表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/73

もうひとつ Another

「史也、大丈夫!?」

 ガバりと、利人が抱き起してくれる。

 やたらと長い時間に感じたが、恐らくそれは数秒の出来事だったのだろう。

 パニックに陥って溺れる寸前に感じていたが、実際はまだかなり余裕があったようだ。

 

 「破ーッ!」


 寺生が右手を突き出し霊力を放出している。

 途端、折れかけだったモップは完全に折れて弾け飛び、扉は外側へ勢いよく開く。

 結構な水位にまで溜まっていたトイレ内の水は再び奔流となり、洪水のようにドウドウと廊下を進んでいく。

 正面の受付カウンターにぶつかり、右手の玄関、左手の廊下へと二手に分かれる。

 まだ昼だが照明は付いておらず薄暗い。窓もなく、仮にあったところで突然の雷雨でほとんど明かりは望めないだろう。

「それ出来るならさっさとやってくださいよ!」

 折れたモップで開けられなくなった扉に散々もたついていた癖に、霊力を使ったら一瞬で突破だ。そりゃ文句の一つも言いたくなる。

「連発出来ねェって言ったべ! インターバルが必要なんだよ! それにこれ、かなり消耗するんだ。いざと言う時のためにエネルギーは温存しておきてェ」

「今がそのいざと言う時じゃないんですか……」

 俺の呟きが届かなかったのか、寺生からの返答はなかった。

 俺の体を拘束していた玉付きロープは、おタカさんが外してくれた。ずっと無言だし両目は前髪で見えず不気味な存在なのは間違いないが、味方ではあるらしい。

 寺生は彼女のことを『相棒』と呼ぶが、要するに祠を壊して召喚したモンスターなのだろう。最初に会った時は連れていなかったから、俺たちと別れた後で『召喚』したに違いない。佇まいこそ不気味だが、攻撃性は一切感じない。どういった類のモンスターなのだろうか。


「東野! あぶねえっ!」

 寺生の声で、素早く後ろを確認し、大きな黒い影がこちらに向かって突進してくるのを認知した瞬間、俺は利人と共に真横に飛び退く。

 数瞬後、ドゴッと鈍い音を立てて大きな塊がトイレの扉に突っ込む。


 それは、一人掛けのソファーだった。


「……なんでソファーが突っ込んで来るんだ……」

 利人が当然の疑問を口にするが、それに答えられる人間はいない。

 キャスターも何もついていない、見るからに重そうなソファーだ。階段から転げ落ちたにしてはまるで角度が違うし、そもそも目の前は受付カウンターなのだ。勢いをつけてぶつけるにしても、物理的に難しそうに見える。

 だけど、今現実にこのソファーは勢いよく突進してきたのだ。

 まるで物理法則に合わない。

 これは……。

 なんて、首を傾げている場合ではない。

 次の攻撃が――怪異が、起きる。


 寺生の背後、玄関の方向から、何かが見える。


 椅子だ。


 何の変哲もない、木製の背もたれ付きチェアだ。


 それが、まるで意思を持ったようにピョンピョンと跳躍して近付いてきているのである。


 呆気に取られて、言葉をなくした。


 それがよくなかった。

 一メートルほどの高さを跳ね続けてきた椅子は、寺生のすぐ後ろまで跳ねると突如空中で静止し、加速して、彼の後頭部に激突したのである。

「ぐっ……」

 こんなの、鈍器で殴られたのと変わりない。

 不運な霊能力者はうめき声を上げて、その場に倒れる。

 真横のおタカさんは、無言で両手を上げている。狼狽えているらしい。

 ……頼りになりそうにない。

「くっそ、何なんだこれ!」

 俺は寺生を倒した椅子を掴み、それを力任せにカウンターに叩きつける。

 バキッ、と乾いた音を立てて砕けて木片になって散らばる。

 俺は利人に気を配りながら建物の奥に進む。後ろからおタカさんもついてくるが、そちらまで気は配れない。


「出てきたよ」

「トイレの中にいれば、楽に死ねたのにね」


 最初に建物に入った時と同様、階段の上で双子が笑っている。

「……俺たちが苦しむのを見たいのかな。さっさとどこかに行けばいいのに」

「違うよ。『死の運命』は、ある程度近くに寄らないと発動できないんだ。丸鋸の時も、雷の時も、さっきの洪水の時も直前に桃が接触してきたでしょ。あれはただの挑発じゃない。近寄る必要があったんだ」

 俺のぼやきに、即座に返答する利人。寺生ではないが驚くほど冷静な分析力だ。

「でも、それでどうするんだ!」

「だから、距離を取るんだ! 有効範囲がどれだけか分からないけど、あの双子から出来るだけ離れる! 取り敢えずそれでこの訳の分からない攻撃は収まる筈だ!」

「あ、でも寺生さんは……」

 気絶して倒れた寺生のことが気掛かりで振り向くと、彼を背負うおタカさんの姿が目に入る。相変わらず前髪で目が見えないが、こちらの視線に気づくとコクコクと頷き返してくれた。マスターを守り抜こうとする強い気持ちを感じる。寺生のことは彼女に任せて大丈夫だろう。

「とにかく、走ろう! 廊下の奥だ!」

 利人の号で俺たちは駆けだす。

 背後でドタバタと派手な音がする。別の新しい椅子が跳ね、ソファが暴れているのだろう。

 トイレからの洪水でビチャビチャに濡れている絨毯に足を取られながら俺たちは床を蹴る。

 廊下は真っすぐ伸びていて、左右に二つずつ扉が等間隔に並んでいる。

 扉は木製で、上部に簡素なプレートが貼られている。

 右側には手前から『101』『102』、左側の手前からは『103』『104』となっている。

 客室だろうか。もっとも、今はその部屋が何だろうがどうでもいいし用はない。

 廊下の一番奥の突き当りには黒い扉があって、他のとは明らかに雰囲気が違う。

「あそこから外に出よう!」

「鍵がかかってたら!?」

「最悪それでもいいよ。とにかく双子、と言うか桃から距離を取るんだ!」

 死の運命はある程度近くにいないと発動しない。だから距離を取る。逃げるのではなく、戦略的撤退だ。

 ただ、どうにも違和感が拭えない。

 愚鈍な俺は、その違和感の正体が何なのか分からないのだけど。

 うまく機能しない頭を緩く巡らせながら、俺たちは一番奥を目指す。

 だけど、廊下の半分を過ぎた所で左奥、『104』の扉が勢いよく開き、大きな塊が飛び出てくる。

 棚、だろうか。

 それは廊下に飛び出てすぐにブレーキがかかって傾いて倒れ、最上部を向かいの『102』号室の扉にぶつける形で、斜め45度の姿勢で進路を塞ぐ。

 これでもう奥の扉には行けなくなった。

 さらに傾いたことで収納物がガチャガチャと零れ落ちて散乱する。

 皿にグラス、ナイフとフォーク、包丁にアイスピッグ――。

 食器棚だったらしい。

 そして。

 鋭利な破片となった割れた皿が。

 幾つもの刃物が。

 

 まとまって、ゆらりと空中に浮遊する。


 破片が。

 刃物が。

 宙でくるりと回転し――その全てが、こちらを向く。


「オイオイオイオイ、ヤバイヤバイヤバイヤバイ! ウソだろやめてくれよ!」

 俺が悲痛な叫びを上げる頃には、すでに食器棚からの鋭利な弾丸は俺たちに照準を合わせて発射されていた。

 来た道を戻る。必死で走る。だが、間に合う訳がない。逃げきれない。

 遮蔽物も障害物もない。飛んでくる破片やナイフを叩き落とすのも現実的に不可能だ。いくつかは叩き落とせるだろうが、大半はその身に受けることになる。

 ――ならば、俺が肉の壁になるか。

 コンマ数秒で普段緩慢な頭をフル回転させる。

 だけどやはり、判断が遅かった。俺より先に肉の壁役に立候補した存在がいた。


 おタカさんだ。


 寺生を背負ったまま、飛んでくる集団に体の正面を向ける。

 いつも極端な猫背、と言うか前屈みでいるから気が付かなかったが、この人メチャクチャ背が高い。二メートル近くある。

 そんな彼女が俺たちの壁になり、食器棚からの凶弾を全てその身に受けたのである。


 「おタカさーん!」


 ザンザンザン、と刃物が肉を突き刺す音が連続で聞こえる。

 全てをその身に受けた彼女は、背負った寺生にダメージがいかないように、ゆっくりと俯せの姿勢でその場に崩れ落ちる。

 そんな。

 知り合って間もない俺たちのことなんて、庇うことないのに。

 また一人、やられてしまった。

 寺生もまだ目覚めない。

 もう俺たちだけでどうにかするしかない。

「利人、どうする?」

 とは言え、俺に策も案もない。頭脳労働は利人に丸投げだ。

「食器棚、一番奥の部屋から出てきたよね……おかしいよ。距離があったら、力を発動できない筈なのに……」

 口元に手をやってブツブツ呟いている。

 来た道を戻ろうとするが、そこに跳ねる椅子と突進するソファーが登場。

 俺は尻ポケットに入れていた鉈を跳んでくる椅子に向かってフルスイングして粉砕し、突っ込んでくるソファーは前蹴りで押し戻す。

「利人!」

「……双子は変わらず階段の上にいて、移動してない……と言うか、家具や食器が飛んだり、浮いたり、そこからしておかしいんだよな……」

「おい! これからどうすんだって!」

「うるさいなッ! もうさァッ無理だよ! ルールわかんないんだからさァッ」

 いつも冷静な利人が珍しく声を荒げる。それだけ追い詰められているということだろう。

 判断を丸投げしている分際で偉そうなことを言ってしまったと反省する――が、状況は変わらない。

 どうするんだ、これ。


「あれあれ、仲間割れ~?」

 桃が嘲笑う。

「せめてチームワークはしっかりしないとダメなんだよ~雑魚なんだからさ~」

 杏子がせせら笑う。

 二人揃って階段上の手すり部分から動かない。

 そこで並んで、ずっと俺たちを笑っている。

「ルールが違う……死の運命は桃のモンスターだけど……あれ?」

「何か分かったのか、利人!」

 何かに閃いたらしい利人の方を向く。

「余所見してていいの~?」


 死ぬよ。


 そう言ったのは、桃か、杏子か。


 視線を上げると、大きな四角い板の様なものを投げ落とす杏子の姿が目に入る。

「僕は馬鹿だ! 何で気が付かなかったんだ! 違う、これは死の運命じゃない! 杏子のモンスターだ!」


 姿が見えないモンスターはもう一つあったんだ!


 杏子が落とした何かを視線で追うのに必死で、利人の言葉が耳に入らない。

 その板は回転しながら俺の方に落ちてくる。

 咄嗟に腕で払う。

 右腕に激痛。

 手首と肘の中間、その外側がざっくりと切れて、血が噴き出している。

 刃でも仕込んであったのか。

 思わず右手を押さえる。前傾姿勢になる。

 そこを。

 払ったばかりの回転板が空中で急旋回し、回転はそのままに――俺の首元目がけて飛んでくる。

 あまりの速さに、防御が遅れた。


 すぐ目の前に、『それ』が迫る。


 絵だ。


 額縁だ。


 多分、隅が(やすり)か何かで研がれて鋭利にされている。


 それが、静止画となって見えた。

 

 首を狩られるコンマ二秒前のことだった。 

Another(2012) 原作:綾辻行人 監督:古澤健 主演:山﨑賢人


#もうさァッ 無理だよ ルールわかんないんだからさァッ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ