阿波鬼山の悪夢 A Nightmare on Mt.Abaki
その男は中肉中背の三〇代くらいの男で、全身をアルマーニでキメている。
そして、その背後には更に三人の人間が控えていた。
いや――あれは人間なのだろうか。
一人は赤と緑のボーダーのセーターにレザーのミニスカートの女性で、左手には鋭い鉤爪をはめ、ツインテールにした頭は真ん中からピンクと黒のツートーンに別れていて、顔にはムンクの叫びのような長細い白い仮面を付けている。
一人はオーバーサイズの灰色のツナギを着た長身の男性で、左手に手斧を持ち、襟足を伸ばした髪は銀色で、顔にはホッケーマスクを付けている。
最後の一人は――ピエロだ。赤白を基調にした道化服に、髪は真っ赤で、顔にはピエロマスク。それはもうまごう事なきピエロである。
ボーダーの女は体を横に向けた状態でおどけたように両手を広げて膝を曲げて右脚を高く挙げ、右後ろのホッケーマスクは空いている右手を下に向けたままVサインを作り、左後ろのピエロは意気揚々とダブルピースを掲げている。
ストリートビューに撮影された女子高生三人組か。
「これはどうも、ようこそいらっしゃいました」
三人組の前に立つ全身アルマーニの男が口を開く。
「はじめまして、村長の鮫島と申します」
右手を胸に添え、大仰な所作で挨拶をする。
この男が、この史上最低のデスゲームの主催者か。
髪はビッチリと真ん中で分け、顔は白白で目は細い。この中で唯一素顔を晒しているのに、能の狐面でも付けているかのように見える。
「これはこれはゲストの皆様方、紹介します――こちら、悪夢の具現化です」
そう言って背後に控える異形の連中を紹介する。
「悪夢の具現化たち、こちら、ゲストの皆様方だよ」
いやそっちも紹介するのか。
「初めまして鮫島村長。悪夢の具現化の方々も、どうも」
律儀に挨拶を返す利人。なんだこの間抜けなやり取りは。推しのアクスタに食べ物を見せているオタクか。
「鮫島……」
歯を食いしばりながら寺生が言う。口の端から苦々しさが滲み出ている。
「これはこれは寺生様も。ご無事なようで何よりです」
「何度も死にかけたわ! テメェらが無理くり参加させたクソゲームのせいでな!」
「大変申し訳ありません。この通り彼女らも反省しているので、今回は許して頂いて……」
体の前で手を揃えて頭を下げる鮫島だが、その後ろでボーダー女は鉤爪の中指を立てて挑発している。
「そう言うのいらねえから。ってか拉致の実行犯がコイツらとしても、首謀者はテメェだろーが! んでテメェ自身は悪いなんて微塵も思ってねェだろうしな!」
吐き捨てる寺生だが、俺は今のやり取りの意味がよく分からない。
「え、寺生さん、このモンスターたちがゲーム参加者をこの山に拉致したんですか? 祠から出てきたモンスターって、山から出られるんですっけ」
「違ェよ東野。見た目に惑わされンな。コイツら、モンスターじゃねェ。人間だよ。ただモンスターの格好してるだけ。要するにコスプレだよ。くだらねー真似すんなや、渋谷のハロウィンじゃねェんだぞ?」
そう言えば、寺生はモンスターと人間の見分けができるんだった。
「失礼致しました。面白い趣向だと思ったんですけどねェ――では、改めて挨拶をしてもらいましょうか」
「いい、いい。だいたい分かるわ。どうせオメェの取り巻き連中だろ? だったらこっちも把握してるわ。その鉤爪ボーダー女は、月宮だな。イカレ女の」
何だか酷く辛辣な評価を下されている。件のボーダーセーターの女性は絶叫しているような白い仮面を取り、素顔を晒す。
目が大きくて睫毛が長い、鼻筋の通った正統派の美人がそこにいた。
かなりメイクが濃いが、下手な女優やアイドルよりもよっぽど美形だ。
「あっ」
利人が小さな声を上げる。
「その言い方やめてクダサイヨー」
だけど仮面を外した美女はそれには気付かず、寺生に向かって唇を尖らせる。
「月宮じゃなくて、愛理って呼んでクダサイ。ちゃんと下の名前デネ」
「イカレ女は訂正しねェんだな」
「もう言われ慣れちゃいマシタ。どうせやめてって言っても言うんだろうし。あたしは普通ナノニナー」
「中学の同級生の顔を彫刻刀で切り刻むのが普通かよ。立ちんぼの客だって、何人も切り刻んでんだろ」
「人が人でなくなるのを見るのが好きなだけデス」
「それがイカレてんだっての!」
「寺生さん、この人は……?」
たまらず、二人の会話に割って入る。
「だから鮫島の取り巻きの一人だよ。月宮愛理。聞いての通り中学で同級生殺して、女子少年院を出た後も私娼で日銭を稼ぎながら殺人を続けてきた根っからのサイコパスだ。このクソ村長は、何故かこういう捕まってないシリアルキラーの情報を大量に掴んでいて、その内の何人かを手駒にしてンだ」
「女子少年院で散々辛い目に遭ったくせに、出てきてまた同じこと繰り返すの、アレ何なんスかね」
ピンクと黒のツインテールは満面の笑みで腕を組みながらそんなことを言う。
「ゼパみたいに――じゃなくて他人事みたいに言うんじゃねェよ」
「……手駒って言うのは、具体的にはどういう……」
思った疑問をそのまま口に出す。
「ゲームの参加者を誘き出すのがコイツのメインの役割だ。見た目だけはいいから、対象者にハニトラ仕掛けて呼び出すんだよ。で、相手をその気にさせて、自分の部屋に連れ込んだところで待ち構えた仲間が意識失わせてこの山に運ぶって寸法だ」
「あたし性格悪いから、期待だけ煽って絶対サセナイ」
「大森靖子の歌みたいに言うな」
人差し指だけ立てた両手を頭のよこできゅるきゅると回しながら寺生が突っ込む。
「仲間って言うのは、こっちの二人のことですか」
俺はホッケーマスクとピエロを指し示しながら言う。
「そうだな。……ホッケーマスクは、如月のガキだな」
「餓鬼呼ばわりとは失礼ですね」
ホッケーマスクを外しながら言う。
「僕は今年で二十七ですよ」
これまた、美形の青年だった。
整ったシャープな顔立ちで、濃い二重の双眸は左目だけが赤く、その横には泣きボクロ。カラーコンタクトでも入れているのだろうか。
オーバーサイズのツナギの前面を掴み、バリバリと音を立てて瞬時に脱ぐ。舞台で使う早着替え用の衣装のように背面がマジックテープになっていたのだろう。その下からは紫色で装飾過多な派手なスーツが出てくる。銀色の長髪、カラコンと合わせて、ホストかマジシャンにしか見えない。
「二十代はガキだろうが」
「寺生さん、この人は?」
久しぶりに利人が質問を口にする。
「同業者だヨ。俺はモンスターと人間との区別もつくが、人間の中でも特別な力を持っているかどうかも分かるって言ったろ。この如月久幸が生まれた如月家もまあまあ名の知られた霊能一族だ――まァ、寺生一族に比べたら格が一つも二つも下るけどナ」
「重ね重ね失礼な人だな。如月家は今や業界最大手ですよ。寺生家なんて斜陽もいいところだ。そんな中でも僕はエリートなんですよ。現に、鮫島さんは貴方ではなく僕を選んだ」
「そりゃオメェがイエスマンの鮫島の犬だからだろうが。なんだ? 自分が利用されてるのが分からないのか? 物事の本質を見るの上手じゃないんだな。エリートなのにな」
「いくらでも好きなだけ吼えればいい。負け犬の遠吠えというヤツですよ」
「あのなァ、オレはそもそも如月家のやり方が気に食わねェんだ。除霊ってのは本来、対象を理解し、解体して初めて成立するもんだ。それをオメェらは問答無用で霊力で削り取ってこの世から抹消する。ンなもんは除霊じゃなくて霊相手の殺戮だ。死んだ相手をもう一度亡き者にする訳だから文字通りのオーバーキルだ。そりゃ、そうした方が簡単だしコスパはいいだろうヨ。でもそんなのは間違っている。除霊ってのは救済であって殺戮じゃねェ。除霊対象は敵じゃなく寄り添うべき相手だ。オメェらがやってるのは除霊じゃなくて、その真似事をした鬱憤晴らしなんだよ」
「『オレはそもそも如月家のやり方が気に食わねェんだ』の『そもそも』と『家のやり方』とその後の文章全て消してしまって構いません。『オレは如月が気に食わねェんだ』だけで充分伝わります」
「人の発言を添削するんじゃねェよ! 俳句の先生かよオメェはよォ!」
お互いに煽り合っている。
如月の顔目がけて頭上から振り下ろすように人差し指を突き出す寺生の姿を見て、アメリカンチョッパーで勤務態度の悪い息子に激昂する髭の白人男性の姿と、極主夫道のラップバトルの場面で躊躇なく相手の服装をディスる主人公の姿を同時に思い出す。
取り敢えず、如月家と寺生家がライバル関係にあって仲が悪いのはよく分かった。
「別に私が如月さんを起用しているのは従順なイエスマンだからではないですよ。この山の祠管理に関して、如月さんはいくつも革新的な提案をしてくれたし、今回のゲームでも参加者の運搬から進行に至るまで八面六臂の大活躍ですからね。エリートだけあって、働きぶりは本物ですよ」
鮫島が褒めるたびに派手な格好の霊能力者はこちらを見てくる。
「チラチラ見てくるなよ。教師がシックスって発音するたびに振り向てくる前の席の男子かよオメェはよォ」
突っ込む寺生。勿論それで怯む如月ではなく、得意気に笑っているままだ。
長髪、無精髭で気だるげな雰囲気の寺生と、派手なジャケットをきっちり着こなした如月。
『あなたの除霊、どちらに任せる?』と問われたら、世の人々はどちらを選ぶのだろう。
とにかく、如月の紹介はこれでおわったらしい。
当然、この後は残るピエロの紹介に移るのだろうと思ったけど、それよりも早く――
風が、吹いた。
途端、辺りを覆っていた濃霧が流れていく。
今まで霧で隠されていたものが、露わになる。
そこは開けた場所で、無数の壊れていない祠が、墓地のようにあちこちに点在している。
山間から覗く落陽が俺らが立つ場所に紅蓮の舌を這わせる。
無数の祠とその前に立つ人間を赤く照らす。
赤く染めあがった鮫島村長は満面の笑みを浮かべていて、歌手の大江裕みたいだなと、ボンヤリとした頭で思った。
エルム街の悪夢(1984) 監督:ウェス・クレイブン 主演:ロバート・イングランド
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#ゼパミーム(腕組をしたツインテールの女性が「アレ何なんスかね~」)
#きゅるきゅるミーム(私性格悪いから~)
#+ティック姉さん(話聞くの上手じゃないんだな。人間なのにな)
#俳句の夏井先生
#アメリカンチョッパー(激しく平行線の論争をする白人の親子)
#極主夫道(服が変)
#先生がシックスと言う度に振り返ってくる
#あなたの愛車、どちらに任せる?
#赤く染まる大江裕




