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変な絵

 そう思った、その時。

 

「なーんてな」


 数瞬前まで焦っていた寺生が呑気な声を上げる。

 そして。


()ッ!」


 鋭く響く大声。

 途端に、辺りに浮いていたあらゆる家の構成要素が、落ちて転がる。

 手足を拘束されて何もできない筈の寺生が、これをやったのか。

「え……」

 杏子も困惑している。

 唖然とする彼女の前で、寺生は両腕と足首に纏わりつく紐状のラッセルを簡単に解きながら口を開く。

「そりゃ死の運命には逆らえねェけどヨ、こっちは違う。ポルターガイストってのは心霊現象だ。なら俺の本分だよ。本来なら降霊させてから対話して、本質を理解してからじゃねェと除霊できないんだが、まあ少しの間、力を無効化させるくらいのことはできるンだよ。幸か不幸か気絶していたせいで力は温存できてたしな――これが、いざと言う時っつーんだよ」

 最後のは俺の方を見て言った言葉だ。どうやら俺の文句はしっかりと届いていたらしい。

 対する杏子は両手を握りしめ、歯を食いしばった憤怒の形相で寺生を睨みつける。

「何を偉そうに……少しの間、無効化できるからって何? その間にこの家から逃げようっての? 逃がす訳ないでしょうが!」

「何でどいつもこいつも逃げることばっか考えンだよ……オレらは逃げも隠れもしねェよ。まァ隠れはするけどナ」

 オレ『ら』?

 何故複数形なのだろう。

 そう言えば、さっき一人ではないとも言っていた。

 やはりどこかにおタカさんが隠れているのか。だけど、あんな大柄な人が隠れられる場所なんてどこにもなさそうだが...。


「ほら、おタカさん! 出番だ!」


 声を張り上げる寺生。

 どこから来るんだ、と利人と二人でキョロキョロしていたが、彼女は意外なところから現れる。


 絵だ。


 さっき寺生が投げて床板に弾き飛ばされた額縁の絵から、ニュッと白い手が出てくる。

 最初は右手。

 続いて左手。


 そして――黒い頭。


 ズリズリと小さな穴から這い出てくるように、彼女は額縁の絵から、徐々に姿を現す。

 腰まである長い黒髪。

 前髪も長く、目が見えない。

 白いワンピースから覗く素肌は驚くほど生気がなく、青白い。

 足は裸足。

 ヒョコヒョコ肩を交互に上下させる奇妙な歩行姿勢で、少しずつ杏子に近付く。


「な、なんだテメェ……近寄んなよッ!」


 さっきまで家中が震えるほどの金切り声を上げていた杏子。

 あまりにも予想外かつ不気味なおタカさんの登場に、怯えた声を出している。


「……………………」


 ヒタヒタと、無言で近付く。

 そして、お互いの距離が2メートル辺りになったところで、彼女は歩みを止める。


 ザワリと、髪が浮く。


 髪そのものに意思があるように、長い長い髪が中空でうねる。


「――ヒッ」


 杏子が短い悲鳴を上げる。

 きっと彼女は、初めておタカさんの目を見たのだ。

 それで悲鳴を上げるなんて、一体どんな目なんだろう。

 ここからでは角度で見えない。

「ア……ア……」

 言葉にならない言葉を口の端から垂れ流しながら、杏子の顔色が急速に悪くなっていく。

 グググ……と、杏子はゆっくりと、左を見る。

 ――違う。


 首を左に、見えない力で曲げられているのだ。


 左を向いたのは杏子の意志ではない。その証拠に、両手で自分の頭を掴み、必死に元の位置に戻そうとしている。きっと、更に左を向くように見えない力が働いているのだろう。


 だがそれも叶わない。


 杏子の両手の指の第二関節が、ベキっと音を立てて十本全て外側に90度折れ曲がったからだ。


「ヒギィ!」


 断末魔に似た悲鳴。

 だけど、断末魔にはまだ早い。

 杏子にはまだ意識がある。

 意識を保ったまま、ギリギリと首が回っていく。

 ベキベキ、ブチブチと人体からしてはいけない音が響く。

 首を一回転した時には、さすがに意識は失われていたようだ。

 白目を剥き、口の端から泡を吹いている。

 それはそうだ。

 首を360度回転させて平気なのは悪魔に憑りつかれた少女くらいのものだ。

 その時点で杏子は絶命したいたに違いない。


 だが、まだ終わらない。


 首は回転を続ける。むしろ、回転速度が増している。

 

 クルクルクルとテンポよく回転し、さらにはシュルシュルと高速きりもみ回転。


 そして――首が、捩じ切れる。


 最後は首がポーンと飛んで転がり、首を失った杏子の体が、どさりとその場に崩れ落ちる。


 その前に、壊れた祠が出現する。


 マスターを失ったポルターガイストの、成れの果ての姿だった。


 それら全てを見届け――おタカさんが振り向く。


 その、目。


 上下ともに睫毛が一本もなく、黒目部分が異様に小さい。

 極限まで見開かれていて、眼球がこぼれそうだ。


 人間、そして世界全てに対する――怨嗟。


 俺に向けられている訳でもないのに、その圧に恐怖を感じる。


 俺と利人が絶句している横で、寺生は黒い空気を払拭するように陽気な声で親指を立てる。

「おタカさん、ナイス!」

 その途端、空中でうねっていた髪は重力に従って下に降り、その前髪は再び両目を隠す。

 そして、寺生に対してコクコクと頷いたのだった。

変な絵 原作:雨穴

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