山小屋 The Cabin in the Woods
エッホ、エッホ。
早く逃げなきゃ。
石段にまで辿り着かなきゃ。
俺は利人と寺生を担ぎ上げて必死に足を進めていた。
もうとうに日は暮れている。
月夜のために真っ暗闇という訳ではないが、それでも相当に視界は悪い。
……それに、頭も混乱している。
俺は。
俺は、何だろう。
利人に聞きたい。
尋ねないと。
エッホ、エッホ。
早く利人に、俺が何者なのか、尋ねないと。
「りり、利人――」
「寺生さん純粋な疑問なんですけど」
どもる俺の言葉にかぶせるように利人が口を開く。間が悪い。
……もしくは、俺に喋らせないようにしているのか?
いや流石にそれは考え過ぎか……。
「あの鮫島って村長は怪物に襲われないんですか」
頭部を背中側にくるようにして担いでいるせいで、利人の表情は窺えない。
ようやく石段に到着した。
俺は足を踏み外さないように細心の注意を払って降りていく。
「なんだよあんな野郎の心配か」
「違いますよ。純粋な疑問って言ったでしょう。古賀を使ってあの場の祠全部壊させたってことは、何かしら自身の安全が担保されているからなのかなと」
「そうだよ。祠を壊して召喚したモンスターは壊した人間がマスターになるが、それはあくまでレンタルしているに過ぎない。細かいこと抜きでざっくり言えば、この山のオーナーは村長である鮫島だ。オーナーは攻撃対象にならない。だからどれだけモンスターが湧こうが、あのクソキツネ野郎は絶対安全圏ってことだよ。おまけにいくらでも使役できる。さっき見た化け物集団は全部まとめてオレたち三人の敵ってこった」
絶望した。勝てる訳がない。
だけど利人は別のところが引っかかったらしい。
「借り物――だったんですか」
「このクソみたいなバトルロイヤルに優勝したら所有権を譲渡するって話だったんだけどな。今思えば参加者を募るための甘言だったんだろうな」
「……寺生さんも、それで?」
「オレは拉致られて強制参加だっての。……まあ、おタカさんにもうちっとまともな世界を見せてやりたいって気持ちもなかったと言えばウソになるけどな」
俺の背中で二人の会話は進む。
「あ、そうだ、東野――これ渡しておくわ」
不意に名前を呼ばれて、続いて尻ポケットに何かを捻じ込まれる感覚。
「なな、何ですか」
「如月のバカが使ってた十字架の仕込み銃だ。今のオレじゃ扱えねェから、オメェが持ってた方がいい」
俺の返答を待たずに、寺生が担がれた姿勢のまま身をよじる。
それが良くなかった。
俺は足を踏み外し、残り半分まで来ていた石段を利人、寺生と共に転げ落ちてしまったのだった。
幸い、俺はかすり傷だけで済んだ。
……いや、それは嘘か。
俺はすぐに自分の状況を理解する。
視線の先に、首がない俺の体が転がっている。
どうやら、転げ落ちた衝撃でまた首が取れてしまったようだ。
(イテテ……史也、大丈夫?)
少し先で利人が立ち上がる。見た限りだとコイツも軽傷だけで済んだようだ。
(ああ、首が落ちたのか……よかったね、お互い無事で)
一行で矛盾したことを言いながら事もなげに俺の首を所定の位置に戻し、利人は笑う。
「てて、寺生さんは」
「どこかな……ああ、いたいた。あれ、気絶してるかな。寺生さん!」
少し離れたところにいた長髪の霊能者はうつ伏せの姿勢で動かない。
「外傷はないようだけど――霊力が尽きた直後だから消耗してるのかな。ううん、ここだと周りから丸見えだし――ああ、ちょうどいい。あそこまで運ぼうか」
利人が指差す先には小さな山小屋があった。いつまでも避難できる訳ではないだろうが、取り敢えず体勢を立て直す場所としては悪くない。
俺は意識のない寺生を担ぎ上げて小屋まで運ぶ。
幸い建物の扉は施錠されていなかった。
鮫島がゲームのために山の全ての建物を開放しているのだろう。
中は板敷きの間が広がっているだけで家具の類は一切ない。水や食料、医薬品などもない。本当に外から身を隠すためだけの空間だ。寺生を小屋の隅に寝かせ、扉には内側から閂で施錠する。
一応電気は来ているようだが、もちろん点灯などしない。カーテンのない窓から漏れる月明かりだけが板の間に座る俺たちを照らしている。
二人だけ。
戦うべき敵もいない。
このタイミングしか、ないだろう。
意を決して、口を開く。
「りり利人。は、話があるんだ」
「どうしたの史也。この世の終わりみたいな顔してさ」
この世の終わりか。
恐らく、今俺は自分の世界を終わらせようとしている。
「お、教えてくれ――俺は、何者なんだ」
「……最初に教えたでしょ。W大学経済学部経営学科2年の学生で、僕の親友だよ」
「た、ただの学生じゃない。と言うか職業や肩書きはどうでもいい」
俺は、人間なのか。
「何言ってるのさ。どこからどう見ても人間じゃないか」
「人間は、首の付け外しなんて出来ない」
ずっと疑問に思ってたことを、ようやく口に出来る。
「首が落ちても普通に動けて、その後に何事もなかったかのように首を戻してるけど、そんなのは絶対におかしいんだよ。最初は杏子に首を斬られた時だったよな。あの時は生首の俺を投げて桃の首を食いちぎって、その後に戻して――だけどそんなことはなかったみたいに扱われて、それきりだった。だ、だけど、その後も同じことは続いた。愛理に斬られた時も、ついさっきもそうだ。首だけじゃない。右腕だってさ、コングの時もグレムリンの時も、手斧で斬られて利用されて、それで何事もなかったように戻されて、そのことに誰も触れないんだよ」
グレムリンの時など、気が付いたらいつの間にか戻されていた。
「乱暴なやり方だったのは認めるよ。僕も寺生さんも、本当に悪いと思っている。でも極限状態だったし、どうか納得――」
「やや、やり方に怒ってるんじゃない!」
露骨に論点をずらされそうになって、声を荒げる。
「おかしいだろって言ってるんだ。俺が何者なのかを、尋ねているんだ」
「そんな、今さら――ここまで数えきれないほどの化け物を相手にしてきたじゃない。オカルト、心霊、超常現象、スーパーナチュラルのバーゲンセールだよ? 首が付け外しできるくらい――」
「お、俺もそう思ってたよ。いや、そう思い込まされていた。ここはそういう特別なことが起きる場所で、『そういうもの』だと受け入れるべきなんだって」
リアリティラインを力づくで捻じ曲げられていた。
いや、違うか。
常識改変とか、そんな上等なものじゃない。
俺が愚かなだけだ。
愚かゆえに、現実を正しく直視するのが怖くて、目を背けていただけ。
それで、利人に従って動いていただけだ。
人に従うのは楽だから。
だけど。
だけれど。
それも、もう終わり。
「『普通の人間は、一度首が離れたらそれでお終いなんだよ』――さっき寺生さんはそう言ったよな。そう、当たり前のことだ。この山だって、人間の首は付け外しできたりしないんだ――つまり」
俺は、人間じゃないってことだよな。
「どこから見たって人間だろ」
話がループする。
俺は溜息を吐き、ずっとポケットにしまっていた紙切れを取り出して見せる。
「これ――さっき月宮愛理をヤった時、落としたぞ」
その紙を見て、眼鏡の奥の目が見開かれる。
その紙は如月が作成した式紙で、例のQRコードが大きく印字されている。
そしてその下にゴシック体で書かれた三文字の言葉。
『ゾンビ』
「これ、俺のことだよな」
「何言ってるの。式紙でしょ? あそこに大量にあったのを何かの拍子に拾ってそのままにしてたんだよ」
「寺生さんはおタカさんが出入り出来るように、回収した式紙の裏側には全てマジックで落書きしていた」
持っている紙を裏返す。真っ白だ。
「ずっとおかしいと思ってた。首のことだけじゃない。傷の治りが異様に早いこともそうだ。ここまで色んなモンスターと戦って、まあまあダメージを負っている筈なのに、気が付いたらいつの間にか治ってるんだ。人間の自然治癒力じゃない。これも、俺がゾンビだから出来る芸当だ」
「そのゾンビてのやめたら? だってお前がどういう存在であろうと、僕の親友であることには変わらないでしょ? 別にいいじゃん。首が付け外しできようが傷の治りが早かろうが、史也は史也なんだし。今は、二人で力を合わせて下山することを――」
「お、お、お、おためごかしはいいんだよ! さっきから手足も強張って上手く動かせなくなってるし、舌ももつれて、どもって仕方がない! 全身がむず痒いし、目を擦ったら――ほら、これだ!」
ボロンと、大粒の涙――ではなく、眼球がとれてぶら下がる。
「アンデッドだよ! 歩く死体だ! 俺もまた、祠を壊して召喚されたモンスターだったんだ!」
「だからさ! そんなのどうでもいいって言ってんじゃん! 今、議論することかな!?」
「今だからだよ! このタイミングしかないんだ! お前さ、さっきから親友親友って強調するけど――全部、嘘だったんだろ!? 召喚されてすぐで自分が何者か分からなかった俺にそれらしいことを吹き込んでさ!」
「違う!」
お互いヒートアップが止まらない。
無意識に立ち上がっていた。
「どうしても認めたくないんだな! じゃあ言ってやろうか! お前は――」
そこで邪魔が入った。
窓ガラスをぶち破って、真っ赤な塊が山小屋に入ってきたのだ。
真っ赤なコートで白い大きなマスクで顔を覆った黒髪の若い女性だ。
体の前で腕をクロスさせて膝を曲げるという姿勢で窓ガラスをぶち破ってきたらしい。
俺たちがそのアクロバティックさに口を開けて絶句していると、闖入者は大きく腕を広げてこちらを向く。
右手には大きなハサミが握られている。
「私、キレイ?」
「え、あ……」
いきなりのことで利人が答えられないでいると、激昂した女はマスクを剥ぎ取って――
「キレイかって聞いてるのよーッ!」
耳元まで裂かれた口を大きく開け、手にしたハサミを突き出し――それは、利人の体を貫通する。
何もかもが唐突で、反応が遅れた。
「ねえ、これでもキレイ?」
「あ、あ……」
「うあああああああああああーっ!」
腹に風穴が空いて呻く利人と、叫ぶ俺。
パァン。
乾いた発砲音。
さっき寺生から貰ったばかりの仕込み銃だ。
口裂け女の額に銃創が開き、ズルズルと崩れ落ちる。
それと同時に突き刺したハサミも引き抜かれ、一気に血が飛び散り、少し遅れて利人も崩れ落ちる。
「り、利人ーっ!」
慌てて駆けつける。
そして、さっき言いかけたことを、一番聞きたかったことを、ついに口にする。
「利人、お前だったんだろ、祠を壊して俺を召喚したのは」
利人はぐったりと目をつぶったまま、うなづいた。
俺は、仕込み銃をばたりと取り落とした。青いけむりが、まだ銃口から細く出ていた。
キャビン(2012) 監督:ドリュー・ゴダード 主演:クリステン・コノリー
#しきゅれん構文(その「主人」てのやめたら?)
#ごんぎつねミーム




