな方法でもいいからこの山のあちこちにある祠を破壊する。そうすると、そこに鎮めてある化け物が呼び出されて、呼び出してくれた人間に従うようになる。封じられてるのはどれも手が付けられない凶暴なモンスター揃いだけど、召喚主である人間には絶対に危害を加えない。で、人間の方はマスターとなって、モンスターを使役して戦わせるって訳。それがゲーム。今日この日の、正午から夜八まで、殺し合いのバトルロイヤルが行われてる。マスターとモンスターは基本セットで行動するんだけと、モンスター同士はもちろん、マスター同士が殺し合ってもいいし、マスターが別のモンスターを殺してもいい」
「人間がモンスターに勝てるものですか?」
「どうだろうね。力と頭と運が物凄く良ければ勝てるかもしれないけど、おすすめはしないね。せいぜい、怯ませて一時撤退させるのが精一杯だ」
確かに、色んなモンスターと戦ったが、どれも防戦一方で勝てた試しは一つもない。やはり、モンスターはモンスターで倒すしかなさそうだ。
「モンスターが敵のマスターを襲ってもいいんですよね」
「いいけど、モンスターは自分を召喚してくれたマスターを全力で守ろうとするからね。先にモンスターを倒して、その後でゆっくり人間の方を狩るのが鉄則だろうな」
妖怪樹も殺人人形も、まずはモンスターがやられて、その次が人間という順番だった。やはりモンスター同士の戦いが基本になるらしい。
「モンスターがやられたら壊れた祠になるんですよね」
さっきから利人がどんどん話を進めている。こちらはついていくのに必死だ。
「人間が祠を壊す、壊された祠はその場でモンスターに姿を変える。これが召喚の流れだね。逆も然りだ。やられたモンスターは壊された祠に戻る。それはもうただの石と木の塊。一応、これで浄化されたってことになる」
そういえば、そもそもは山の容量を空けるための殺し合いなんだったか。
「残されたマスターはどうなるんですか」
「どうもならないよ。でもまあ、高確率で死ぬね。守ってくれる存在がいなくなる訳だから。言い忘れてたけど、召喚は一度に一回までね。モンスター複数持ちは出来ない。一度モンスターを失ってから、別のモンスターを召喚することは理屈上可能だけど、どうかな。その頃には壊されてない祠を探す方が難しいんじゃないかな。一応、双方の合意があればマスター権利の譲渡ってのはできるみたいだけどね。まだ祠を壊してないか、一度壊したけどモンスターを倒された人間は、モンスターを持っている人間から使役する権利を譲渡してもらうことができる――そんなルール。まあ、バトルロイヤルだっつってんのにどこの誰が貴重なモンスターを譲るんだって話だけどね。一応、そういうルールはあるってこと」
一度言葉を区切り、新たに酒を注いで口をつける。
「あと、モンスターより先にマスターが殺された場合も、召喚モンスターは壊された祠に戻る。つまり祠壊したマスターと壊された祠が姿を変えたモンスターは一蓮托生って訳。そりゃ必死でマスター守るよ。テメェの存在がかかってんだから。ただ、人間の方はさ、モンスターがやられても即死する訳じゃないじゃない。まあ実質的に死んだようなもんだけど、誰も彼もそんなに計算高く動ける訳じゃない。むしろその場の感情で動く連中がほとんどで、中にはモンスターおいてどっかに逃げちゃう奴も多い訳。これが一番迷惑。おっ死んでくれりゃあ、モンスターは壊された祠に戻るんだからいいけど、死なずにどっか行かれたら、モンスターがフリーになる。そしたら文字通り野に解き放たれた訳だから、制御できないの」
「ああ、それでさっきの熊は、フリーだと」
「オイラは慣れてるからいいけど、普通の人間は普通に死ぬからね。召喚したんだったら最後まで責任持って欲しいよなあ。ゲームに参加してるんだからさ」
「ずっと気になってるんですけど、そのゲームって、どういう人が参加してるんですか」
「……そうだね、こここらは移動しながら説明するよ」
近畿地方のある場所について(2025) 原作:背筋 監督:白石晃士 主演:菅野美穂




