不安には愛情を
自分でも自覚していなかった醜い本心を吐露した後、朱羅の顔が見られなくて目を閉じたままでいた。自分の心臓の鼓動する音が耳元でするような静けさのなか、突然すうっと重々しい空気が軽くなった。そのせいで体の強張りも緩んだのか、ひゅっと突然空気が喉を滑り込んできて。つい咳き込んでしまう。
「……悪い、大丈夫か?」
そっと背中を撫でる朱羅が、気遣うような声をかける。その声の様子が先程とは違って感じて。恐る恐る目を開けると、苦笑を浮かべた朱羅が私を見つめていた。
「…だい、じょうぶ」
ジッと見下ろしてくる朱羅の視線に耐えられなくて、目を逸らしながら言う。失望とか呆れとか、そういった感情がその目に浮かんでいたら耐えられないな、と思ったから。朱羅はそれが気に食わなかったのか、顔をグッと近づけてきて。
「俺がどんなに華に焦がれていたか、わからないと見える」
なんて。執着の滲んだ声色で、そんな言葉を耳元に落とすから。つい朱羅の方を見てしまった。間近で視線が交差した朱羅は、ゆらゆらと熱を孕んだ瞳を隠すことなく私を見ていて。何と言えばいいかわからなくなった私の様子を見て、緩やかに目を細めて。そうして、さらに距離を詰めてくる。キス、されるのかな、とおとなしく目を閉じると、フッと鼻で笑うような声がして。そうかと思うと、鼻先にぬるりとした感触があって。舐め、…?!と目を見開いた瞬間、そこを甘噛みされた。
「っ…!」
痛くはないけれど、突然の感覚に肩が跳ねる。いっそ甘さしか感じないほどの、優しい刺激。その様子を具に観察していたらしい朱羅は、もう一度鼻先へと口を開けて迫る。また噛まれてしまうとぎゅっと目を閉じて身構えると、予想に反して、今度は下唇を甘噛みされてしまって。思わず息が止まった。
「ハハ、やっぱりかわいいな」
うっとりと陶酔したような声が、鼓膜をくすぐる。「目を開けてくれないか?」という朱羅の声に、警戒しながら目を開けると上機嫌な様子の朱羅が見えて。さっきまでの威圧感や重苦しい空気なんてどこにもない。それが信じられなくて、瞬きを繰り返すと、今度は目尻にくちびるが降ってきた。
「朱羅、あの…どういう……?」
混乱しながら問いかけると、なおも上機嫌のままの朱羅はするりと私の髪を耳にかけ直して、耳朶をふにふにと弄ぶ。くすぐったさと不思議なきもちの合間に取り残されて、困惑しているのに、朱羅は気にした様子がなくて。しばらく待っても、何のリアクションも返ってこない。どうしようかな、と思い始めたころ、ようやく朱羅が言葉を発した。
「華は要するに嫉妬したってことだろう?」
「ぅ……そう、ですね?」
ずばり言葉にされると、妙に居た堪れなくて。どこかそわつくきもちのまま、曖昧に返答する。けれど、朱羅はそれで確信を強めたらしい。ちらりと見上げた顔は、愛しさをいっぱいに詰め込んだような表情を浮かべていて。
「不安にさせてすまない。だが、俺は華がいっとう愛おしい」
どろりと溶けた蜂蜜のような瞳が私を見つめる。その妖しい輝きは、私の心を絡め取ろうとするかのように感じて、背筋がぞわりと泡立つ。けれど、それすら嬉しく感じてしまう私は末期なのかもしれない。
「ほんとに?」
まだ信じられていないせいで、幼子のように拙い言葉が口から出ていく。それに微笑った朱羅は、私の頬に手を添えながら頷く。それが嬉しくて、頬に添えられている手にすり寄ると、朱羅の瞳が愛おしげに細められる。
「なあ、華」
「なぁに?」
不意に潜められた声に、同じように小声で返す。それがなんだか、2人しかいない空間なのに内緒話でもするかのようでおもしろくて。くすくすと小さな笑い声が出てしまう。朱羅はさらさらと前髪を弄びながら、顔を近づけてささやく。
「今度こそ、俺のものになってくれないか?」
「いいよ」
その問いかけに、迷いなく頷いた。




