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霧を越えて The Mist PM5:00

「え、じゃあその呪いの絵の件を解決したの、寺生さんなんですか」

「オレじゃねェよ。オレの先代――要するに、オレの親父だナ。オレはその当時まだ駆け出しで、横でオロオロしてただけだ。もう今から十五年も前になるか」

 感嘆の声を漏らす俺の言葉を寺生は訂正し、遠い目をする。だけど、視線の先には濃霧が立ち込めている。二メートル先も見通せない。俺たちは躓かないように細心の注意を払いながら石段を登っていく。


 宿泊施設での双子との死闘を制した俺たちは、建物の裏手から上に伸びている石段を登り始めていた。

 寺生の先導だ。

 ゲームの参加者でない俺たちはさっさと山を降りたかったのだけど、それよりもおタカさんの正体を聞く方が優先順位が高かった。

 結果、途方もなく壮絶で、不運で、悲しい女性の半生――いや一生か――を聞くことになる。

 雷雨はとっくに終わり、今は辺りに濃い霧が出ている。日も暮れかけているので、視界は悪い。

「持っていると死ぬ絵――そう言えば、聞いたことがありますね。都市伝説だと思ってましたけど」

 横で利人が頷いている。寺生の傍らにいるおタカさんは自分の話をされているというのに無反応だ。

『おタカさん』なんて気安く呼んでいたように聞こえたが、話を聞いてみればお岩さんやお菊さんと同じジャンルだったらしい。

 要するに、怨霊だ。

「と言うか、今の話、おタカさん本人から聞いたんですか」

「おタカさんは喋らねえよ。ただ呪って祟って首を捩じり切るだけだ。今の話は先代と俺が当時の関係者や残された日記なんかを調べて得た話だよ。霊能力者なんて言うと派手な霊力バトルを繰り広げてるみたいに思われがちだけど、地味な調査が仕事のほとんどだ。除霊対象を理解し、解体して、初めて祓うことが出来る」

「でも、後半の方はおタカさん本人じゃないと分からないような内容ばかりでしたけど。心象描写も詳しかったし」

「そりゃまァ、霊能力で内面に入り込んで記憶を探ったりもしたからな。丹念な調査の賜物って奴ヨ」

 途中まで探偵みたいだと思っていたけど、やっぱりトンデモ能力を使うんじゃないか。まあそうでもないと戦後の大怨霊は相手に出来ないと言うことか。

「除霊って言いましたけど、祠があるってことはこの山に封じたんですよね。他の『悪しき者』と同様に」

「最終的にはな。最初は完全除霊に成功したと思ったんだけどなァ――力が強すぎて、祓っても祓っても復活すンだよ。呪いの絵も、先代が完全に焼き払って塵にした筈なんだけど、月日が経つとまたどこかに現れンの。だから合計三回かな。闘ったのは。もう死闘に次ぐ死闘ヨ。さっき先代は体壊して引退したって説明したけど、正確に言えばその闘いで霊力を使い果たしたってことなんだよ。一級霊能力者であった先代に引導を渡すくらいの呪力だったっつーことだな。そこまでしても完全除霊は無理だって判断されて、仕方なくこの山に封じたんだよ」

「そんなに凄まじいんですか」

「さっき杉原も見たろ。一定範囲に入ったら一切の行動を封じられて、首を捩じ切られて終わりだ。あと、絵画に出入り出来る力もあって、これが何気にチートだ。例えばさっきの家にあった何の変哲もない風景画でも、絵の中に隠れて待ち伏せたり、絵画が複数あればそれをゲートにして移動することも出来る。杏子は額縁を削ってポルターガイストに操らせて凶器にしてたみたいだが、絵画をチョイスしたのは手痛いミスだったナ。霊能力者相手にポルターガイストで戦って、おまけにおタカさんのいる所に絵画を投げ込んだりした時点でこっちの勝ちは確定してたんだヨ」

 なるほど。あの時、寺生が勝ち誇っていたのはそういう理由があったらしい。

「そんな強いならもっと早くやってくださいよ……」

「東野はすぐにそれを言うな。オレと同じだって。インターバルが必要なの。そんでそれはオレより長い。来る途中の崖でアナコンダに飲み込まれそうになったから、そのマスターの首を捩じ切ったんだ。それから時間が経ってないから、なかなか発動できなかったんだヨ」

 そう言えば生首が転がっていたっけか。殺人ロボのマスターであるカメラマンが激写していた。

「あと、かなり近くに寄らないとダメだしな。あの双子、ずっと付かず離れずの位置にいたし、猛攻が激しすぎてなかなかチャンスがなかったんだ」

 強力すぎるが上に制限も多いという訳か。

 そこで、俺は全然別のことに気が付く。

「あれ、そう言えば、飛んできた食器は当たってましたよね。幽霊なのに実体あるんですね」

 一般的に心霊的な存在は実体がなくて人間も壁もすり抜けてしまうイメージがあるが、彼女は寺生のガラス片を抜いたり、俺に絡みついた紐を解いたりしたいたし、寺生を負ぶって歩いたりもしていた。がっつり物理干渉している。

「別に肉体がある訳じゃねェよ。呪力の強い霊は凝縮されたエネルギー思念体として質量を持つんだ。だから物を触ることが出来る代わりに物理的な攻撃も通じる。ま、血の通った体じゃねェから、多少怯むくらいで絶対にやられはしないけどな」

「莫大な呪力を固めて形になっている……だから、そんなに背が高いんですか。さっきの話からすると、生前の川町孝子は絶世の美人ではあったものの、別段そこまで高身長って訳でもなさそうでしたけど」

「流石に杉原は鋭いな。そうそう、はっきり言って見た目は全然変わってるからな。こんなに大きくなかったし、見た目も本当に美人だったらしい。今もまァ不美人って訳ではないが、とにかく人間や世界に対する怨嗟や呪詛を前面に出したビジュアルになってるからな。誉めてないですよ」

 最後のは、頭を掻いて照れた素振りをしたおタカさんに対するツッコミらしい。この怨霊、喋りはしないがしっかりとこちらの話を聞いて、特に寺生の言葉には強く反応するらしい。

「……仲良いんですね」

 ポツリと、利人が言う。周囲が霧で真っ白なため、機械的に足を動かす利人の姿しか見えない。

「マスターだからな。祠から出た存在は祠を壊した人間に従順だ。知能が低ければただ命令に従うだけだが、ある程度以上の知能があるとそれに好感度もプラスされるらしい。仲良く見えるのはそのせいだろ」

「おタカさんから伸びる矢印はそうなんでしょう。でも寺生さんはどうなんです。三度も闘った敵じゃないんですか」

 

「除霊対象は敵じゃねェよ」


 被せるように寺生が言う。若干語気が強い。

「勘違いしないでくれ。霊能力者が霊を祓うのは、そうしてくれと依頼があるからだ。仕事、ビジネスだよ。恨み憎しみで動くことはない。まあ大怪我負わせられればこの野郎とは思うけど、それが理由で祓ってやろうとはならない。敵なんて思ったこたァねェんだよ」

 おタカさんはさ――と、寺生は続ける。

「別に悪人じゃなかったんだヨ。そりゃ結果的に死ぬ前も死んだ後も大勢の人間を死に追いやりはしたけど、したくてそうした訳じゃねェ。環境が悪かっただけだ。たまたま特別な家庭で特別な力を持って生まれただけで、本人は至って普通の幸せを望んでいた。好きな人と一緒に慎ましく暮らせればそれで充分だったのサ。色んな境遇とか、巡り合わせさえ良ければもっとマシな人生が送れたんじゃねェかなって――そう思えて仕方ねェんだ」

「同情したんですか」

「そういうことになンのかなァ。先代には霊に感情移入するなって散々警告されてンだけどなァ」

 苦笑いをこぼす寺生。

 多分――この人は優しすぎるのだと思う。仕事だビジネスだと言いながら冷酷になれない。相手のことを思い遣りすぎてしまう。だから、それで――

「いいこともあったって、おタカさんの祠を引き当てられたからですか」

 俺が言語化するより早く、利人が口を開く。

「ん?」

「さっき言ってたじゃないですか。村長の陣営に拉致されてゲームに強制参加させられたのはクソだけど、いいこともあったって。祠の場所は分かっていたんでしょう?」

「クソ村長にお役御免にされる前はこの山の祠管理は寺生家の管轄だったんだ。どこの祠に何が封じられてるかは全部頭に入ってる。その中でも、やっぱおタカさんは特別だったからヨ、誰よりも早く壊すつもりだった。それが叶ったのだけが幸いだナ。……まさか、あの川町孝子とこんな風に並んで歩く日が来るなんて、夢にも思わなかったな」

 最悪で悪夢で地獄のような現状だけど、その中で唯一の救済ということか。

 寺生の向こうで、おタカさんがいつものようにコクコクと頷いている。

 不思議な関係性だ。

 関係性、か。


 俺は、どうなんだろう。


 俺は、何なんだろう。


 横を見る。

 利人がいる。

 その周囲には、濃い霧。

 俺の頭の中にも、濃い霧が立ち込めている。

 度重なる戦闘で、全身の筋肉が固く強張っているのが分かる。


 霧の石段の、その先。


 一人の男が立っていた。

ミスト(2007) 原作:スティーブン・キング 監督:フランク・ダラボン 主演:トーマス・ジェーン

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