丸鋸 Saw
緩やかな崖の上には木製の柵が二十メートル程の範囲に広がっていて、高速回転する丸鋸のメタルフレームと格闘する俺の真っ直ぐ上――人影がある。
二つ。
二人いる。
「あの! すみません! どこの誰か分かりませんけど、助けてもらえませんか!」
思わず助けを求めてしまう。
この状況で離れた場所にいる人間が殺人ロボットをどうこう出来るとも思えないが、今はもう藁をも掴むフェーズだ。
「あの!」
クスクス。
笑って――いる。
「可哀想」
「可哀想」
「死んじゃうね」
「死んじゃうね」
「祠を壊したからだね」
「仕方ないね」
「可哀想」
「可哀想」
双子の少女だ。
十二歳くらいだろうか。
ピンクとオレンジ、色違いのワンピースを着て横に並び、手摺りを掴んでこちらを見下ろし――笑っている。
クスクスと。
駄目だ。
あれは駄目だ。
俺は早々に救援を諦める。
「余所見している場合か。挽肉になる覚悟は出来たってこたか」
カメラマンの言葉で現実に戻される。
「ふ、ざけるな……」
グググ、とフレームが傾く。
丸鋸が目の前に迫る。
フレームを押さえる腕に、更に力を込める。
正直、もうほとんど諦めかけている。
バケモノだらけの悪しき山で、俺は殺人ロボットに肉塊にされて終わるのか。
そうなったら、利人はどうなるのだろう。
俺が死んだら戦えない利人も死ぬ。
俺が死ぬのは、最悪仕方がない。
だけど利人を守れなかったのは、心残りだ――
「史也、後ろに倒れろ!」
そこで、ずっと気配を消していた利人が叫ぶ。
「え、何で――」
「いいから早く!」
そこまで強く言われたら従うしかない。
俺が実働部隊だとしたら、利人は参謀、司令塔だ。
実際に戦うことはないが、今までアイツの指示や機転で何度も窮地を救われてきた。
絶対の信頼がある。
だから俺は利人の言う通り、後ろに倒れる。
抵抗する俺の力がなくなったことで丸鋸は勢いよく前進し――俺の頭上で、真後ろにあった大きな樹の幹にぶち当たる。
ギャギャギャギャギャ!
甲高い音を立てて、丸鋸が幹を縦に両断していく。
俺は根の張った地面に背中を付けて天を仰ぎ、幹を切り裂きながら自分に近付く丸鋸を見ていた。
なるほど、利人の意図は分かった。
俺の真後ろに大きな樹があったから、取り敢えずそれで丸鋸を受けて時間稼ぎしようという算段なのだろう。
でも、この後は?
逃げるか?
逃げられるか?
逃がしてもらえるか?
ここからダッシュすれば、丸鋸やドリルの射程範囲外に出ることは出来るだろう。
だけど、アシモフは目からビームを出す。
こんな草木と茂みしかない傾斜地で、それから逃れるのは不可能だ。
ならばどうするか――
と、そこで不思議なことが起こる。
丸鋸が、真後ろに吹っ飛んだのだ。
数瞬前までギャリギャリと幹を切り裂いていたのに。
いきなりの丸鋸の動きに支えるフレームの方は対応できなかったのか、フレームと丸鋸を繋ぐ留め具は弾け飛び、丸鋸は地面に落下して、タイヤホイールのように山肌を咬んで勢いよく崖を転がり上がっていく。
「……キックバックか」
俺が切り裂かれる瞬間を収めようとカメラを向けていたカメラマンが、ファインダーから目を外してボソリと呟く。
丸鋸やチェーンソーなど、刃が高速回転することで対象物を切断する器具に見られる、作業者の方に刃が跳ね返ってくる動きのことだ。
地底人とドクターを切り裂き、その汚れた刃で無理やり生木を切ろうとしたせいでそうなったのだろう。留め具が外れたのも金属疲労のためだと思われる。いくら機械の体だって、スタミナは無尽蔵ではないのだ。
『丸鋸ガ転ガルナンテ!』
アシモフがそう言う頃には、すでに丸鋸は俺たちの視界から消えて崖の上の方まで行ってしまっていた。
「うわあああああっ!」
僅かな間をおかず、成人男性の悲鳴が響く。
誰の声だ。
続いて、ガラスが割れる音。
「……何が起きている」
思わず、カメラを崖の上へと向けるカメラマン。
そこでまた、意外なことが起こる。
一度視界から消えた筈の丸鋸が、高速回転はそのままに向きを百八十度変えて崖を下ってきたのだ。山肌を咬むホイールの速度に重力加速度も加わり、あちこちぶつかって地面に対して水平の角度にされ、丸鋸は瞬く間に俺たちのいる場所まで戻ってきて――
そのまま、カメラマンの首を切り裂いた。
一瞬の出来事である。
誰も、反応できなかった。
気が付けばパパラッチは自らの使いモンスターの武器に首を狩られ、水平に飛ぶ丸鋸は勢いそのままに崖下へと下っていく。
彼の生首は、ストラップを切られたカメラと共に地面に落ちる。
『ヨケレバ助カッタノニ!』
アシモフが叫ぶ。
そして、壊れた祠へと姿を変える。
なるほど。マスターが死ぬと祠モンスターも壊された祠に戻るという仕様だったっけか。
古賀から説明はされていたけど、その事例を見るのは今回が初だ。
緩やかな崖の中腹に壊れた祠が三つ。
生首が一つ。
サイコロステーキが一つ。
首切り死体が一つ。
――さっき寺生を追っていた三組は絶滅したことになる。
「先を急ごう、史也」
利人に促され、俺は血と脂の匂い漂う中腹を後目に上を目指したのだった。
ソウ(2004) 監督:ジェームズ・ワン 主演:トビン・ベル
#祠ネタ(双子)