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静かな場所で息をするな A Quiet Place,Don't Breathe

 俺は角度をつけて右手の崖に舵を切る。

 自分より足が遅い利人は、腰のベルト部分を掴んで無理矢理引き上げ、勢いをつけて崖――と言うより、少し傾斜のキツイ上り坂だが――それの上へ押し上げる。

 そうして、俺は親友の背中を押しながらグイグイと登っていく。

「ちょっと、史也、自分の足で登れるって!」

「いや、こっちの方がいい。この一時間で分かった。腕力も脚力もスタミナも、俺は常人離れしているらしい。力任せで済むなら、俺に頼った方が確実だ」

「……それはそうかも――後ろだ!」

 またか。

 また、利人の注意喚起を受けて敵の攻撃に気が付くパターンだ。

 勿論、この時の俺はやれやれなどと呑気に肩を竦めたりはしない。

 俺は押していた利人を素早く近くの茂みに隠し、身を低くして振り返る。

 視線の先、三メートル、二メートル、一メートル――刹那の間に距離を詰められる。


 ハゲで全裸で目のない四足歩行の怪物――地底人だ。


 そのスピードと距離から間合いに入る時間を瞬時に計算し、その場所に鉈を振るう――が、空振り。


 消えた!?


 いやいやいや、消える訳がない。

 そう見えただけだ。

 消えたように見える状況など、そうはない。

 

 予想外に視界外に高速で出た時、相手はどこにいるか――


 つまり、


「上かッ!?」

 視線を上に向けると、すぐ近くの大樹の一番太い梢に逆さ向きにぶら下がっている地底人と目が合う。

 認識した瞬間に、攻撃は始まる。

 

 右の首筋を、噛まれた。

 

 物凄い咬合力で、あっという間に肉片を嚙み千切られる。

「うああああああああああああっ!」

 咆哮と共に地底人を突き飛ばす。

 命の危機を感じた俺の力は最大限だ。毛のない化け物は俊敏な動きで梢の間を飛び回り、視界から消える。

 俺もできるだけ身を低くして近くの茂みに飛び込み、体勢を整える。

 右手で押さえた首筋から、大量の血がどくどくと溢れてくる。

 

 かなり深く咬まれた。頸動脈まで行っているかもしれない。

 

 ヤバイ。

 

 ヤバイヤバイヤバイ。

 

 息が荒くなる。

 

 刹那。


 低木の葉の間から、地底人が顔を出す。


「うわあっ!」

 驚いて身を起こす。

 再び飛び掛かってくる怪物。

 顔目がけて開けられる大口を身をよじって避け、半身を抱えて再び木に投げつける。

 小柄で軽量、非力だから肉弾戦になれば退かせるのは容易い。

 問題は、その俊敏さと咬合力、それより何より、どれだけ茂みに深く隠れても即座にこちらの居場所を察知する能力だ。


「いくら逃げ隠れしても無駄ですよ」


 かくれんぼからの取っ組み合いを三、四回ほど繰り返したところで、すぐ近くから声をかけられた。

 横目でちらりと確認すると、髪をオールバックにして黒縁眼鏡にジャケットを着た四〇代ほどの男性が、木に寄りかかって腕組みをしている。

「彼らは長い地底生活で目の機能を失っている代わりに極度に聴覚が発達していましてね、僅かな呼吸音でも確実に察知して襲い掛かります。今の貴方のように呼吸が激しい者なら尚更です。それより大きな物音を立てられたらそっちに行ってしまうのでしょうが、幸いこの辺りに棲息する鳴き声を発する鳥類や小動物は不穏な雰囲気を察知してどこか別の山に逃げてしまったようですしね――勿論、パートナーである私の声は除外されているので、ご心配なく」

 男性の言葉が冷酷に響く。

「最初、このゲームに参加させられた時は絶望したものですが――いやはや、実に興味深い。宝の山ですね。どうにかして生体のまま持ち帰って検体コレクションに加えたいところですが、まずはゲームに勝つことを考えなくてはいけませんね。まあ、彼は負けませんがね」

 ペラペラと喋る男性。

 セイタイ? ケンタイ? 何を言ってるんだ?

 とにかく地底人が物音に反応して襲ってくることは分かった。

 ならばと、できるだけ呼吸を浅くして極力音を小さくしてみたのだけど、茂みの中での身じろぎ、衣擦れの男はどうしようもない。

 また、地底人が顔を出す。

 いつもながらの防御一辺倒だ。


 何か打開策を――と思っていると、十メートル程先からカランカランと鈴の音が響く。


 即座にその音に反応し、俺から離れる地底人。

 助かった――と思うと同時に、俺は焦る。

 今の、熊よけの鈴だ。

 古賀から譲り受けたものだ。

 まさかあれがここに役に立つなんて。

 だけど、これこれでマズイ。

「お仲間ですか? 馬鹿ですねえ……音で注意を向けたんでしょうが、そんなことしたら自分の身が危ないのに」

 そうなのだ。

 熊よけの鈴を持っていたのは利人で、今の音も間違いなく彼が立てたものに違いない。

 地底人は音に反応するという男性の話を聞いて機転を利かせた親友が取った行動だ。それは有り難い。

 だけど、それなら今度は利人の身が危ない。あいつは俺ほど強くない。まず間違いなく、咬み殺される。

 それだけは、絶対にダメだ。

 アイツは俺が守らないと――。


「僕ならここだよ」


 音がした方に移動しようとした俺に、背後から利人が小声で声をかける。

 何故か、鈴と遠く離れた位置にいる。

「簡単なトリックだよ。これ、何かの役に立つかと思って鉈と一緒に拝借してたんだ」

 そう言って彼が持ち上げたのは、何の変哲もないビニール紐。梱包などに使う、平べったい円柱型にまとめたヤツだ。束の端から紐が伸びていて、さっき音がした方まで伸びている。

「鈴を太い枝に結び付けて、ベルトに紐を括り付けてここまで引っ張ってきてさ、一度強く引っ張って消音機能を解除する。そうすれば、あとはもう鳴らし放題」

 利人が紐を引くと、さっきと同じ場所で鈴が鳴る。地底人はそのすぐ近くでキョロキョロと辺りを見回している。音に反応してそこにいた人間に襲い掛かるだけで、音の正体が何なのか考える知能までは備わっていないらしい。

「あとはさ、束の紐を解きながら移動すれば、とりあえずあの地底人はやり過ごせるって訳。少なくとも、紐が終わるか、近くで鈴以上の大音を立てない限りはね。そう言う訳で、失礼します」

 最後の言葉は、木に寄りかかって得意になっていた地底人のマスターに向けた台詞だ。

「すみませんね。ウチの親友、頭いいんで」

 捨て台詞を吐いてやった。

 さっきまでニヤニヤ笑っていた男性は、苦虫を潰したような顔になっているが、今は先を急がないと。

 分かれて崖を登った筈の寺生たちも気になるし、地底人と共に追いかけてきた殺人ロボットとアナコンダも気掛かりだ。


 そこから少し登ると、開けた平らな場所に出る。数メートルほどでまた傾斜が始まるが、ここはその途中の、階段で言うところの踊り場のような場所だ。もちろん、完全に平らではなく、草木はあちこちに生えている。

 

 俺たちがその場所に到達して目の前にあった大きな木の、裏。 


 生首が転がっていた。


 そのすぐ脇には筋肉質な目の大きい男が一眼レフカメラをその生首に向けて盛んにシャッターを切っている。


 そして、その後ろ。


 円筒形のロボットが半球形の頭部を片方にパカっと開き、中から丸鋸のついた巨大なアームを覗かせていた。

クワイエット・プレイス(2018) 監督:ジョン・クラシンスキー 主演:ジョン・クラシンスキー

ドント・ブリーズ(2016) 監督:フェデ・アルバレス 主演:スティーヴン・ラング

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