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ひとりで採取チャレンジ

 鳥の囀りが響き渡る次の日の朝。

 精神的に疲労を抱えた私とは裏腹に、清々しいくらいに晴れていて。


「まさかあの華ちゃんが、ちゃんと食べられるものを持って帰ってくるとは思ってなかったわい。約束は約束じゃ。今日は好きにお過ごし。もしまた食べられるもんを採ってきてくれたら、明日も好きにしてええ」

「いいんですか?!」

「そのかわり、今日はヤマグワの実はいらん。あれは日持ちせんから、急いで食べきらにゃならんからの」


 だから昨日の夜に、全部食べられそうなら食べてええよと言ったのかと今更納得する。

 ヨネさんも私もたくさんの量を一度に食べたから、食べたのは昨日の夜なのに、口のまわりがまだ紫色に染まっているようにも見える。


「あ!もしかして毎日食糧持って帰ってきたら、毎日自由に過ごしていいってことですか?!」

「そうさね…華ちゃんがいない頃は全部一人でやってたんじゃ。うまいもんが食えるんなら、そうしてもらってええよ。村にいなきゃ、利市にも絡まれんしの」


 村で洗濯物をしているときとかは特にそうなんだけど、私が一人で作業をしていると、どこからか利市さんがやってきて話しかけてくるのだ。話しかけられるのが無理というわけではないけれど、利市さんの話は自分の話ばっかりだし、正直有益な話なんてまったくない。それに恋人とかならいざ知らず、そう好きでもない男にお姫様〜とか言われるのが心底無理だ。鳥肌が立つくらいゾワっとするので、本当にやめて欲しい。


 しかも利市さんが話しかけてくるせいで、雪ちゃんには睨まれるし、夜の森にスマホを投げ捨てられるみたいな実害だってあるので。

 朱羅に出会うきっかけになったのだけはプラスだけど、それ以外がひどすぎて余裕でマイナスである。


「とりあえず今日も森に行ってきますね!たしか川が近くにありましたよね?」

「あるにはあるんじゃが、華ちゃん一人で大丈夫か?魚取るつもりが、川に命取られた〜なんてことがあった日にゃ、わしゃ後悔してもしきれん」


 ヨネさんがそこまで言うなら、今日は川に行くのを辞めようかなと思う。朱羅が来るかどうかもわからないし。昨日のアレが気まずくて来ない可能性も……朱羅に限ってはないかもだけど。でもそうなると、食べられるものを持って帰って来れるかも怪しい。


「うーん、今日はそこまで期待しないでくださいね!」

「そしたら人手が増える。それはそれで良いんじゃ」


 いってらっしゃい、という言葉に見送られながら一人森の中へと歩き出した。


 *


 森の中は朝の気配が残っていて、じっとりとしている気がする。踏みしめた土も、こころなしかしっとりしているような。


「どうしようかな…?」


 立ち止まって周囲を見渡す。一応村の方角には飛び抜けて大きい木が一本だけ生えているので、その木を目印にすれば戻って来られる。だからあの木が見える範囲なら、どこに行っても大丈夫なんだけれど。


 そういえばヤマモモもヤマグワと同じく旬だって、朱羅が言っていたことを思い出す。それならばヤマモモを探してみようと、周囲に目を凝らしながら歩みを進めた。


 歩き始めて数十分後。振り返ると、目印の木は既にてっぺんが僅かに見える程度しか確認できなくて。これ以上森の深くに進むのは諦めた方が良さそうだった。

 ちなみに道中は何も採取できていないので、戦利品はゼロ。


 肩を落として元来た道を戻ろうとしたとき、数メートル先に小さい赤い色が見えて。何かはわからないけど、果実なのは間違いなさそうだと駆け寄った。


 近くで見ると、赤い色はちゃんと果実の赤だった。観察してみると、その実には変わった特徴があった。赤く色づいた実は、二つでワンセットみたいにくっついているのだ。例えるなら赤いブルーベリーを二つくっつけて、ひょうたんみたいな形にしました、みたいな。


「食べられるのかな……?」


 じっと見ていても、答えを返してくれる人がいるわけでもない。とりあえず採って匂いを嗅いでみたりしたらわかるかな、と手の届きそうな高さにある実に手を伸ばしたときのことだった。


「華!!!!!!!」


 ものすごい大きい声で突然名前を呼ばれて肩がびくっと跳ねる。心臓もどこどこ音を立てていて、苦しいくらいなのに、ひゅぐ、と変な音を立てて息を呑んだせいで、呼吸が上手くできず咽せてしまう。

 酸素が必要なのに、うまく吸えなくて苦しい。


「すまん、落ち着け。驚かせて悪かった」


 温かい手に背中を優しく摩られて、ゆっくりと呼吸をするように促される。それは小さい頃、泣きすぎたときに親にしてもらった動作を思い起こして、なんだか安心してしまって。


 目を閉じて、ゆっくり息を吸って吐いてを繰り返す。そうして息が整ったころ。再び目を開けると、朱羅が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


「そこまで驚くとは思わなかった。ただ、その実には人間には耐えられないくらいの毒性があるから、華が食べたらまずいと……」

「ううん、教えてくれてありがとう。朱羅」

「大事ないならいい。だが、流石に心配だ。食べられるものが採りたいなら、俺がいるときにしてくれ。いくらでも付き合うから」


 朱羅の声音は本当に私を心配するもので。

 不意に、どうしてそこまで優しくしてくれるんだろうと思った。だって、人間でもこんなに知り合ってすぐの人に優しくしてくれる人なんて、いないから。それに背中を摩る動作は、かつてそれをしてもらったことがある人じゃなければ、知り得ないような気がして。もしかして朱羅は、人が人に向けるような慈しみとかを知っている…?


「朱羅は、どうして……」

「…?」


 その続きの言葉は、自分でも何が言いたいかを見失ってしまって。音にすることができなかった。

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