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山羊たちの狂乱 The Frenzy of the Goats

「それでペストマスクしてるの」

 しばしの回想の後で、僕はずっと気にかかっていたことを口にする。

「この(くちばし)の先に私の好みに調合したハーブを詰めているんです。この悪臭に耐えうるように」

 そう言って嘴部分を触る八千代。

「ペストマスクの正しい使い方だね。当時の医師たちはそれでペストを防ごうとした。結果、それは間違いだった訳だけど、シリアルキラーの発する悪臭を緩和することは出来ている訳だ」

「……何でそんなに落ち着いているんですか」

 また目が細められる。

 最初はこのアクションを侮蔑か失望によるものかと思っていたのだけど、僕の正体を分かっていたことを考えると、これは威嚇の方が近いのかもしれない。

「そう見えるかな。僕の人生でも五本の指に入るくらいには腸が煮えくり返ってるんだけどね」

「確かに、そういう臭いもします」

「感情の動きも嗅ぎ取れるんだ。竈門炭治郎かな。妹が鬼にでもされたの」

「鬼は今目の前にいますよ」

 鬼――人ならぬ者。確かにそれは僕のことか。

 三〇人もの人間を屠ったなら、人はもう人でなくなるらしい。

「心外だな。これでもキャンパス内では聖人君子で通っているのに」

「そう演じているだけでしょう。ただでさえ悪臭からくる吐き気に耐えているところに、やめてくださいよ。反吐が出ます」

札陣ヶ万出(さつじんがまんで)機内(きない)に改名した方がいいのかな」

「…………」

 もう何も言わなくなった。沈黙が心地よい。

「こうして拘束された状態で軽口叩いてると、レクター博士みたいだね」

「私にとっては大差ないです」

「それは過大評価だよ」

「誉め言葉な訳ないですよね」

 つまらなそうな八千代の声。

 そもそも、これからこの山で起きるのは人の皮を被った悪魔――山羊たちの狂乱だ。羊たちの沈黙の対義語である。

「……詳細なレギュレーション説明に移行します」

 軽口ばかりの僕相手に真面目な話をしても無駄だと理解したのか、仕事に戻る。分析作業とやらはいいんだろうか。


 その後に彼女が説明したのは呆れた内容だった。

 正午から二〇時までの間で参加者が山に点在する祠を破壊し封印されたモンスターを呼び出し戦わせ、最後の一組になるまでそれが続く――狂ったバトルロイヤルだ。


「要するに汚いポケモンだね」

「全然『ポケット』ではないですね」

 今回の軽口には八千代も乗ってくれた。

「使役できるモンスターは一体で、それ以降にいくら祠を壊してもフリー状態になる、だっけ? フリー状態のモンスターは好き勝手に暴れ回る。モンスターが祠を壊しちゃった場合は?」

 僕は軽口をやめてレギュレーションを詰める。こういうところをちゃんとしておかないと戦術を練られないからだ。

「同じです。フリー状態になるだけです。モンスターがモンスターを使役することはありません」

「一体って言ったけど、集団とかはないの」

「ありますよ。一体一体があまり強くないモンスターは集団で封印されています。召喚すれば集団で出てきますね。何故そんなことを聞くんです」

「集団なら物量作戦が利くなと思ったんだけど、あまり強くないならやめておくかな」

「すでに作戦を立て始めているんですか。流石です」

 全く感心してない口調で言う八千代。

「当たり前でしょ。……一度手に入れたモンスターを自分の意思で手放すことは可能?」

「可能です。その場合は口頭で『破棄』を宣言してください。倒された判定をされて、目の前に壊された祠が現れます。同様に、自分の所有モンスターを何も所有していない人間に譲渡することも可能です。その場合も口頭で『譲渡』と宣言してください」

 細かいルールが明かされていく。戦略に幅が出るというものだ。他の参加者がどれだけやり手か分からないが、僕と同じ心のない殺人者ばかりらしいし。

「その『悪しき者』だっけ。それを呼び寄せる磁力があるんだね。ずっと不思議だったんだよね、何故この山を選んだのか。僕は選ばれたんだ」

「そうですね。私にとっては凝縮した肥溜めですけどね」

「可哀想に」

 予想通り、彼女は目を細める。

「貴方が会おうとしていた月宮愛理さんも人体破壊が趣味で十二人もの人間を殺害したなかなかのサイコさんで、当然物凄い悪臭を放っていましたが、貴方に比べれば幾分マシでしたよ」

 なんと、僕が狙っていた女性もまた殺人鬼だったのか。

 八千代が彼女に会うのを避けているのも当然だ。


「別の確認なんだけど」

「何ですか」

 改めた口調の僕に、八千代は表情筋を一ミリも動かさずに言う。

「どんなモンスターが召喚されるかは祠を壊してみるまでは分からないよね」

「祠にQRコードを印字した紙が張り付けてあるので、それを読み込んでリンク先の解説を読んでください」

「スマホは使っていいんだ」

「でないとQRコードを読めませんから。持っていない参加者には運営が貸与します」

「それで助けを呼ばれたらどうするの」

「呼ばれても構わないからスマホ使用を許可しているんです。この山に封印されたモンスター、使役する権利は祠の破壊者にありますが、それはあくまでレンタルしているだけで、大本の所有者はこの山の持ち主――つまりは運営陣です。いくらでも強力なモンスターを任意で召喚、使役できますから」

 淡々と言う八千代に僕は肩を竦める。

「救助ヘリなんて簡単に撃墜できるって訳だ。カプコン製だね」

「第一、こちらは貴方がたの犯行の証拠を押さえているんですよ。生殺与奪の権を握っていることをお忘れなく」

「運営には逆らうなってことだ」

「勿論、優勝特典もあります。優勝したら、その時点で使役しているモンスターの所有権を永久譲渡します。持ち帰りできるということですね」

「それは魅力的だね。毎日ホームパーティーだ」

 絶対にいらない。

「話を戻して悪いけど、僕のしたことを運営側に知られてるってのが引っかかるよね。仮に最後の一人まで生き残って優勝したところで、尻尾掴まれてる現実は変わらない訳じゃん」

「ならば主催者である村長を始末したらいいのではないですか」

 表情を変えずにとんでもないことを言う。

「……君、その人の部下じゃないの」

「ただの雇い主です。立場が違うだけで、あの人はあの人でサイコパスだと思っているので。サイコをパスした方同士で潰し合えばいいんじゃないですかね」

 投げ遣りにそう言う。

 もう僕への興味も失ってしまったらしい。

 だから、敢えて言う。

「もし仮にこのゲームに優勝して生還できたらさ、一緒に食事でも行こうよ。霊能力一族のこと詳しく聞きたいな」

 僕が言うか言わないかのうちに八千代は黒くてゴツイ機器を前に出し、バチバチと火花を散らせる。

「タイタン社製の二百五十万ボルトのスタンガンです――寄るな、サイコ野郎」

 そう言い捨てて彼女は小屋を出ていく。

 残念だ。

 綺麗な首筋をしていたのに。


 それから数分して、時計の針は頂点で重なり、僕の戒めは解除される。


 ゲームスタートだ。

羊たちの沈黙(1991) 原作:トマス・ハリス 監督:ジョナサン・デミ 主演:アンソニー・ホプキンス


#御奈新ヶ万出機内(下品なネタであるためルビは割愛)

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