回路
絶体絶命だった。
巨大ゴリラは純粋に手が付けられない程に強く、その影に隠れているであろうミイラ男はファラオの呪いだか何だか知らないがこちらの動きを止める術を使う。
そんな連中相手に、勝てっこない。
「おやおや、どうしました!? もう終わりですか!? 大したことありませんねえ!?」
如月がここぞとばかりに煽ってくる。
「せっかくだから命乞いでもしてみますか!? 必死でお願いしたなら、殺す順番を最後にしてあげてもいいんですがね!」
両手を広げて大きく目を開く。
ここまで虚仮にされて、さぞ悔しいだろうと寺生を見るが、意外にも煽られている当人は無表情でポリポリと顎を搔いている。
「……盛り上がってるとこ、腰を折るようで悪ィんだけどさ――オメェの手斧、どうした?」
思わぬところに話が飛ぶ。
確かに、最初はツナギにホッケーマスクで、手斧を持っていた。
その後は左手に持ったり脇に挟んだりしていた筈だが……。
「……あれ?」
今はどこにもない。手斧と言ったって長さは三〇センチ程もある。こんな祠しかない殺風景な場所でなくす方が難しいと思うが。
「オメェのなくした斧はこの斧ですか」
棒読みの口調で後ろに隠していた手斧を見せる。
「……くすねたんですか。さっきの式紙と言い、手癖の悪い人ですね。それが何です? そんな手斧一つで戦況が逆転するとでも?」
「盗ったのはその通りだけど、どうやったのかを追求してほしいんだけどな……ってか、今も、ほら」
寺生が顎でしゃくるのと同時に、甲高い悲鳴が上がる。
「ああっ何するんデスカー!」
愛理だ。
見ると、いつの間にか復活していたらしいおタカさんが愛理の左手にはめられた鉤爪を強奪しようとしている。
「痛い痛い痛い! ちょっと、取らないでクダサイ‼」
籠手の先に鉄製の爪が三本付いているタイプの鉤爪だが、おタカさんはそれを力づくで奪い取っている。
問題はその後だ。
奪った鉤爪を左手に装着した彼女はその場でくるりと回転して――シュルシュルと細長い光の軸に長細く姿を変え、ストンと落下して消える。
その下には、一枚の紙。
裏返しになった式紙だ。
そこにはマジックで花丸で描かれていた。
「はい毎度あり」
次の瞬間、寺生のすぐ横に地面に垂直に光の軸が現れ、それはゼロコンマ数秒で太さを増して白い服を着たおタカさんの姿に変わる。
彼女の左手には鉤爪が嵌められている。
「返してくだサイヨー! まだ二回しか使ってないんデスヨー!?」
「……これも貰うわ。悪ィな」
さらりと怖いことを言う愛理だが、寺生は聞こえなかったことにしたらしい。薄ら笑いを浮かべながらおタカさんの右手に手斧を渡している。
彼女の足元にはやはり裏返しになった式紙がある。
こちらにはへのへのもへじの落書きがしてある。
「ら、落書きをゲートにしたんですか……」
「そういうこった。おタカさんは絵の出入りが出来て、複数あればそれをゲートにして瞬間移動することができる。それはどんな小さい絵でもいいし、オレが適当に描いた落書きだろうが絵として認定される。んで、さっきオレは裏面に落書きをした式紙をそこら中に散乱させた。これでまァ、おタカさんがあっちこっちに瞬間移動する『回路』が作られたってこった。現に、それを駆使して手斧と鉤爪という得物をゲットしている。オメェはこの紙に式を打ち込んだっつったけど、オレはこの場に布石を打ったって訳ダナ。さっきの家でマジックを拝借しておいて正解だったわ」
杏子が棚やら机やら家中の家具を片っ端から引っ繰り返したおかげで寺生は筆記用具を得たらしい。
と言うか、おタカさんはコングに叩き潰されてぺしゃんこになった筈なのだけど、もう自己修復したのか。まああれでやられる人ではないとは思っていたけど、その回復速度の速さには舌を巻かずにいられない。
「そ、それが何だって言うんです⁉︎ さっきも言った通り、我々から得物を奪ったところで戦況は変わらないでしょうが!」
派手なスーツの霊能力者が色を成す。
「どうなるかやってみたらいいじゃねェか」
「コングちゃん、張り切ってヤッチャッテー!」
大猿の召喚主である愛理が右手を振り上げてGOを出す。
それが合図んあったのか、大猿はさっきと同じように勢いよく左手をおタカさんの立つ場に振り下ろす。
轟音、そして振動。
俺たちは崩れ落ちないように重心を低くして振動に耐える。
そして大猿が振り下ろした左手を上げると――その手の平に引っ付いた紙が、剥がれてヒラヒラと落ちてくる。
最初はまたおタカさんがぺしゃんこにされたのかと思ったが、よく見たらそれは式紙。
彼女はそれをゲートにコングの叩き潰し攻撃を逃れたのだろう。
ではどこに行ったのかと言えば、なんて事はなく五〇センチくらい離れた式紙からシュルシュルと姿を現し、助走をつけてジャンプして中空に浮いた状態の大猿の左手に手斧で斬り付け攻撃をお見舞いする。
ガアア、と痛みに左手を引っ込め、だけどそれはすぐ怒りに変換されて、今度は右手を大きく薙ぎ払う。
本来ならそれをまともに喰らって数メートルも吹っ飛ぶところだろうが、今のおタカさんは違う。
式紙による瞬間移動で攻撃を回避し、大猿が右手を振りぬいた先に現れ、親指の爪の間に鉤爪を突き刺す。
グアアアアアア!
これには大猿も堪らず、指先を押さえながら身を仰け反らせ、痛みと怒りからその場で何度も激しく地団太を踏む。
「ウチのおタカさんは神出鬼没だなァ。ファラオの呪いはどうした?」
「コングちゃん! どれだけ暴れてもいいけど、祠は壊したら駄目ダカラネ! こっから先は来ちゃ駄目ダヨ!」
居並ぶ祠群の前に立って両腕を広げる愛理。
「モンスターが祠を壊した場合はどうなるんですっけ?」
「どうもならねえヨ。誰も守らないフリーのモンスターが山に放たれるだけだ」
なるほど。百害あって一利なしという訳か。
「もうさ、川町孝子はいいでしょう!」
「……分かった! コングちゃん! カワマチタカコは一旦置いておいて! 攻撃対象はこっち、オニーサンにして!」
「どっちかちゃんと指示してください!」
「ヒガシノフミヤの方デスヨ!」
ちゃんと認識されていたらしい。
俺に、攻撃対象がスイッチされる。
コングが俺を見る。
見た後で、左の拳を真っ直ぐ俺に対して向けてくる。
左ストレートだ。
横に跳んで避けないと――と思うのだけど、また、身体が動かない。
またファラオの呪いか!?
式紙の間を自在に移り回るおタカさんの動きは止められなかったくせに。
だけど、俺は数メートル目前まで大猿の拳が迫っていても、絶望はしていなかった。
俺のすぐ前の足元に、式紙があったからだ。
案の定、その式紙からはおタカさんが現れ、コングの左ストレートを手斧で弾く。
ガキン、とおよそ生物が発するとは思えない硬質な音だ。
その後、動けない俺を攻撃しようとするが、その都度おタカさんに防御される。
「なかなか攻撃が通らねェなァ」
「そちらこそ、防戦一方じゃないですか。振り下ろしたコングの手や指をチクチク攻撃したところで、そりゃ痛いは痛いでしょうが、そんなのは我々が針で指先を刺されたようなものです。ただ不快なだけで、死にはしない」
如月の言う通りだった。
「……やはり、目や口内を狙うしかないのでは?」
俺の後ろで、利人が寺生にコソコソと話しかける。
「どうやってだヨ。さっきみたいな奇襲は通用しねェぞ。向こうから頭を下げてくれる訳もないしな」
「体をよじ登っていくことはできませんか?」
「できるよ。だけどまァ頭に到達する前に叩き落とされるだろうな」
「……式紙を投げて瞬間移動させたらどうです」
「一〇メートル近いデカブツの頭までどうやってペラ紙を届かせるんだよ」
「紙飛行機とか、あるいは石を入れて丸めて投げるとか」
「どっちもダメだな。おタカさんが出入りするには『絵』が開いた空間に向いてないといけないって条件があンだよ。丸めたり畳んだりしたら、紙がコングの頭まで届いたとしてもおタカさんが出て来られねェ」
「石を貼り付ける粘着テープとか、錘の代わりになる大きめのクリップとか、マジックと一緒に持って来ていないですか。そのどちらかがあれば紙を開いた状態で高く投げられるんですけど」
「無茶いうなヨ。そこまで先読みできるかってんだ。マジック持ってきただけでもファインプレーって褒めてほしいくらいだぜ」
次々とアイデアを出す利人だが全て却下されてしまう。
ジリ貧か――と思われたが、次に利人は寺生に何やらヒソヒソと耳打ちをする。
「……いや、それはオメェ」
利人の新しい提案に引いた姿勢を見せる寺生。
「大丈夫です。僕が保証します」
利人の眼鏡が光った気がした。
おタカさん、と寺生が声をかけると、彼の目の前の式紙にシュルシュルと現れる。
霊能力者は怨霊にそっと耳打ちし――それを聞いた彼女は話した寺生の顔を見返す。
利人の提案はそんなにドン引きする内容なのか。
俺もそれを聞きたいのだけど、伝言ゲームの最後がまともな人語を話せないおタカさんではどうしようもない。
その代わり、利人が直接俺に向き合って、言う。
「……史也。これから簡単な指示を三つ言う。勝つために――生き残るために、それをやってほしい」
「何を改まって……利人の指示なら黙って従うに決まってるだろ」
「だろうね――先に謝っておくよ」
本当に、ゴメン。
利人が頭を下げる。
横に、スライドする。
その後ろに控えていたおタカさんは手斧を振り上げ――それを、俺に向かって振り下ろした。
回路(2001) 監督:黒沢清 主演:加藤晴彦




