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汝は何なりや? The Wolf Man

 それは、二足歩行の獣、に見えた。


 全身を覆う銀色の体毛。体つきは筋骨隆々で、両手――否、前脚には鋭い鉤爪。

 ピンと立つ二つの耳。そして何より、前方に大きく迫り出た口吻と、そこから覗く鋭く大きな牙が印象的だ。


「じ、人狼……!?」


 利人の声に呼応するように、目の前の獣人は両脚を地につけ、口吻を垂直に天に向け、雄叫びを上げる。


「アオオオオオオオオオオオオン!」


 遠吠えだ。

 さっきから聞こえていた音の正体は、これだ。

 遠くからでも頭と腹に響いていたサイレンの様なその響きは、至近距離で聞くとより大きな質量を伴って全身を震わせる。


「何やってんだ! 早くやれ!」


 誰かの声。誰だ。利人ではない。

 しかし誰何(すいか)している暇などない。

 今の声に反応したのか、人狼はすぐに遠吠えをやめ、何の予備動作もなく大きく跳躍。

 馬鹿な。五メートルはあるぞ。

 獣の動きと共に視線が上にスライド。

 夏の空をバックに、高く跳んだ獣人が鋭い鉤爪を振り上げるのが見える。

 ヤバイ。

 ヤバイヤバイヤバイ。

 咄嗟に命の危機を感じた俺は素早く右へ飛びのき、身を低くして横にゴロゴロと転がる。

 押し潰される雑草。また、青臭い匂いが鼻をつく。

 着地した人狼は俺が横に避けたのを確認して、すぐさま地を蹴り追撃の姿勢に入る。

 たまったもんじゃない。

 と言うか何だこれは。

 何が起きている。

 人狼!?

 ゲームや映画じゃないんだぞ!

 祠か!?

 祠を壊したからか!?

 嘘だろ!?

 あの祠には人狼が祀られてたってことか!?

 日本だぞ!?

 山の神とか、そういうのじゃないのか!?

 コンマ数秒で、様々な思考が光速で流れていく。

 実際の俺は回避姿勢から立ち上がり全力逃走に入っていて、さっき人狼が姿を現した大木の後ろに隠れる。

 勿論、隠れると言ったって奴はすぐ後ろまで迫っている訳で、大木を盾にした右へ左への攻防が始まる。

 人狼が左から現れたら右へ、右から来たら左へと逃げる。

 ただ、それで状況がよくなる訳でもない。

 むしろ、俊敏性、動体視力、スタミナ、全てのステータスにおいてただの人間である俺は劣っているのは明らかで、ジリ貧になるのは小学生だって分かる。

 打開策は、足元に転がっていた。

 太くて長い木の枝だ。

 俺はそれを瞬間的に持ち上げ、左から顔を出した人狼の口吻を下から思い切り殴りつけてやる。

 クリティカルヒット――したと思った。

 いや、真っ芯には当たった。

 だが所詮は木の棒だ。相手を怯ませるくらいのダメージしか与えられない。


 だったら。

  

 ダメージが通るまで殴り続ければいいだけの話だ。


 考えるより先に身体が動いていた。

 グリップを握り直し、獣人の口吻目がけて、二発、三発、四発、五六七八――

 タコ殴りだ。

 躊躇してなんかいられない。

 やらなければやられるのだ。


「バカ! 噛みつけ!」


 また誰かの声。

 と同時に、一方的に殴られていた人狼は俺が握っていた得物を前脚で振り払い、頼りの綱の木の棒は俺の手から離れる。


「アオオオオオオオオ!」


 咆哮。

 瞬間、また何の予備動作もなく人狼は俺に飛び掛かり、両肩を押さえて大きな口を開ける。

 その上顎と下顎を、俺は両手を使って押さえる。

 目の前にサバイバルナイフのような牙が迫っている。

 こんなのに肉を切り裂かれたら、溜まったもんじゃない。


 死んで、たまるか。


 考えるより先に体が動いていた。

 俺は、その牙に――噛み付いていた。

 俺の切歯が、犬歯が、人狼の牙に吸い付く。

 ググググ――と、顎に力を込める。

 角度を、つける。


 数秒後――人狼の牙は、鈍い音を立てて根元から折れる。


 俺が、噛み折ったのだ。

 なめんなよ。

 生きるか死ぬかの生存競争なら、俺は絶対に負けない。

 絶対に、死なない。

 そのためだったら、俺は何だってする。


「……大丈夫?」

 利人の声が聞こえる。

 高揚して周りが見えていなかったが、どうやら牙を折ったことで人狼は戦意を喪失して逃げて行ったらしい。

 助かった――ということか。

 顔面にヌメヌメとした液体がかかっていて気持ちが悪い。

 さっきは気にしなかったが、どうやら噛み付かれるのを阻止した時に、人狼の垂れた唾液が顔にかかっていたらしい。

 最悪だ。気持ち悪い。

「……史也、強いんだね……」

 利人が感心している。

「別に、必死だっただけだよ。死んでたまるかって」

「そう、だよね」

「人狼、逃げたみたいだな。他に誰かいたみたいだけど……」

「一緒に逃げたみただね。ずっと木の影に隠れてて、逃げる時チラッと見えたけど、アロハシャツにパンチパーマで、とても堅気の人間には見えなかったなあ」

「……最近のヤクザは人狼を飼ってるのか? いや、アレは祠を壊したから出てきた訳で――じゃあ、そのヤクザは何者なんだよ」

「僕に聞いたって分からないよ。とにかく、助かったからいいじゃん」

「顔洗いたいな。どっか、手洗い場とかないのかな。川や池でもいいけど」 

「どうだろうね……取り敢えず移動しようか」

 利人に従い、俺たちは移動を開始する。

 来た道を戻り、さっき俺が意識を失っていた原っぱを、俺が壊した祠を横切り、更に奥へ。

 奥へ――言った所で、俺はあるものを発見する。


 人の足に、見えた。

狼男(1941) 監督:ジョージ・ワグナー 主演:ロン・チェイニー・ジュニア

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