28秒後... 28 Seconds Later
首を、切られた。
縁を鋭利に削られ高速回転する額縁が、俺の首を刈って通過する。
分離する、頭と体。
世界が回る。
全てが終わる。
俺は首無しになった自分の体を見ながら、スローモーションでゆっくりと落ちていく。
床に、落ちる。
痛みは感じない。
それはそうだ。
死ぬんだから。
終わるんだから。
もう、何も感じない。
――そう思ったのだけど。
床に落下して、しばらく。
随分と長い時間が経過した気もしたけど、客観的には30秒にも満たない時間だったに違いない。
俺は、まだ生きていた。
いや、これは生きているのか?
少なくとも、意識はある。
視界は膜でもかぶったようにぼんやりとしているし、音も水中にいるように籠って聞こえる。
全体的に感覚が鈍い。
だから痛みも感じないのだろう。
ただ、思考はクリアだ。
どうにかして現状把握をしたいが、首だけの状態ではどうしようもない。
(史也! 大丈夫か!)
利人が床に転がる俺に向かって必死に喋りかけている。籠った声だ。
真剣な親友には悪いが、生首に向かって「大丈夫か」はないだろう。
(大丈夫か、だって。首切られてるのにね)
(一番頭いいと思ってたのに、おかしくなっちゃったんだね)
ほら、双子も笑っているじゃないか。
(――聞こえる、史也)
不意に、耳元に顔を近づけて囁くように利人が言う。耳打ちというやつだ。
(聞こえてたら瞬きを二回して)
言われるままにパチパチと二回、目を開閉する。
(双子は僕の気が触れたと思っている。こちらの全員が無力化したと思っているから攻撃もやんでいる。でもそんなに時間はないから手短に言うね。奇襲を仕掛ける。チャンスは一回。失敗すれば全員死ぬ)
早口で一方的に作戦を告げる。
普段の緩慢な俺なら到底ついていけない所だけど、不思議と今はついていける。首だけになった方が脳味噌の回転は速くなるらしい。
(分かったら瞬きを二回)
パチパチ。
(OK。作戦はシンプルだ。今から、お前を、投げる。双子のところにだ。そしたらお前は、どちらかの首元に噛み付いてくれ。躊躇も遠慮も容赦もいらない。頸動脈を噛み千切るんだ。人殺しは嫌だとかそんなグロイやり方は嫌だとか苦情は受け付けない。やらなければやられる。方法はこれ以外にないし、しくじれば全滅だ。いいね。分かったら瞬き)
パチパチ。
早口ではあるが、一言一言を区切るように力強く俺に伝える。
俺も、腹を括る。
括る腹は今はもうないのだけれども。
(もたもたしてると勘付かれる。決まったなら即決行だ)
言うが早いか、『俺』を持ち上げ、自分の頭上に掲げる利人。
慣れない視線の高さに一瞬戸惑ったが、すぐに階上の双子に視線を固定する。
数秒と経たず、『俺』は投げられる。
また、世界がスローモーションで動く。
クルクルと回転しながら放物線を描いて宙を舞う『俺』。
四メートルくらいだろうか。
回転しながらも、双子の位置はしっかりと把握している。
そして『俺』は無事に双子の一人の右肩に着地する。
ピンクのワンピースだから、桃の方だ。
俺は落ちるより早く、躊躇も遠慮も容赦もなく、首元に咬みつく。
強く、顎に力を込める。
前歯と犬歯が皮膚を貫き、皮下脂肪に、その下の筋肉にまで到達するのを感じる。
程なくして、鮮血が吹き出す。
頸動脈を食い破ったのだろう。
味も匂いもしない。
視覚、聴覚、味覚、嗅覚は鈍化していうが、どういう訳か触覚だけは鋭敏だ。肉の固さを顎で、吹き出る血を通じて鼓動の律動を感じる。
眼球を動かし、上を見る。
恐ろしい形相で、桃がこちらを見ている。
目も口も、そんなに開くものなのかという位に開き、声にならない断末魔を上げている。
……いや、恐ろしいのは生首の状態で噛みついてきた俺の方か。
(桃ォーッ! 何やってんだお前ェーッ!)
特大の怒声と共に、返り血でビシャビシャになった『俺』は力ずくで引き剥がされ、階下に投げ落とされる。
横にいた杏子がやったのだろう。
突然の奇襲に固まっていたようだが、首元を噛まれて鮮血を上げる桃を見て、ようやく反応できたといったところか。
階上から一階の床に叩きつけられたが、やはり痛みはない。
(ああッ! 桃ーッ! 大丈夫ーッ⁉︎)
上から杏子の悲痛な叫びが聞こえる。
(頸動脈を噛み切られたのに大丈夫な訳ないでしょ)
意趣返しとばかりに利人が言う。
(いやあ史也、よくやってくれたね、完璧だよ)
薄ぼんやりとした視界の中で利人が笑っている。彼は濡らしたハンカチで桃の血に塗れた俺の顔全体を丁寧に拭ってくれる。
(僕もねえ、高校時代のバスケ部の腕がここで役に立つとは思わなかったよ。伊達にスリーポイントシューター名乗ってなかったってことだね――さあ、綺麗になった)
じゃあ、戻そうか。
利人は意味の分からないことをいいながら、首なし体である俺の身体の上体を起こし、本来首がなければいけない箇所に、『俺』を戻す。
戻す?
戻すってなんだ。
一度離れた首が、元に戻るはずが――
「どう、史也」
急に、世界がクリアになった。
膜を張ったようだった視界も、水中にいたような物の聞こえ方も、全て元に戻っている。
自分の首元に手をやる。
……繋がっている。
何事もなかったかのように。
上を見る。
桃が仰向けに倒れ、激しく痙攣している。
血飛沫こそ上がっていないが、その大量の血は床を伝い手摺の柵からダラダラと下に滴り落ちている。
さっき起きたことは現実だ。
では、この体に起きたことは、現実か?
「うう……」
近くで呻き声がした。
寺生が、目を覚ましたようだ。
28日後...(2002) 監督:ダニー・ボイル 主演:キリアン・マーフィー
#何やってんだお前ェっ‼‼




