最終目的地 Final Destination
建物に入ると、そこはエントランスのような空間になっていた。
右手には受付カウンター、正面には二階に登る階段が真っ直ぐ伸びていて、吹き抜けになっているために階上から直接こちらを窺うことのできる構造となっている。
その、階上の手摺部分に。
双子がいた。
手摺に手を掛け、二人並んでこちらを見下ろしている。
クスクスと、笑いながら。
「来たね」
「バカだね」
「これでもうアタシたちの勝ちだね」
「アタシたちは誰にも負けないからね」
何だか、いつも見下ろされる構図で笑われている気がする。
「ふざけやがって……」
「待て」
頭に血が昇って階段に向かいかける俺の首根っこを寺生が掴む。
「何するんですか」
「闇雲に向かうなバカ。無策で突っ込んでも死ぬだけだ。まずは――こっちだ」
素早く視線を走らせた寺生はカウンターの向かいにある両開きの扉へと一同を引き寄せる。
男性を示す青いピクトグラム。
男子トイレだ。
手洗い場の先に小便器が四つ並んでいて、その向かいには個室が三つと清掃道具入れがある、割とオーソドックスなタイプだ。一番奥にある窓にはいつの間に降り出したのか大粒の雨が叩きつけられている。
皆がトイレに入ったのを確認した寺生は清掃道具入れからモップを取り出し、両開きの扉の縦に並行に並んだプルハンドルに細長い木の柄を噛ませ、外から開かなくする。
「ま、気休めにはなるだろ」
固定された扉には曇りガラスが嵌め込まれているが、当然向こうは見えない。取り敢えず、これで雷や風による落下物、飛来物の脅威はなくなった――のだと思いたいが。
「ますば戦況分析といこうじゃないか。あの双子の手持ちモンスターが何か把握してないと手の打ちようがない」
利人を見ながら寺生は作戦会議を始めるが、俺はその前に気になることがあった。
「あの、ここ男子トイレなんですけど……」
寺生の横で大人しくしている髪の長い女性のことだ。彼は彼女のことを相棒と呼んでいたが、ここまで一言も発せず、まるで存在感がない。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。全員で一カ所に固まるのが鉄則だ。そうでなくても、おタカさんはそういうの関係ねェから」
『そういうの』とは何なのか気になったが聞ける雰囲気ではなかった。
「それよりも、双子だろ。さっきの――ありゃなんだ? アイツら、どんなモンスターを抱えてやがんだ?」
俺はずっと思っていたことを口にする。
「あの双子自体がモンスターということはないんですか。あるいは、片方がマスターで片方が祠のモンスターとか」
「でも史也、どう見ても双子にしか見えないけど」
「分からないだろ。俺たちは容姿がそっくりだから双子だと思い込んでたけど、もしかしたら人そっくりに化けるモンスターなのかもしれない。それで、魔法だか超能力で気候操作をしたんじゃないかな」
「いや、違うな」
我ながら自信のある仮説だったのだけど、寺生によって言下に却下されてしまう。
「あの二人は両方とも人間だよ。モンスターじゃない。確かに双子かどうかはオレらの思い込みで断定はできないが、少なくとも祠を壊して出てきた存在じゃねェことは確かだ。あと、魔法や超能力みたいな特殊能力もない。そういう意味では、普通の人間だ」
「何でそんなことが分かるんです」
利人が当然の疑問を口にする。
「分かるんだよオレには。伊達に寺生の看板を背負ってる訳じゃねェ」
「えっと、貴方は一体――」
眼鏡のフレームを押し上げ、困惑する利人。
「ああ、悪い。まだちゃんと自己紹介してなかったな。オレは代々続く霊能者一族寺生家の末裔にして当主の寺生丁だ。ゴチャゴチャ言ったが、要するに霊能力者だな。話すと長くなるが、この山は元々悪しき神が――」
「あ、山の歴史については管理人の古賀って男に聞きました」
阿波鬼山の歴史について語りはじめる寺生を、利人は阻止する。そして古賀に対する敬称も消えている。それはそうだ。現在進行形で命を狙われているんだからな。
「あのアル中、お喋りだからな。まあそれなら手間が省けていいや。その話の中で山の神を鎮めた偉い霊能力者ってのが出てきただろ? それがオレの祖父様だよ。んで、この山の力は悪しきモンスターを封印する力があるって気が付いた弟子ってのが、オレの親父。訳分かんねえモンスターをあちこちに封じ込めて、容量がパンパンになったところでまとめて浄化するってのを長年やってきたんだけど、無理がたたって体を壊しちまって、三年前にオレに代替わりしたんだよ。そしたら、ほとんど同じ時期に今のアホ村長に代わって、この悪趣味なゲームが始まったんだよな。それでオレはお役御免なんだとよ。クソがよ」
「寺生さんはそれで納得したんですか」
利人の言葉に若き霊能力者は目を剥く。
「納得? する訳ねェよなァ? そりゃ何度も抗議したよ。でも聞く耳持たねえの。挙句の果てに、仕事帰りを襲われて意識なくされて、ここに拉致られて無理矢理ゲームに強制参加。マジでクソだよな――まあ、悪いことばっかって訳でもなかったんだけど……」
そう言ってチラリと髪の長い女性の方に一瞬視線をやる。気になったが、利人が口を開く方が早かった。
「要するに、寺生さんは由緒正しき霊能一族の跡継ぎで、本物の霊能者だから霊的な存在や、特殊な力を持った人間を察知できるということですか? あの双子は、そうではないと?」
「話をまとめてくれてありがとな」
「え、じゃあさっきの『破!』ってヤツ、霊能力ってことですか!」
今になって気が付いて、思わず大きな声が出た。
「体内の霊力を放出させただけだよ。大したパワーはないし連発できないし、そもそも霊能力者としての本分はそこじゃない。あまり期待しないでくれな」
釘を刺された。本人が言うのなら、そうなのだろう。
「……どうも話が脱線するな」
「双子の手持ちモンスターの話でしたよね。天候操作とかもそうですけど、僕は一切姿が見えないのが気になります」
「透明人間とかか?」
「どうでしょう……ないとは言い切れないですけど、透明人間が魔法や超能力を使いますかね」
「使わないだろうな。杉原は何か考えがあんのか」
杉原、というのは利人の苗字だ。ずっと名前で呼んでいるからやたら新鮮に聞こえる。
「さっきの一連の攻撃、全て雷と風が起点になっているので天候操作みたいな能力じゃないかって寺生さんも史也も思っているみたいですけど、僕はそれだけじゃないと思うんです。ほら、その前に寺生さん、暴走した丸鋸に襲われたじゃないですか。行きと帰りの二回を避けたのに、割ったガラス片までは避けきれずに攻撃を喰らってしまった――今思えば、あれも双子の、というか双子の手持ちモンスターの攻撃だったと思うんですよね。と言うか、その丸鋸で絶命した人間がいるんです」
そこで利人は丸鋸が殺人ロボットの得物の一つであることと、それがキックバックと金属疲労で外れて暴走して、巡り巡ってマスターであるカメラマンの首を狩ったことを説明する。
「それも、双子の仕業です」
「……そんなの、不幸な偶然じゃないの」
俺の何気ない呟きに、利人は予想外の反応を見せる。
「そう! 史也! 不幸な偶然! それなんだよ!」
俺を指差し、声を張り上げる。
「え……どれ?」
だけど愚鈍な俺には聡明な親友の言っている意味が分からない。
「だからさ、あの双子の近くにいる人間は、何故か皆『不幸な偶然』が積み重なって致死レベルのダメージを追うんだ。壊れた丸鋸が飛んでくる、割れたガラス片が降ってくる、雷の直撃した避雷針や軽トラが向かってくる、風で植木鉢やポリタンクが落ちてくる、そのポリタンクに炎上した軽トラの火が引火して爆発する――全部、事故だよ。不幸な偶然だ。あの双子についているモノは、それを操るんだよ」
「待て待て。なんだよその能力は。てか、姿が見えない云々はどうなった」
「だから――きっと、形のある存在ではなく、『死』という概念そのものがモンスターなんですよ。近くにいる人間を死に追いやる因果律を操る――言わば『死の運命』とでも言うか。平たく言えば『死神』ですよ、彼女たちが味方にしているモンスターは」
ファイナル・デスティネーション(2000) 監督:ジェームズ・ウォン 主演:デヴォン・サワ