朱羅との駆け引き
押し当てられるくちびるの柔らかさに、顔が沸騰しそうなくらいカッと熱くなる。最後にキスをしたのも、この領域で朱羅としたものだったな、なんて一瞬考えて。すぐにとあることに気がついて、朱羅を押し返そうと朱羅の胸に手を当てて力を入れる。
「ンン〜!!!!?」
それなのに、全然朱羅は離れてくれなくて。むしろもっと深いキスをしようと、くちびるを朱羅の舌先が誘うようにつつく。それに抗議するように呻き声をあげたら、咎めるように下唇を甘噛みされて。ひぇっと声をあげそうになったけれど、なんとか耐えた。
「ハ、なるほど。どうやら俺はまた騙されそうになったらしいな?」
頑なにキスに応じない私を見て、朱羅の顔に嗜虐的な笑みが浮かぶ。首を抑えていた手の親指が、頸動脈のあるところをすりすりとなぞるのを感じて、思わず息を呑む。
「ち…違うの…」
「何が違う?」
朱羅のきもちひとつで、私のことなんて自由にできるのだと、言外に示されているようで心臓がばくばくと早鐘を打つ。でもこれだけは私も譲れないのだと、キッと朱羅の目を睨みつけるような勢いで見つめて。
「は、歯磨きしてないから!!」
「……はみがき」
「そう!!歯磨きしてない朝の口の中って雑菌がいっぱい繁殖してるらしくて、そんな口内環境で朱羅とキスしても、集中できないし!」
朱羅にとって予想外の言葉が返ってきたのか、唖然とした表情で言葉を繰り返される。だいたい、手枷を外した後に洗面所に連れて行ってくれる約束だったはずだ。手枷から首輪になるとは思わなかったけれど。
「くく、わかったわかった。洗面所な」
朱羅は何がおもしろかったのか、喉を鳴らすように笑いながら、私の頭を撫でる。その楽しげな雰囲気は、さっきまでの一歩間違えたら取り返しのつかないような雰囲気とはまったく違っていて。目を白黒させていると、先程離したはずの鎖の端を再度拾って。
「……ペットみたいですごく嫌なんだけど」
むすっとして見せると、朱羅は仕方なさそうに首輪をバキッと壊して外してくれた。耳元で、あんなに硬くて壊れそうにないものを壊されると、心がひやっとする。でも、わざわざ手枷から首輪に付け替えたのに、あっさりと外してくれるのもなんだか不思議で。
「外してくれるのは、嬉しいんだけど……」
「拘束されるのは案外お嫌いじゃなかったと?」
「違うよ!」
「ハハ、知ってるよ。冗談だ」
きもちをうまく言葉にできず言い淀む。そうすると朱羅は、すかさずからかいの言葉をかけてきて。からかっているのだとわかっていても、つい食い気味に否定してしまう。朱羅も否定の言葉が返ってくるのがわかっていたから、すぐに冗談だと言って笑う。それがなんだか悔しくて、ついそっぽを向いてしまった。
「あっさり外してくれたから。なんだろう、怪しく感じただけ」
「心外だな。信じてみようと思っただけなのに」
「その心境の変化が怪しいんだけど!」
あらぬ方向を見つめながらの悔し紛れの言葉が口からこぼれ落ちる。それに返ってきたのはからかいの色が消えきらない朱羅の言葉で。それすらもなんだか、癪に触って。もうさっさと洗面所に行って、冷たい水で顔でも洗って気分を変えようと、襖に手をかける。その途端、朱羅は不意に身を屈めて。そっとささやきを私の耳へと落とした。
「俺とするキスは集中してしたいんだろう?そんないじらしい事を言う、好いた女を信じられないのは、な?」
その言葉を聞いて、何のことだろうと一瞬記憶を逡巡した。そうして、思い当たるセリフに気がついて。ボンっと顔が爆発したように熱くなる。恐る恐る見上げた朱羅の顔は、色気が匂い立つような表情で。その欲の先が、私だと本能が察知したのか、ゾワっと背筋が泡立つ。その朱羅の視線から逃れようと、慌てて襖を開けて外に出た。板張りの廊下やそれに続く襖は左右どちらも同じに見えて。けれど早くこの顔の熱を冷たい水で洗って冷まそうと、適当に走り出した。
「ふ、洗面所は逆だぞ?」
けれど背中から、朱羅の忍び笑い混じりの声が聞こえて。どこか既視感のあるそれに、諦めてすごすごと戻った。




