精神病質者たち Psycho
「お兄さんの言いたいことは分かるよ」
小屋を出て建物の奥に進みながら古賀は続ける。よく見ると奥からも細い道が続いている。さっきと同じく右手にはスコップ、左手にはストローを差した百八十ミリリットルの鬼ころしのパックが握られている。
「こんな馬鹿げたゲーム、誰が参加するんだって話だよな。そりゃそうだよ。オイラだってそう思うもん。だからさ、これは強制参加なんだよね。今日のために目星をつけていた連中に集まってもらったって訳」
「それはつまり、薬で眠らせて――」
「そうだね。まあ薬と言うか、家に一人でいるところとか、仕事帰りに暗い夜道を歩いてるトコとかは背後から――まあ具体的なやり方は言わないけどサ、だいたい分かるだろ? 意識失わせて、何人かでここまで運び込むワケ。まあまあ大変だけど、やり方は手順化されてるからね。畑で作物収穫するのとか、ライン工場で製造された製品運搬するのと変わらないやね。まあ、オイラは農作業も工場仕事もしたことないんだけどネ」
肩を震わせる古賀。
「目星をつけてた人達って言うのは――」
「この山は『悪しきもの』を無数に封じた邪な場所だって言ったでしょ。悪しき邪な場所ってのは、悪しき邪な人間を呼び寄せるんだよね。見つかったらマズいものを埋めたりしようとしてね。自殺の名所とかはよく聞くけど、死体遺棄の名所ってのはあるものなのかね。まあガイドブックには載せられないよね」
古賀は軽い調子で笑い飛ばすが、俺たちは気が気ではない。その論理で言うなら、俺たちもまた悪しき邪な人間ということになる。
「参加者は三つのグループに分けることができる訳。一つ目はテレビのディレクターとかYouTuber、あとは自称霊能力者で、この山に興味がある連中。まあ後の二つに比べれば一番マシだけど、マシってだけで碌な人種じゃないよね。二つ目は、この山に捨てられた連中。引き篭もりのニートだとか、どういう訳か親御さんはこの山に捨てていくんだよね。そのための、って訳じゃないけど村営の簡易宿泊所があって、捨てられた連中を拾ってそこで生活をさせてる。このゲームに参加させるためにね。で、三つ目はさっきも触れた、この山に何かを――ってまあここまできて伏せることもないか。死体を捨てに来た連中だよ。止むに止まれぬ事情があって、一度だけ捨てに来る子はまだいい方で――と言うか普通は一回こっきりなんだよ、そんなもん。仕事でやってるのか趣味でやってるのか知らないけど何度も来るバカヤローが一定数いて、そういう連中が目を付けられてるの」
細い山道はずっと続いている。古賀は先頭を歩いているため、その表情は見えない。
「さっき、オイラは祠を壊して召喚された『モンスター』とマスターである『人間』に分けて説明したけどさ、はっきり言って参加者達も充分モンスターなんだよな。精神的畸形って言うのかな。人の形してるけど、人じゃないの。人間の心がない。モンスターがモンスターを使役して闘わせてんだから笑っちまうよなあ」
そこまで語ったところで、古賀は初めて歩みを止める。目的地に到着したらしい。少し開けた場所だが、ただ落ち葉が堆積した場所にしか見えない。
ただ、木々の間からは僅かにキラキラ光る水面が見える。
どうやら、小さな湖があるらしかった。
「ちなみに、運ばれてこの山に来ただけじゃゲーム参加者とはならないからね。祠を壊して初めて、参加者としてカウントされる訳。そうするともう山からは出られないの。さっき結界がどうのって言ったでしょ。この山が持つ力で、参加者を外には出さないってこと。だから逃げたって無駄だよ。モンスターを戦わせるか、死ぬか――その二択しかないんだな。こんな日にこの山に来て祠壊しちゃったお兄さんたちは、だから勝ち続けないと生き残れないって訳。まあ、まだ希望があるだけいいかもね」
「おかしくないですか!?」
思わず、大きな声が出た。
「そりゃおかしいよ。おかしいことだらけだよね。オイラだっておかしいと思うよ。祠壊したくらいで化け物の殺し合いに参加させられるなんてね」
「そうじゃなくて――俺ら、祠壊したんですよ!? なのに何も出て来てないじゃないですか!」
話の途中からずっと思っていたことをようやく口にする。
「最初は人狼とか妖怪樹とかがそうなのかもと思ったけど、ソイツらにはちゃんとマスターがいた。殺人人形もです。熊は分かんないけど、俺のこと攻撃したってことは違うんでしょう。俺が召喚したモンスターはどこ行ったんですか!?」
堰を切ったように溢れ出す俺の疑問に、古賀は肩を震わせて笑う。
「だったらお兄さん、実はまだ祠壊してないんじゃないの」
サイコ(1960) 監督:アルフレッド・ヒッチコック 主演:アンソニー・パーキンス