私の出した答え
座ったまま後退るのは、逃げる方法としては悪手であると、頭では理解していても、うまく立ち上がることができなくて。朱羅はゆったりとした足取りで、私との距離を詰めていく。それがまるで獲物をいたぶる肉食獣みたいで、恐ろしくなる。
「なぜ逃げる?」
壁に背があたって、これ以上逃げられないことを悟ったと同時に、私に朱羅の影が覆い被さる。スッと目線を合わせるようにしゃがんだ朱羅が、私の頬に触れる。圧倒的な強者として、種族の違いを感じさせているくせに、私に触れた手は優しくて。
「先程の質問に答えていなかったな。華を俺の妖力で染め上げて、ようやく本当の意味で俺のものになるからだ。これで理解できるか?」
「わからない、わからないよ……妖力で染め上げるって何?朱羅は私をどうしたいの?」
迷子のように途方に暮れたきもちで見上げた朱羅の顔は、少し陰になっていて。表情があまりよく見えない。けれど、黄金色の瞳が爛々と輝いているのは、よく見えた。
「華と一緒に生きたいだけだ」
ささやくように落とされた呟きは、甘い響きだけを持っているのに。きっとその裏には何か他の意味があるのかもしれないと、目を伏せる。
「一緒に生きたいだけなら、そんなことする必要ないよ。だって、私は朱羅が好きで。朱羅と別れることは考えてない。それじゃダメなの……?」
問いかけながらも、それではダメなのだろうなと漠然と理解している。朱羅は無意味にこんなことしないと、わかっているから。
「華は」
「うん」
「華は、俺より先に死ぬだろう?俺はそれが耐えられない。だから、こうするしかないんだ…!」
血反吐を吐くような、痛切な声音に胸がぎゅっと痛くなる。衝動的に朱羅の頬に触れると、朱羅はその手に、私に触れている手とは反対の手を重ね合わせて。すり寄るように頬を寄せる。
「頼む、拒まないでくれ。俺のところまで堕ちてきて。それで、永遠にも等しい生を、俺と生きてくれ……」
「朱羅……」
「華がいない年月を繰り返すのは、もうたくさんなんだ……」
ぽつりとこぼされる朱羅の本心に、言いようもなく心が震える。どんな言葉をかけたらいいかわからなくて、口がはくはくと無意味に動く。私にとっての二年間の空白は、朱羅にとっての数百年だったと、改めて突きつけられて。その想いの重さに、胸が締め付けられる。ひたむきに、一途に私のことだけを求めていたのだと、態度や言葉で朱羅は示し続けてくれていた。それこそ、再会してからもずっと。
「朱羅は、私が欲しいの?」
「ああ。俺は、お前が欲しい」
ジッと私を見つめる瞳には、嘘の色なんてなくて。ただゆらゆらと熱が灯っているだけだった。その視線に呑まれぬように、目を閉じる。
そうして、色々と考えた。永遠にも等しい生を一緒に生きてくれ、ということは人間を辞めてくれってことだろうなとか。今ここで朱羅のお願いに頷いて後悔しないかな、とか。けれど。
「……しょうがないなぁ。いいよ、朱羅に全部あげる」
けれど、結局。私だって、朱羅が好きだから。だから、朱羅のきもちに応えてあげたくて。きっとこうやってこの先もいろいろと許しちゃうんだろうな、と小さく笑った。




