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山のくまさん Black Foot

 その場にいた誰もが、言葉を失っていた。


 燃え上がる妖怪樹と中年男。


 中年男の方はもう殆ど燃え尽き、丸焦げの焼死体となっている。


 大きな妖怪樹は全焼するのにも時間がかかる――と思ったのだけど、そこで不思議なことが起きる。


 炎を纏った妖怪樹がどんどん薄くなっていって、炎ごとスーッと消えていったのだ。


 その場には、石と木の瓦礫のようなものだけが残る。

 これには見覚えがあった。

 壊された、祠だ。

 ただ、壊され方が俺がやったのとは明らかに違う。

 事ここに至って、俺は何度目かの混乱に襲われる。

 あの妖怪樹は、やはり祠が壊されたから現れた、ということか?

 この山に祠はいくつもあって、それぞれ祀ってあるものも違う。

 人狼も。妖怪樹も。殺人人形も。

 全て祠が壊されたから現れた――ということだろうか。

 俺の前に現れたモンスターには、必ずセコンドというかサポーターというか、応援する人間がセットでついていた。

 人狼にはヤクザ。

 妖怪樹には中年男。

 殺人人形にはスウェットの女性。

 彼ら彼女らはモンスターを応援し、使役して、お互いに戦わせている――何のために?

 何だ? 何が起きている?

 誰か説明してくれ。


「そう言えば、さっき得物探してた山小屋に、ガソリンタンクとチャッカマンと古新聞が揃ってるのは認識してたんだ。でもまさか、本当にそれを持って来て焼き払おうとはならないよね」

 感心したように、放心したように利人が言う。

 だけど俺が求めているのはそこじゃない。

 

 件の殺人人形は崩れた祠の上によじ登り、仁王立ちしている。


 勝者ポーズということか。


 完全に勝ち誇っている。


 だから、背後からの影に気が付かない。


 その黒い影は巨大な腕を人形目がけて振り下ろす。


 渾身の力を受けた人形は強く地面に叩きつけられ、バウンドし、その拍子に右腕が取れて落ちる。

 体勢を整える隙すら与えられず、黒い影は人形を持ち上げ、力任せに真ん中から引き千切られる。

 鮮血と共に小さな臓器が辺りに散乱する。

 見た目は人形でも、中身は完全に人間と変わらなかったらしい。

 グロテスクな人形の骸は数瞬と経たずに崩れた祠へと姿を変える。

 そして。

 突然現れて殺人人形を瞬殺した黒い影の正体――


「グオオオオオ!」

 

 それは、巨大なヒグマだった。


 三メートルはあるだろうか。


 漆黒の体毛に身を包み、巨体を揺すりのしのしと移動している。


「あああああッ! マリー! マリーが壊されちゃったあああ!」


 スウェットの女性が大声を上げる。

 

「マリーいないと幸子、生きていけないよおおおお!」


 大声を出したのがよくなかったのだろう。

 幸子と名乗る女性はすぐさまヒグマの標的となり、大きく振り下ろした攻撃を頭にもろに喰らい、たちまち頭部の半分を失う。

 吹っ飛んだ眼鏡に、持ち主の血潮と脳漿がかかる。

 ヒグマは淡々と屠った相手の体を持ち上げ、半分残った頭部分に齧りつく。

 その光景を見ながら、俺は驚きと混乱と怒りと絶望が綯い交ぜになった、複雑な心境を抱いていた。


 もう――勘弁してくれ。


 今度は人喰い熊かよ。

 これはどっちだ。

 元々この山に棲息していた個体なのか、それとも、これも祠破壊によって顕現した存在なのか……。

 まあ、どちらでもいい。

 俺はとにかく、自分と利人が生き残ることだけ考えればいい。

 さっきからずっと戦い通しだけど、不思議とスタミナは充分にある。

 それに、今までのファンタジー的な存在とは違って、現実に存在する獣だ。

 つまり、常識的な攻撃が通用する。

 ただ、体躯が桁違いに大きくて、力が強くて知能が高くて執着心が強いだけで――


 あれ? やっぱり無理か?


「グオオオオオオ!」

 四足歩行でこちらに向かって突進してくる。

 鉈と牙を構え直す。

「グオオオオ!」

 立ち上がると、目の前に黒い壁が立ちふさがったように感じる。

 空気を切り裂く音。

 横にそれる。

 振り下ろされる腕の先の爪は四本のナイフが仕込まれているようなもので、身体を覆う体毛は針金のよう。

 これだけの巨躯のくせに動きは俊敏で、反撃する隙などない。

 こんなの、勝てる訳ない。


「……これだからフリーにするのは嫌なんだよな」

ブラックフット(2014) 監督:アダム・マクドナルド 主演:ミッシー・ペリグリム


#美緒48歳

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