おやすみマミー Goodnight Mummy
おタカさんの凶刃は、俺の右肩にダイレクトヒットした。
結果――俺の右腕は、地面に落ちる。
稀代の怨霊が振り下ろした手斧が、俺の右肩を切断したのだ。
「うわあああああああああああああああああああああああー‼」
「キャアッ!」
飛び散る鮮血。
絶叫が響き渡る。
俺が叫んだのだ。
当たり前だ。
ここで叫ばないなら、それはもう植物だ。
なんで。
なんで。
なんでここで俺の肩を。
腕が。
右腕が。
ただでさえ霧が立ち込め緩慢だった俺の思考は、ここに至って混乱の極致に至る。
「史也! 一つ目の指示、よく聞いて!」
恐らくはこの作戦を立案した利人が俺の顔を正面から見つめて、言う。
「右手でこの紙を持って! 絶対に離さないで!」
切断されて地面に落ちた俺の右腕の先端に式紙を持ってくる利人。
俺は――俺の右手は、式紙を掴む。
手斧で叩き切られても、俺は俺の右手を操れる。
式紙を掴んだ俺の右腕をおタカさんはむんずと掴み、反動をつけて遥か高く上に投擲する。
そしてシュルルと、足元の式紙に消える。
ああ――そうか。
事ここに至って、愚鈍な俺でも理解できた。
俺の右腕はクリップ代わりにされたのだ。
一〇メートル近い高さにあるコングの頭部におタカさんを行かせるには式紙を開いた状態でそこまで飛ばす必要がある。ある程度の重量のあるクリップでもあればそれが可能だがここにはない。
だから、俺の腕で。
遥か頭上、真上に投げられた俺の右腕が掴む式紙からシュルシュルとおタカさんが出てくる。
その様は昔のアニメで見た、自分で折って投げた柱に飛び乗って移動する伝説の殺し屋を想起させる。
式紙裏の落書きから出てきた伝説の怨霊はコングの頭部に飛びかかり――その後の勇姿は確認できなかった。
二つ目の指示が来たからだ。
「二つ目、後ろ向いて!」
そう言われても、今の俺は動けない――と思ったのだけど、不思議と体は自由になった。
言われるまま、回れ右をする。
俺はそこに、不思議な物を見た。
何もない空間に、赤い人影がある。
これは――血だ。
俺の血だ。
おタカさんに右肩を斬られた時に飛び散ったのだろう。
その血が、人の形に浮かび上がっている。
まるでガラスで出来たマネキンみたいだ。
「三つ目! ソイツを、噛んで!」
ソイツって、この目の前にいる人の形をした何かか⁉︎
だが指示には従わないといけない。
目の前のソイツはジリジリと後ずさりしていて――不意に、踵を返して脱兎の如く逃げ出そうとする。
逃がさない。
俺は強張る手足を総動員してそいつに飛び掛かり、首らしき部位に歯を立てる。
「チョット、サワラナイデ――アアアアアア! イタイイタイイタイ!」
俺の歯の下で甲高い悲鳴が上がる。
コイツが喋ったのか!?
というか――女!?
首肉を食いちぎり頸動脈を食い破りながらそれとなく観察すると、なるほど、赤いシルエットは細身の女性そのものだ。
「人のことを散々拘束しておいて、触らないではねェだろ」
寺生が苦笑を漏らす。
「拘束!? ファラオの呪いは!?」
俺は思わず口を離して疑問を言う。その直後で、利人の視線に気が付いて慌てて歯を進める。
疑問に答えたのは寺生の方だった。
「しょうもねェペテンだよ。そもそも、如月のミイラ男って紹介が嘘だったんだよ。包帯グルグル巻きの怪人だからいかにもそれっぽく見えるが、実際はそうじゃねェ」
透明人間だ。
あっさりと、真実を口にする。
「ここにいる誰も、包帯の下の体を見てねェだろ? 最初に東野に包帯攻撃を仕掛けて、コングの攻撃喰らったおタカさんがそれにぶつかって攻撃は解除されたが、それと同時に身に纏っていた包帯を全部解いて、透明になったんだ。んで、後はおタカさんや東野を後ろから抱きつくなり肩を掴むなりして動けなくしたって、それだけの話だ。何がファラオの呪いダヨ。オレがふざけやがってって怒ったのは、それに対してのことだ」
「ア、アンタ、最初から分かってたのか!?」
如月が声を震わせながら寺生を指差す。
「オメェよォ……人を馬鹿にするのも大概にせェよ? オレ、全部の祠の場所と、そこに封じられてるモンスター暗記してるって言ったよな? 本当にハッタリだと思ったのか? オレの目の前で透明人間の祠壊してるんだから、そら最初から分かってたに決まってンだろうが! 舐めんなよマジで」
寺生が吐き捨てる。
確かに如月がミイラ男だと紹介した時に無言で眉間に皺を刻ませていたが、そういう背景があったらしい。
「まあ、祠のことなんて知らない僕でも透明人間じゃないかって察しはついてましたけどね」
利人がまた怜悧なところを見せる。
「ファラオの呪いだか何だか知らないですけど、それが通用したのはおタカさんが式紙を出入りする前まででした。彼女が落書きの間を瞬間移動するようになってからは、全く動きを封じられていない。つまり呪いや魔法や超能力ではなく、物理的かつ直接的に体を拘束していたと推理できる。だけど、その姿は誰にも見えない――ならばそういうモンスターなのだろうなと考えられる訳です。見えないなら、可視化すればいい」
「それで東野の血を利用したってか?」
「切り取った腕はおタカさんの移動に使えたし、合理的でしょう?」
「合理的……か……?」
寺生が引いている。
俺は何も考えたくなくて、遮二無二、目の前のもう透明ではなくなった透明人間の首を齧る。
「まあ、まさか女性だとは思いませんでしたけど」
「とある製薬会社で働いていた四〇代の研究者だ。改造した自宅で独自の研究を続けて、ついに人体を透明化する薬を開発するくらい優秀な人物だったらしいな。だが一方でかなり苛烈な性格で、旦那を事故で亡くしてからは息子と二人暮らしだったんだが、その息子に対して暴言と暴力の限りを尽くしていて、その息子は精神を病んで母親に一服盛ろうとしたらしいが、その際に飲ませた薬が件の透明にする薬で、皮肉にも自分が開発したモノで透明人間になってしまったという経緯らしいナ」
「……それって、ヨネヅノマのことですか」
利人が聞いたことのない名前を口にする。
「知ってたのか」
「いえ、ウチの大学の教授が話題に出したことがあったんで――そうですか……」
利人がどこか合点がいったような言葉を漏らす。
上を見る。
おタカさんが、ズタズタに切り裂いたコングの鼻先を右脚を水平に伸ばした姿勢で蹴り上げているのが目に入る。
大乱闘スマッシュブラザーズで空中ニュートラル攻撃を行うピカチュウみたいだなと、口内をヨネヅノマの血肉で満たしながらボンヤリと思ったのだった。
グッドナイト・マミー(2014) 監督:ベロニカ・フランツ、セベリン・フィアラ 主演:スザンネ・ヴェスト
#ピカチュウの空N




