舞台を止めるな!
壊した祠が紫の魔法陣に変わり、そこから一人の若い男性が現れる。
僕はその辺に落ちている石を拾い上げて――思い切り、男の頭を殴打する。
すぐその場に膝を付いて倒れる学生ゾンビ。
僕は石を放り投げ、倒れた男のポケットを探る。
財布の中に学生証があったのでそれだけ貰って財布は返す。
『W大学経済学部経営学科 東野史也』
QRコードを再読込み。
『個体名:東野史也
二十一歳。大学生。記憶を失っている。』
合致している。
さてここからどう持って行こうかな――短い時間であれこれ思考を巡らせていると、背後から呻き声がする。
今回の主役が目を覚ましたらしい。
僕は慌ててQRコードの紙を折り畳んで尻ポケットに仕舞い、スマホ片手に振り返る。
「お、気が付いた?」
若い男――史也は焦点の合わない目を擦り、続いてさっき僕に殴られた箇所に触れて顔を顰めている。
「大丈夫、かな」
「ええと……誰だっけ」
「オイオイ、杉原だよ。杉原利人。親友の名前も忘れちゃったの?」
「……頭が、痛くて……」
「ああ、だいぶ強く打ったみたいだからね。無理に動くことないよ。しばらく休んでたらいい。僕はいつまでも待つから、ね?」
まあ、殴打したのは僕なんだけどね。
東野史也は記憶を失っているということだったから、その記憶喪失が目が覚める直前に起きたことだと錯覚させるために、わざわざ無駄な傷を負わせたのだ。記憶喪失が以前からとなると、僕と二人でこの山に来たストーリーを作りづらくなる。記憶を失ったのは、少し前に頭を打ったから――そう、過去を書き換える必要があったのだ。
ここから、この東野史也には僕が構築した物語舞台に上がってもらう。
そう――ここは舞台、主役は彼。
シナリオは即興だ。
だが、基本はすでに固まっている。
僕と史也は昔からの親友。
史也はかねてより精神の不安定な女性と付き合っていていて、痴話喧嘩の縺れから勢い余って殺してしまう。
窮した彼が僕に助けを求め、二人揃ってこの山に死体を埋めに来た。
そこで運悪く祠と接触して崩してしまい、史也自身は頭に怪我を負って記憶をなくした――という筋書きだ。
ついさっき絞め殺した米津能満の死体と『タイムリープ』を破棄したことで現れた壊れた祠を見て、思いついた。
基本、ここからはずっとアドリブ芝居をしていくことになる。
問題はない。
芝居も擬態も、それは僕の日常の一部。
問題があるとするならば、それはやはりこれから戦わなくてはならないであろうまだ見ぬモンスター群。
この若いゾンビは、どれだけ戦えるのか、まだ判別がつかない。
しばらくは様子を見させてもらおうかな。
苦労して引き当てたSSRなのだから、そう簡単に切り捨てるようなことはしたくないのだけれども。
目を覚ましたばかりの東野史也は文字通り右も左も分からないようで、僕は彼自身のこと、僕のこと、彼が壊した祠のことなどを懇切丁寧に教えてあげる。
大半は嘘なのだけど、いいだろう。
それが例え砂を固めたものだろうとグラグラ不安定なものだろうと、人は足場がなければ立っていられない。
あらゆる記憶がない彼にとっては、僕という存在そのものがアイデンティティーとなる。
だから、御しやすい。
僕は初手から僕と彼が親友なのだと殊更に強調していた。
これにも意味がある。
召喚された存在は、召喚した『マスター』を無条件で守るようにプログラミングされている。
知能がない存在ならば別段問題はない。
ただ、なまじっか知能がある存在となると、どうか。
「何故俺はこの男をこんなに必死になって守ろうとしているのだろう」
と自問自答するに違いない。
その点、『友情』『親友』という概念は利用しやすい。
今までの僕に無縁な概念だったのでどうしてもその解像度は低くなってしまうだろうが、落ち着いて思考する暇もないほど、次から次へとモンスターが押し寄せる筈だ。それによる吊り橋効果も狙えるかもしれない。
さあ、楽しい友達ごっこの幕が開いた。
舞台は、止めない。
カメラを止めるな!(2017) 監督:上田慎一郎 主演:濱津隆之




