バトル・ロワイアル Battle Royale
――7時間前――
大音量の音楽で目が覚めた。
ヴェルディ:レクイエム「怒りの日」
あまりの音圧に仰け反る。
慌てて耳を塞ごうとするが、出来ない。
拘束されている。
背もたれ付きの椅子に後ろ手の状態で身動きできなくされている。
何。
どういうこと。
普段滅多に取り乱さない僕だが、さすがの事態にパニックになりかける。
だけど、程なくして音楽は止まる。
「おはようございます」
六畳ほどの何もない板の間である。
僕はその隅にいて、その反対側に――彼女がいた。
紺のブレザーを着た女子高生だ。
ギンガムチェックのスカートに手を置き、背筋を伸ばして正座の姿勢。
白くて細い首筋。
長い黒髪を真ん中で分け、形のいい額を露出させている。
その中で異彩を放っているのが、顔の下半分を覆う白いペストマスクである。
鳥の嘴を模した近世のペスト医師がつけていたもので、鼻と口だけを覆うタイプ。
全体的に清楚で育ちのいい女学生という出で立ちのなかで、これだけが浮いている。
「気持ちのいい目覚めですね」
「……おかげ様で」
頭をフル回転させる。
目の前の女子高生は、敵か味方か。敵意は? 殺意は? 目的は何? どれだけ正気を保っている? 隙はないか? 口先で弄して出し抜けるか? 相手の力量は? いやそれより何より――この状況は、何。
「初めまして。如月八千代です」
「……初めまして。杉原利人です」
「存じております。何故ご自分がこのような状況になっているか、混乱しているご様子ですね。ご心配なく。手足の枷はタイマー式で、正午ちょうどに開錠される仕掛けになっています。……あと二〇分ですか」
手元のスマホを確認しながら言う。
八千代のすぐ後ろには壁かけのアナログ時計があって、確かに十一時四〇分を指している。
――十一時!?
「……半日以上経過している……」
「記憶がありますか。意識が失う前に、誰と会おうとしていたか」
「友達と会う予定だったんだけど……」
「息をするように嘘を吐きますね、貴方。私どもは貴方の動向を全て把握しております。そもそも、貴方が会おうとしていた人間は私どもの身内なので」
淡々と話す八千代の言葉に、暗澹たる気持ちになる。
――やられた。
嵌められた騙された謀られた。
なんてことだ。
この、杉原利人が。
「残念でしたね、月宮愛理に会えなくて」
「つきみや」
「アプリ上では『アイリーン』と名乗っていたのでしたっけ」
そう言ってスマホの画面を見せる。
派手めの美人がそこに映っている。
昨日会う予定だった女性だ。
「綺麗な人ですよね。八割方、何を言っているか分からないし、私は正直会うのを避けていますけれど」
「ハニトラ使って拉致をして、何をするつもり。実家はそんなに裕福ではないんだけどな」
「営利誘拐ではありません。では先に本題を言いましょうか。ここはM県仙鳴村の阿波鬼山。そこにいくつも点在する山小屋の一つ。今この瞬間、貴方と同じ状況の人間が何人もいます」
貴方がたには、本日、殺し合いをして頂きます。
手元のスマホを操作。
刹那、背後のスピーカーから流れる大音量の「怒りの日」。
「うるさいよ! うるさい! もういい! 分かったから!」
拘束された椅子で身じろぎしながら、精一杯の大声を出す。
こんな風に怒鳴ったのなんて、生まれて初めての経験だ。
「演出です」
「大音量にする必要ないよね」
「嫌がらせです」
「僕、君に何かしたかな」
言った瞬間、八千代の目が僅かに細められた気がした。
そして今まで気が付かなかったのだけど、彼女、左目だけが赤い。オッドアイというやつだ。
「……デスゲーム? この山で? レギュレーションを聞きたい。制限時間は? 勝利条件は? 武器の提供はどういう形」
「恐ろしく飲み込みと回転が速い人ですね。データで知ってはいましたけど、かなり知能指数が高いお方のようです」
「普通だけど。質問に答えて」
「頭が良くてそれを自分でも知っているので周りがバカに見えるんでしょうね。貴方は常に他人を小馬鹿にしている。他人が何かへまをすると口では『大丈夫?』と気を使いますが、内心では『何てとろくさいんだろう』と思っているタイプです」
「なんでドラクエ3の性格診断みたいなこと言うの」
「本来であればもっと事務的、かつ一方的にルール説明するんですけど、運営陣に無理を言って時間をとらせてもらったんです。俗物の兄たちと違って、私は人に興味がある。……貴方がどういう人間なのか、会って話して分析したかったんです」
「僕はただの学生だよ。分析するほどの人間じゃない」
また八千代の目が細められる。
「貴方、まだご自分のことがバレてないと高を括っているのですか。貴方の動向は全て把握していると言ったでしょう」
分かってるんですよ、全部。
――そんな馬鹿な。
分かる訳がない。
バレる訳がない。
でもコイツらは『アイリーン』を使って僕を拉致した。
それはつまり……。
「貴方、阿波鬼山には何度も来たことがありますよね。上手くやっていたおつもりでしょうけど、監視されていたんですよ、貴方」
「何のことだか……」
「――臭いんですよ」
八千代の声のトーンが低くなる。
「我が家は代々霊能者の家系で、その中でも私には生まれつき特別な力がありまして――人を殺した人間が、臭いで分かるんです。獣臭いんですよ。殺した人数に比例してその臭いはキツくなる――ああもう、こっちはずっと、吐き気を堪えるのに必死なんですからね」
貴方、三〇人は人を殺していますね。
バトル・ロワイアル(2000) 原作:高見広春 監督:深作欣二 主演:藤原竜也




