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標高470メートル、開けた土地にて、失われた光 Elevation 470m,Open Space,Lost Halation

「ぞれじゃあ、戻ってみようか」

 俺が愛理への噛みつきをある程度終えたところで利人が声をかけてくる。

「……逃げるんじゃなかったの」

 俺は血肉で汚れた口元を袖で拭いながら親友を見上げる。

「寺生さんたちの動向が気になるよ。何か策があるみたいなこと言ってたし」

 言うが早いかさっさと踵を返して来た道を戻っていく。俺は立ち上がり、歯形だらけになった愛理の死体を一瞥だけして後を追う。

 ――二人きりになるのが嫌だったんじゃないか。

 そんな風に、思う。

 露骨に俺との会話を避けている。

 俺からの決定的な質問から、逃げている。

 質問?

 何が?

 何に対する疑問だ?


 そんなの、全部に決まっている。


 多分俺は――何も知らない。


 パサリ、と目の前で紙が落ちる。

 利人が尻ポケットに入れていたモノらしい。

 こいつが紙を尻ポケットに入れた所など見てないから、きっとずっと入れっぱなしになっていたのだろう。

 俺は何気なくそれを開く。


 目を、見開いた。 


「史也、どうかした?」

「……何でもない」

 利人に気付かれないように素早く紙を自分の尻ポケットに仕舞う。

 紙を拾ったとは言えなかった。

 その紙に書かれていた内容のことも。

 ああ、手足が強張る。

 体中がむず痒い。

 強く目を擦った。

 大粒の涙みたいなモノが、ポロリと零れた。


「何だ! オメェら、戻ってきちゃったのか!」

 数十分ぶりに会ったロン毛の霊能力者は俺たちを見て目を丸くしている。

「逃げりゃよかったのに!」

「そのつもりだったんですけど、途中で十二人もの人間を殺したと豪語するシリアルキラーに行く手を阻まれましてね。まあ何やかんやで史也が咬みましたけど」

 ……ウソは言ってないけど、途中経過を省略しすぎだ。

「――そうか、あのイカレ女、やったのか。そしたら、残るはピエロとクソ村長だけってこったな」

「ピエロのサメに何か対策があるみたいなこと仰ってましたけど」

「ああ、それな。首尾は上々――いやボチボチか。優勢か防戦一方がジリ貧かって言うと防戦一方の一つ上って状態カナ。まあ言葉で言っても分かンねえだろうから――」

 寺生の言葉の途中、少し離れた位置にいるおタカさんの足元に大きな影が差す。

 そこから寺生とおタカさんの動きは素早かった。

 

 地中から飛び出す巨大な顎。

 

 瞬間、おタカさんは右手に持っていた式紙に飛び込む。

 

 と同時に、寺生は影の淵の外側に自分が持っていた式紙を投げ出す。


 サメの捕食範囲外に式紙で瞬間移動したおタカさんは真上に迫り出したサメの顎に対し、地面ギリギリまで姿勢を低くして手斧で地面に水平のスピン攻撃をお見舞いする。

 三メートル近くあったサメの顎が五〇センチにまで縮む。だけどおタカさんは地面スレスレを回転しているから関係ない。鋭く切りつける。

 やった――と思った瞬間、サメは消える。

 そうだ、コイツは瞬間移動も出来るのだった。

 サメは消えた地点から三メートルほど離れた場所に数十センチ顎を出した状態で現れる。

 おタカさんは、それを見逃さない。

 強く地面を蹴りスピンの方向を修正しサメが新たに現れた場所にギャルギャルと強回転しながら襲い掛かる――が、一歩遅く、サメは地中に潜ってしまう。

「クソッ、もうちっとだったな!」

「え、これ今、どういう状況なんです……?」

 利人が困惑している。

 それはそうだ。

 俺たちが愛理の相手をしている間に霊能者と怨霊はピエロとサメ相手に善戦できるようになっている。

「時間がないから要点だけ言うぞ。サメは捕食の時しか地上に出ない。だからその瞬間を狙ってカウンター攻撃を仕掛けるしかない。だがこっちが攻撃しようとすると縮んで避けようとする。だがどういう理由か分からねェがコイツは自身の全体像を地上に出そうとしない。どこまで行っても地上に出すのは顎だけ。地面から三メートル出ていたのが地面から五〇センチに変わる――なら地面スレスレを水平に攻撃すればいいだろって話になる」

「え、でも瞬間移動して逃げられるのでは……」

「もちろんそうだ。だが何度か繰り返して分かったことだが、こいつのテレポート距離は短い。せいぜいが五メートルってとこかな。だからテレポート位置をすばやく察知して素早く近づいて斬り付ければいいだけの話だ」

 戦術的なように語っているが、かなりのゴリ押し脳筋戦法だ。だが、規格外の呪力を身体エネルギーに変換した無敵の川町孝子にはそれが正解のように思える。

 捕食相手のスキルを奪いどんどん強くなる無敵のチートサメにも対策らしきものが見えてきた訳だが、当のマスターはヘラヘラ笑いながら腕を前方に伸ばした姿勢で拍手している。

「おねえちゃん、面白い動きするねえ。サーカスで曲芸師でもやってみたらどうだい。伝手を紹介するよ? 怨霊を雇ってくれるかどうかは分からないけどねえ」

「ずいぶん余裕だな。テメェのサメが斬られてるんだぞ。何とも思わねェのか」

「そりゃ痛覚はあるからね。嫌か嫌じゃないかって聞かれたら嫌に決まってるよ。でもまあ、それも終わりだ。コソコソ首を隠す必要も、もうなくなった」

 古賀の不可解な発言に眉を顰める寺生。

「『首を隠す』?――もしかして、アンタはおタカさんの呪いを警戒して、それでサメの首を隠してたってことか?」

「如月から聞いてたからね。おねえちゃんの首飛ばす呪力ってやつ、壁に埋まってるかとか地面に埋まってるって状況だと発動できないんだろ? だからま、念のためね。サメの首ってどこだよって話だけど、どうせその辺りはおねえちゃんの匙加減なんだろうしね」

「……そんな縛りがあったんですか」

 利人が尋ねる。

「まあな。マフラー、スカーフだとか手で隠したくらいじゃ意味ねェけど、壁や地面みたいな遮蔽物があるとおタカさんの呪いは通じづらい――つっても、百パー通らねェって訳じゃねェし、そもそもそんな状況そうそうねェから、まあ忘れていい話だったんだけどな」

「と言うか、そのために『呪力無効』のスキルを獲得したのでは」

 利人の冷静な指摘。そうだ。そのために如月は捕食されたのだ。

「消化吸収には時間が必要なんだよ、おにいちゃん。食べてもすぐそのスキルが使える訳じゃないの。だからまあ、時間稼ぎって言うの? 舐めプって言った方がいいか」

 そう言って肩を震わす。

「……寺生さん、今のおタカさんって『呪い』発動できるんですか?」

 小声で利人が尋ねる。

「……いや、まだだ。杏子をヤってからのインターバルが解けてねェ。古賀はそのこと知らねェから誤解してるみたいだが、好都合だな」

「なんだい、おねえちゃん呪い使えないのかい」ヒソヒソ声を聞きつける古賀。地獄耳だ。「警戒して損したな……まあいいや。結果は同じことだ。もうコソコソ首隠すのは終わりって言ったよね。分かるかな、この意味が」

「消化吸収の時間が終わって『呪力無効』のスキルを発動できるようになったってことだろ。そのくらい分かるよ。でも顎しか出さなかったのが、全身を出すようになったってだけの差だろ? まあ地面スレスレを攻撃する戦法はとれなくなったが、また新しい戦い方を考えるだけの話だしな。あんまオレらを舐めンなよ?」

「そうかい――じゃあ、実際にやってみたらいいやね」

 持っていたパックを握り潰し、脇に放り投げる。


 刹那。


 おタカさんの足元に大きな影が差す。


 二人の反応は早い。


 怨霊は素早く持っていた式神に姿を隠し、霊能力者は影の淵に別の式神を投げ、おタカさんはそこから姿を現す。


 だけど、そこからが違った。


 大きな影はそのままで、サメの顎が出てこない。


 手斧を構えてスピン攻撃をしようとしたおタカさんは、スカを食らわされた格好となって、一瞬その場で動きが止まる。


 だから。


 自分の足元に新たに出現した二つの小さな影に気が付かなかった。


「おタカさん、何か来る! よけろ!」


 寺生が注意喚起するが、遅い。


 それはすでにおタカさんの両腕を下から掴んでいた。


 それは二本の巨大な腕。


 片方は銀色の毛、もう片方は漆黒の剛毛に覆われていて、両方とも鋭い爪が伸びている。


 それが、地中から突き出ておタカさんを拘束しているのだ。


 別のモンスターか!?


 考えている間もなく、地中からサメが大口を開けて現れる。


 今回は顎だけではなく、顔全体を見せる。


 あの時、湖畔で見たサメの顔――だが、今はその両端に別の顔が付いている。


 右側には狼。


 左側には熊。


 三つの首がケルベロスのように連結している。


 そして、真ん中のサメは大口を開けて、おタカさんに襲い掛かる。


「ま、待て!」


「待たねえよバカヤロー」


 如月の時と同じ問答。


 そして――おタカさんはサメに丸呑みにされた。 

海底47m(2017) 監督:ヨハネス・ロバーツ 主演:クレア・ホルト

オープン・ウォーター(2003) 監督:クリス・ケンティス 主演:ブランチャード・ライアン

ロスト・バケーション(2016) 監督:ジャウム・コレット=セラ 主演:ブレイク・ライヴリー

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