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仄暗い水の底から Dark Water

「死神だァ?」

 頓狂な声を上げる寺生。

「霊能力者でも、死神はどうにもなりませんか」

「あのな杉原、じゃあ逆に聞くけど、(いち)霊能力者が死という存在に抗えると思うか? オレが相手にしているのは、あくまで死んだ人間だ。死そのものじゃない。と言うか、死そのものを相手にできる人間なんていやしねェよ」


「せいかーい」


 思わぬ方向から声がした。

 振り返ると、扉の曇りガラスに誰かが顔を近づけている。

 満面の笑みだ。

 曇りガラス越しでも、ほとんど顔を付ける程に近づいているので、その表情が分かるのである。

 リボンの色はピンク。桃の方だ。

「眼鏡のお兄さんは頭いいみたい。そうだよ、正解。桃は祠を壊して、死の運命を味方につけたの。だからみんな死ぬんだよ」

 そう言ってクスクス笑う。

「あと、ロン毛のお兄さんも正解。れーのーりょくしゃだろうが何だろうが、死の運命には勝てっこない。だから桃は負けないってこと」

「おいガキ――オレの話、まだ途中だったんだけどな」

 得意になって笑い続ける桃に、寺生が凄む。

「そりゃ、死の運命には勝てねェよ。でもな、だったら――マスターであるオメェを殺すだけだ。簡単な話じゃねェか」


「は?」


 ここで初めて、桃の顔から笑みが消える。

「アタシを殺すって言ったの? アンタ、正義の霊能力者じゃないの? いいの、人殺しなんかして」

 口調も変わっている。声も低い。こっちが彼女の素なのだろう。

「そりゃオレだって人の殺生なんてしたくねェよ。でも、そんなこと言ってる場合じゃねェだろ。オメェが殺意マシマシでこっちに向かってくるんだから、オレらも相応の態度で迎え撃つしかねェべ」

「あっそ――やれるもんなら、やってみれば」


 まあ、死ぬんだけどね。


 捨て台詞を吐いて、桃は曇りガラスから顔を離す。

 

 ――数秒して、ドゴッと扉が鈍い音を立てる。

 アルミ製の扉が、内側にへこむ。

 その衝撃でモップの柄が僅かに折れた。

「蹴った!?」

「いやあのガキがこんな強烈なキック出来る訳がねェ。死の運命の力を使って、何かをぶつけたんだろうヨ」

 俺の感嘆符を寺生が否定する。

「でも、建物の中ですよ? 風なんて吹かないし、どんな不幸な偶然が起きるって言うんですか」

「そんなのオレにだって分かんねェよ――それより、モップが折れたな。これを取らねェと、オレらここから出られねェ――」


 寺生の言葉尻を掻き消す程の、轟音が鳴り響く。


 また、雷だ。


 かなり近くに落ちた。

 恐らく、この建物のどこかだ。

 避雷針が折れたせいで、直接建物に落ちたのだ。


 そして次の瞬間、トイレの奥の窓ガラスが破れ、大量の水が室内に流れ込んでくる。


「なんだ!?」

 まるでダムが決壊したかのような奔流だ。

 窓から勢いよく流れ込む水流は派手な水飛沫を上げ、瞬く間にトイレの床を浸水していく。

「……屋上の貯水タンクに、雷が落ちて破損したんだ」

 ジャブジャブと奔流に足を取られないように窓に近付いた利人が、外を見上げながら呟く。

「この建物、L字型になってるみたいだね。貯水タンクの亀裂からの放水が、ちょうど斜め下のトイレの窓に直撃したみたい」

「そんなことある!?」

「どれだけ確率が低くても、それが自然法則に従っているなら、起きる。それで僕たちを死に追いやる――そういうのを相手にしてるんだよ」

「水攻めで溺れさせるってことか!? いやでも、さすがに息ができなくなる高さになるほどの水量はないだろ! ってか、隙間も沢山あるんだから、そんな上手いこと溜まらないって!」

「そこまでの水位は必要ない。人は深さ10センチでも溺れる。意識を失ったり、身体をきつく拘束されて俯せに倒れたら、もうそれでアウトだ。多分これから、そうなる何かが起きるんだ」

「冷静だなオメェはー! 落ち着いて考察してる場合じゃねェだろー!」

 扉の傍の寺生が吼える。

「要するに、この便所から早く脱出しなきゃいけねェんだろ!? なら手伝えや!」

 焦った彼が何をしているのかと見てみれば、トイレのプルハンドルに噛ませたモップの柄を引き抜こうと奮闘している。

 それを取らないと扉が開けられない。だけどさっきの謎の衝撃で中途半端に折れたせいで、引っ掛かって抜けなくなってしまっているらしい。

 死神の猛攻を防ぐための閂が、逆に自分たちを閉じ込める枷になるだなんて。

「これもう完全に折っちゃった方がいいんじゃないですか」

「それもさっきからやってる! やたらとしぶといんだよ、このモップ!」

 焦る寺生と冷静な利人。おタカさんは横で棒立ち。

 俺は何か役立てる道具でもないかと半身を翻し――そこで、バランスを崩す。

 見ると、足元に何か絡まっている。

 両端に赤い玉のついたロープだ。

「何だコレ!」

「史也、また来る!」

 利人の言葉に身構えようとするが、その時にはもう遅かった。

 奔流と共に流れてきた玉付きロープが、どういう訳か俺の目の前で跳ね上がり、ヒュンヒュンと俺の胴体に両腕を巻き込む形で巻き付く。

 抵抗する間もなくそれは俺の体前方でシュルシュルと固結びを始め、大きな玉がガッチリとロックをする。

 瞬く間に、全身を拘束されてしまった。

 バランスを持ち直すことのできない俺は、その場に倒れる。

 水はすでに脛の高さにまで水位を上げている。手足の自由が利かない俺は思い切り水に顔を付け、濁った水を少し飲み込んでしまう。

 ――溺れる!

 奇しくも利人が予測した通りの展開になってしまった。

 必死で身をよじるが、ロープの締め付けはますます強くなる!

 ――何なんだ、このロープ!

 利人はどれだけ起きる確率が低くても、自然法則に従っているなら起きると言った。

 だけど、さっきのロープの動きはどう考えても不自然だろう。

 何かがおかしい。

 だけど、今は、とにかく息が苦しい。

 このままでは――。

仄暗い水の底から(2002) 原作:鈴木光司 監督:中田秀夫 主演:黒木瞳 

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