胡蝶の舞 Happy Death Day
気が付くと、僕は祠の前に立っていた。
QRコードの下には『ゾンビ』の三文字。
……さっき、僕が前蹴りで破壊した筈だけど。
召喚したゾンビもいなくなっている。
そして。
「何やってんのよアンタはッ!」
祠の陰から顔を出して叫んでいる。
その顔は――もういいか。
「アンタが召喚したんだからアンタがちゃんと管理しないとダメでしょうがッ! 本当に間抜けでグズのドンくさ人間ねッ! ウチの息子と――」
「申し訳ありませんでしたっ!」
相手が全て言い切る前に地面に膝を付いて額を草に押しつける。
「先生を守るって言ったばかりなのに、失敗しました! 僕が間抜けのグズのドンくさ人間だからです! 本当に申し訳ありませんっ!」
「分かればいいけど……」
僕の勢いに怒りのボルテージが下がるのが分かる。
勢いで来る人間には勢いで勝るに限る。
「そこで先生に一つ是非ともご教示願いたいのですけど!」
「な、何かしら?」
「……何が起きたんですか? 壊した祠は元通りになって、ゾンビも消えてるみたいですけど……」
「ああ、これよ」
そう言って白衣のポケットから折り畳んだ紙を取り出して広げて見せる。
QRコードの下に『タイムループ』の文字。
失礼します、と断ってスマホで解説ページへ。
『現象:タイムループ
同じ時間を何度でも巻き戻して体験させられる。
マスターの死がトリガーとなり、あらかじめ決めていた任意の時刻に戻ることが出来る。
時刻が巻き戻ることでマスター以外の記憶も消えるが、
任意の一名だけ記憶を保持したままにすることもできる。』
死に戻りか。
これは強い。
と言うか、こんなのアリなのか。
始まって早々、モンスターでも何でもない変わり種と遭遇してしまった。
「凄い! これなら実質無敵、絶対に負けないじゃないですか! さすがは先生ですね! 天才は引きもピカイチだ!」
ここぞとばかりに持ち上げる。だけど半分は本心だ。僕以上に運のいい人間に会ったのは初めてだ。
「まあね。普段の行いがいいからね。まあ、死なないと戻れないというのと、攻撃方法を持たないという点がネックだけど」
だから僕にゾンビを使役させたかったのか。自らを守る矛にするために。
「そう言えば、さっき何を飲んでたんですか?」
「これ?」
言ってポケットから錠剤を取り出す。
「即死性の毒。私物だけど、こんな形で役に立つなんてね」
私物の毒というパワーワードが飛び出したが、これはスルーした。
色々と癖が強くて忘れていたけど、このゲームの参加者である以上、この自称天才科学者も堅気ではないに決まっているのだ。
とにかく何が起きたかは分かった。
召喚したゾンビに襲われて、生きたままゾンビに噛まれるくらいならと服毒自殺してタイムリープを発動させたという訳だ。
僕の記憶を保持させたのは、ゾンビ管理のことで文句をつけたかったからだろう。
「知能が低過ぎて言うこと聞かないなんて大切なコト、解説にちゃんと明記してもらわないと困るわよね……クレームものよ」
ブツブツと言いながらゾンビの解説文を見直している。
「あら? ちょっと――アンタ名前は何て言うの」
「杉原です。杉原利人」
これだけ遣り取りしているのに、そう言えばまだ名乗ってなかった。何だか全てにおいてチグハグだ。
「杉原クン、QRコードもう一回読み込んでみて」
珍しくフラットな口調で言われ、その通りにしてみる。
『種族:ゾンビ
腐った死体。素早い身のこなしで周囲の人間に見境なく噛みつき、感染させて仲間を増やす。
死体も感染させることがきる。
あらゆる傷は時間をかけて回復し、手足や首がもげてもくっつけることが出来る。
頭部を破壊しない限り動き続ける。
個体名:社務頼実
十九歳。フリーターのギャル。彼氏持ち。動きが俊敏だが人の言うことを全く聞かない。』
「……内容変わってなくないですか⁉︎」
「でしょう⁉ さっきは動きのノロい現場作業員のオッサンだったのに、素早くて言うことの聞かないギャルになってる! 使えないことに変わりはないけどね!︎ 」
いや、主題はそこではない。
召喚するモンスターは、何故変わったのか。
ドクドクと、脳に血液が送られる音が聞こえる。
面白い。
これは面白いぞ。
僕は興奮していた。ああ、ここに来てから人生初の経験ばかりだ。
「……先生、しばらく独り言を言う時間をください」
「え? は、はあ、どうぞ……」
僕との遣り取りの中で明らかに毒気が希釈されていっている。御するのも時間の問題だが、今は目の前の問題に取り組みたい。
僕は手元を口で押さえながらその場をグルグルと歩き回る。
「祠に貼られた紙は変わってないし種族名は変わらずゾンビ。だけど個体名が違うし能力も違う。複数個体いるんだ。恐らくは――集団。そう、ゾンビというのは本来集団で襲ってくるものだ。爆発的な感染力を持っていることからも、それは必然。ルール説明において、祠には集団で封印されている例もあって、一体一体が弱い個体の場合は集団のまま召喚されると言っていた。裏を返せば一体一体が強い個体ならば召喚されるのは一体だけと言うことだ。集団で召喚されたら強すぎてゲームバランスが崩壊してしまうからね。ではその一体はどうやって選ばれる? 僕はQRコードを読み込んで祠を壊しただけでアンケートや心理テストに答えた訳じゃない。貴方と相性ぴったりのパートナーを、なんて気の利いたことはしてくれない。つまり、完全なランダムだ。籤だ。俗な言い方をすれば、ガチャだ。祠ガチャ。どこかのタイミングで召喚される個体が決定されて、一度決定したならばもうそれは覆らない。現に今も何度QRコードを読み込んでもギャルゾンビのまんまだ。本来であれば勝手にランダムに適当なゾンビが排出されてそれっきり――の筈だ。だけど違う。とんでもない裏技がある。それはつまり、そう――先生の『タイムリープ』です!」
「へ⁉︎ あ⁉︎ アタシ⁉︎」
長い長い独り言の最後、急に自分に振られて吃驚した顔をしている。
「そうです! 現にオッサンゾンビはギャルゾンビに変化しましたよね!? それは時間を巻き戻したからです!」
「そう、なの?」
世の中、何がどう結びつくか分からない。カオスは常に予測不可能。蝶の羽ばたきが嵐を起こすことだってあるのだ。
「僕たち、本当の本当に運がいいですよ! このシステムに対してタイムリープは相性が良すぎる!」
「ちょっと待ってよ――ちょっと待って。もしかしてアンタ、いい性能のゾンビを引き当てるまでタイムリープを繰り返そうとか思ってる?」
「当然ですよ! だってガチャですよ!? ガチャと言ったら、リセマラじゃないですか! SSR引き当てるまでガチャブン回すんですよ!」
「冗談じゃないわよッ! それってアタシに死ねってことでしょう!? どうせ時間が戻るんだからいいとか思ってない!? そりゃゾンビに噛まれるよりかはマシだけど、毒で死ぬのだって結構――」
「ですから!」
相手が言い終わるより前に僕は地べたに這いつくばり、そして土に額を押し付けて、言った。
「僕に『タイムリープ』を譲渡してくださいっ!」
バタフライ・エフェクト(2004) 監督:エリック・ブレス 主演:アシュトン・カッチャー
ハッピー・デス・デイ(2017) 監督:クリストファー・B・ランドン 主演:ジェシカ・ローテ




