絶叫 Scream
恐れていたことが起きてしまった。
おタカさんこと川町孝子を捕食した合成鮫・メグはそのスキルを得るのに消化、吸収の時間がかかる。だからこの化け物がおタカさんの必殺スキル『呪力』を発動できるようになる前に何とかしなくてはいけなかったのに。
今、目の前の合成鮫は漆黒の長髪をなびかせ、三つの口を大きく開けて、サメの背ビレと人狼の尻尾を振り、ヒグマの脚でノシノシ大地を踏みしめている。
それに対峙するのは、由緒ある霊能力者一家の若き当主である寺生丁。
彼は顔面を蒼白にして食い止められなかった惨劇の象徴を見上げている。
「悪い悪い、待たせたなあ! ようやく『呪力』スキルの解放の時間だ! 首ってのは、どのくらい飛ぶのか、楽しみだねえ!」
喜色満面のピエロ。
「寺生さん……」
「杉原と東野はいますぐここから離れろ!」
心配して声をかける俺に、思いのほかに鋭い声が飛ぶ。
「化け物からきっかり五メートル離れてろ! そこで、事の顛末を見守っていてくれ!」
「でも――」
「行こう、史也」
何か言おうとする俺の左手を引っ張って、利人は大股で歩き出す。
「いいのか、あの人、呪力で首飛ばされるぞ」
「大丈夫。寺生さんの目は死んでない。何か考えがあるんだ。さっきは心壊れたかと思っちゃったけど、あれはいつもの三味線だ。心配ない」
確かに寺生って男は毎回いつも一度はやられた振りをするのだ。そこから逆転するのが恒例だが、だけど、今回は……。
「本当か!?」
「今あの人は『きっちり五メートル離れていろ』と言った。多分それが『呪力』の効力範囲なんだろう。今までのあの人ならもっとシンプルに『逃げろ』と言った筈だ。だけどそうじゃなかった。つまり、必ず意味がある。あの人は、まだ負けてない」
利人の言葉は力強い。
だけど。
でも。
ここから入れる保険があるとは、とても思えないのだった。
「どうするね。最後に言い残すことはあるかい? 辞世の句なら聞いてやるぜ」
「……捕食相手のスキルを奪うってのは、どういうメカニズムなんだ」
「なに!?」
「いやちょっと気になったんだ。普通、胃で消化したって小腸で吸収するのは糖質やたんぱく質みたいな栄養素だけだ。どのタイミングでスキルを『消化・吸収』するんだろうって」
「……学がないオイラなりに調べたんだが、何か特殊な消化酵素があるってことらしいな。それの働きによって、捕食した相手のスキルを分解して吸収するってことらしいよ」
「へえ、丁寧にどうも」
「最後がそれでよかったのかい?」
「ああ、満足だ」
無表情で返す寺生。
何らかの策があるのだと信じたいが、今は想像もできない。
ただ、五メートル離れた場所で木偶のように成り行きを見守るしかできない。
「それじゃあ、お別れだな――首と胴体のな!」
ピエロの言葉がきっかけで、合成獣の長い黒髪がブワリと浮き上がり、髪の毛一本一本が中空でウネウネとうねる。
前髪で隠れていたサメの双眸が露わになる。
左目だけが赤い、オッドアイ。
その目に見据えられて――だけど、寺生は微動だにしない。
「おい、どうした!?」
古賀はすぐに違和感に気が付く。
長い髪が浮き、至近距離で見つめる――すでに呪力は発動している。
だけど、寺生には効かない。
「『呪力無効』か」
隣で利人が呟く。
「呪力が効かないだあ!? なんだ、お前さんも如月の小僧と同じスキルを持ってやがったのか!?」
「……ってかさ」
ポケットに手を突っ込み、寺生がつまらなそうに口を開く。
「如月のバカにできたことが、何でオレにできねェと思うんだよ。そもそも、オレは過去に三度も川町孝子と直接対決してきてンだぞ。あの人の対策なんざとっくの昔にしてあるっての」
普通の人間は、一度首が離れたらそれでお終いなんだよ。
「だから呪力無効スキルの取得は最優先事項だったんダヨ。まあ呪いなんてのは千差万別で個体ごとに対策は違ってくるんだが、少なくとも川町孝子の呪力はオレには効かねェ」
「ああそうかい! ご丁寧にどうもね! だったら呪力を使わないだけの話だよバカヤロー!」
ざわざわと波打っていた髪がストンと落ち、四本の腕を振り回し、サメとヒグマと人狼が揃って大口を開けて寺生に襲い掛かる――
が、次の瞬間、怪物の動きが止まる。
不自然な姿勢で静止し、細かく痙攣している。
「どうした!?」
古賀が僅かに焦った声を出す。
それから数秒して、人狼のピョンと立った耳が、緑色に横に広がった爬虫類のようなモノへと形を変える。
あれは、グレムリンの耳だ。
続いて、背ビレが生えていた上の方から、漆黒の翼が生える。
鴉の羽根だ。
そして更に、ヒグマの頭頂部に大きく赤い球体がお団子のように現れる。
トマトのシニョンである。
おタカさんの後で捕食した様々なモンスターの特徴があちこちに出てきた状態らしい。
異形っぷりに拍車がかかる。
サメの姿か、これが。
「消化吸収が終わったみたいダナ――どうした、腹がいっぱいで動けねェか」
「……何やったんだ、テメェ」
古賀が凄む。だが寺生は涼しい顔だ。
「オレは何も。自衛のために祠壊して色んなモンスターをぶつけただけダヨ。それを意地汚く全部喰ったのはそっちだろ――どんな規格外の化け物でも、キャパシティは必ずある。無限なんてのは、この世にないんだヨ。ましてや、おタカさんみてェなキング牛丼のあとでフルコース詰め込んだらどうなると思う? フードファイト上等のフカ野郎だって、腹パンパンで動けなくなるに決まってンだろ」
「これを、狙って……」
「そうだよ。時間稼ぎしてたのはこっちだ。おタカさんが喰われた時点でこっちには勝ち目なんてなかった。だから何でもいいから数が沢山いるモンスターを選んでぶつけたってこと。単体なら丸呑みされて終わりだけど、数さえいれば多少なりとも時間が稼げるからな」
「そうか、グレムリンは任意で増殖できるし、鳥もトマトも強さはともかく数だけは多かったからね……」
利人も感心している。
「そもそも、ヒグマや人狼みたいに種族そのものがスキルになってるのはともかく、『呪力無効』や『呪力』の元の持ち主の外見的特徴が表に出てきちまってる時点で吸収しきれてねェってことだからな。初期の地中移動や瞬間移動、サイズ可変の元の持ち主の特徴は出てねェ訳だから。もう如月辺りで満腹は近かったってことだ。んで、今まさに限界な訳だが――デザートがまだだったよな?」
ゆらりと、寺生が前に出る。
容量いっぱいになって動けないサメの口に、敢えて右手を突っ込む。
「さっきアンタの話を聞いて一つの仮説を立てた。別に捕食しなくても、スキルそのものを胃袋に喰らえば、特殊な消化酵素とやらでスキルを吸収できるんじゃないかってナ――喰らって見なよ、オレの『霊力』を」
「バ、バカ! 待て!」
「待たねェよ、バカヤロー」
くたばれ、化け物。
決め台詞と共に、寺生の手の先が光る。
口に突っ込んだ状態でも分かるほどの、激しい発光だ。
寺生の目が血走り、額にいくつも青筋が浮かぶ。
文字通り、全身全霊の霊力をぶちこんでいるのだろう。
「オ、オ、オ、オ、オ――」
合成鮫の体の内部から不気味な音が響く。
声ではなく、無理矢理エネルギーを流し込まれて、食道が悲鳴をあげているのだ。
寺生渾身の力は化け物の胃を通り、生きて腸まで届く。
そして。
異形を極めた合成鮫の体のあちこちに亀裂が入り、そこから光が幾筋も放射状に放たれる。
数秒と経たず、爆発。
化け物の構成要素が数メートル範囲に四散し、体液の雨が降り注ぐ。
離れていた俺たちはそれをまぬがれたが、寺生と古賀はまともにそれを喰らった。
「めぐみぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーッッッ‼‼」
古賀の絶叫が、いつまでも響いていた。
スクリーム(1996) 監督:ウェス・クレイヴン 主演:ネーヴ・キャンベル
#入れる保険があるんですか




