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人間のことをよく知らなくて I, Robot

「言っておくが、これをやったのは俺じゃないぞ」

 

 立ち竦み、絶句する俺たちの気配を察知したのか、生首を撮り続ける男が呟く。

 その間も、妙にギョロギョロとした大きな目をファインダーから外すことはない。

「もちろん、ここにいるコイツでもない」

 

『殺人ハヨクナイデス』


 喋った。

 このロボット、喋る機能が備わっているらしい。ハッチのように開いた半球の頭部に空いた長方形の口が動くのではなく、どこかに内蔵されたスピーカーから音声がでている仕様のようだが。

「俺たちが追っていた髪の長い男がいただろ。そいつがやったんだ。実際にやったのは連れの髪の長い女の方かな。どうやったのか知らないが、気が付いたら首と胴体が離れていた。ちゃんと見ていなかったのが悔やまれるな。どうせなら首が離れる瞬間を撮りたかった」

 人一人が死んだことより、その瞬間のシャッターチャンスを逃したことを悔やんでいる。間違いなく、この男も古賀の言うところの『碌でもない人種』なのだろう。

「これは、誰なんですか」

 利人が聞く。

 紐を持つ手に力が入るのが分かる。

「名前は知らない。アナコンダのマスターだった奴だ」

 カメラを覗き込んだまま斜め後ろを指差す。そこには壊れた祠。鎌首を持ち上げて威嚇していたアナコンダの成れの果てか。

「建築家とか言ってたかな。まあ、成り行きで一緒だっただけで、共闘してた訳でもないしな」

 このゲームは生き残りをかけたバトルロイヤルだ。途中で一時的に手を組むことはあっても、いつかは殺し合うことになる。

 気が済んだのか、撮影をやめた男は初めてそのギョロ目をこちらに向ける。


「――それで? 俺と戦うのか」


 その背後、ロボットから突き出た巨大アームの丸鋸が、高速回転を始める。


 ギュイイイイイイイイイイイン!


 巨大で耳障りな金属音だ。

 俺たちは焦る。

「や、やめてください!」

「何をやめるんだ」

「丸鋸をとめてくれ! アイツが来る!」

 俺も慌てて、利人に続ける。

 だが、男は顔色を変えない。

「知ってるよ。音に反応するんだろ。聞いたよ。別に構わないよ、俺は」

「利人! 紐を引け!」

「丸鋸の方がうるさいから意味ない! それに紐なんてとっくに引っ張ってる! ほら!」

 そう言って、手繰り寄せた紐の先端を見せる。

 鋭利な刃物のようなもので、スッパリと切られている。


『モット背後ニ気ヲツケタ方ガイイノデハ?』


 ロボットの音声は丸鋸が回転する中でもはっきり聞き取れた。

 瞬間、俺は利人を抱き抱えて横の茂みに飛び込んでいた。

 ほとんど掠めるようにして、真横を白い影が過ぎる。

 地底人だ。

 とは言っても俺たちになど気にもせず、この音に反応するモンスターは俺に向かってきた時のように木の枝の間を上下に飛び移りながらロボットに飛び掛かる。

 

 丸鋸の、メタルアームに咬みつく。


 そこから、奴は動けなくなる。

 本来なら対象の肉を食い千切るところだが、流石に金属は無理なのだろう。

「デロ! 違う! そっちじゃない! 戻りなさい!」

 後ろから、地底人のマスターであるオールバック眼鏡が息を切らせて走ってくる。どうやら『デロ』というのが地底人の名前らしい。

「ドクター、アンタもよく分かってるだろ。こいつは唯一アンタの声にだけ反応しない。つまり、認識してない。命令に従える筈がないんだ」

 写真を撮っていたロボットのマスターが淡々と言う。地底人のマスターは医者らしい。そう言えば、セイタイがどうとかケンタイがどうとか言っていた気がする。

 

『ロボットヲ咬ンデ勝テル訳ガナイノニ』

 

 ロボットの右腕のドリルが回転を始め、即座にロボットのマスターがカメラを構える。

 地底人の腹を、ドリルが貫く。

「ああッ! デロ!」

 頭を抱える地底人のマスター(ここからはこの人を『ドクター』、ロボットのマスターを『カメラマン』と呼ぶことにする)。

 デロの顎が丸鋸を支えているフレームアームから外れる。途端、高速回転する丸鋸が地底人の左脚を根本から切り裂く。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛‼」

 ここに来て初めて地底人が声らしきものを発する。

 声と言うか、断末魔なのだが。

 ギャギャギャ、という丸鋸の音と重なって最上級の不協和音を奏でながら左脚が吹き飛ぶ。大量の緑色の血が辺りに飛散する。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛‼」

 苦悶の表情を浮かべるデロだが、体の中心をドリルで貫かれて固定されているため、身動きはできない。

 続いて、丸鋸は右脚を切る。

 次に左腕。

 その次は右腕。

 最後が――首だ。

「ドリルで刺した時点で勝負ついてるんだから、最初から一思いに首を切ってやればいいものを……趣味悪いね……」

 利人もドン引きしている。

 体に大きな風穴を開けられ、四肢を切断されてもまだ強い生命力を見せていた地底人だが、さすがに首を切られては生きられない。

 グロテスクな地底人の骸は、音もなく壊れた祠へと戻る。

 その一部始終を、カメラマンはフィルムに収めていた。

「……まあまあだな。被写体は不細工だが、これはこれで――何のつもりだ」

 カメラの液晶画面を覗きながら写真の出来栄えを確認していたカメラマンの声がワントーン低くなる。


 ドクターが、カメラマンの背後に回り、首元に小型の刃物を当てていたからだ。


 メスだ。


 熊よけ鈴に括り付けた紐を切ったのもこれだろう。

 カメラマンは愛用のカメラから手を離してストラップで首からぶら下げ、両手を上げてホールドアップの姿勢をとる。ただ、顔色は変わらず眉一つ動かしていない。

「動くな。ロボットもだ。武器を今すぐ停止して収納しろ」

「アシモフ、言う通りにしろ」

 カメラマンの命を受け、ロボットはメタルフレームの丸鋸と右腕のドリルを停止させ、続いて丸鋸のついていたメタルフレームを折り畳んで体内に収納し、半球形の頭部を元に戻す。『アシモフ』というのがロボットの名前らしい。

「少しでも動いたら、お前のマスターの首を掻っ切るからな」

「そんなことしたって、愛しの地底人は戻らないぞ」

「それはもういい。所詮あんな知能の低いモンスターは私に似つかわしくなかったんだ。それより交渉といこうじゃないか。そのロボットのマスター権限を譲渡しろ」

 眼鏡の奥の目を血走らせながら、ドクターは早口で言う。

「……それは出来ない相談だな」

「できる筈だ。譲渡の意思を示せばいいだけだと説明を受けた。簡単なことだろう」

「ルールの話をしてるんじゃない。そんなことをして俺に何のメリットがある。どうせ、ロボットのマスターになった瞬間、俺を丸鋸で切り裂くつもりだろうが」

「断ったら今すぐに貴様の喉を切り裂く。遅いか早いかの違いだ。だったら私を生かす方に動いた方が社会にとって有意義だろうが。私は貴様たちとは違うんだ」

 当初は丁寧語で口調だけは紳士的だったのに、今は見る影もない。この尊大な態度がドクターの素なのだろう。

 そこで、カメラマンが動きを見せた。

 ホールドアップしている右手の人差し指を一本立てて、真横にスッと振る動きを見せたのだ。角度的にドクターには見えない。彼の使いモンスターであるロボットに対するハンドサインだろう。

「何が違うんだ。何も変わらないだろう。俺もアンタも、同じ穴の狢だ」

「調子に乗るなよパパラッチ風情が! 私は今まで多くの人を救ってきた優秀な外科医だぞ! 貴様なんかとは生きている――」

 最後まで台詞を言い終えることができなかった。

 彼の鼻辺りを真横一直線に、赤い線が走ったからだ。

 数瞬遅れて、皮膚が焦げる匂い。

 苦悶の声をあげてドクターは顔を覆い、メスを落とす。

 何が起きたのかとアシモフの方を見ると、ロボットの(つぶら)な双眸からレーザーが飛び出ているのが分かった。

 長身のドクターはカメラマンよりも頭半分ほど背が高い。背後から首筋にメスを当てた状態なら、ドクターの顔はガラ空きだ。武器を全て停止したと見せて、隠し札があったのだ。

「武器がドリルと丸鋸だけかと思ったか。悪いな。コイツは目からレーザーが撃てるんだ。どうせアンタとやり合うと思っていたから黙っていたけどな」

 落ち着いた口調で言い、当然のように悶えるドクターにカメラを向ける。

「さあ、撮影会の開始だな」

 アシモフの左手のアームがドクターの肩を掴む。

 

『ソコマデシテ勝チタカッタノ?』


 ロボットの頭がハッチ状に開き、再びメタルフレームが顔を出す。

 回転する丸鋸。


『祠ナンテ壊サナケレバヨカッタノニ』

アイ,ロボット(2004) 監督:アレックス・プロヤス 主演:ウィル・スミス


#鬼畜ロボ

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