部屋で見たもの
「ン……ぁ…れ?」
ふわっと浮き上がる意識に導かれるまま、重いまぶたを持ち上げた。ぼやける視界のなかで瞬きを繰り返すと、木目の天井が目に映って。それを不思議に思いながら、目を擦ろうと手を持ち上げると、やけに重たい。そんなに疲れてたっけ、なんて考えたそのとき、じゃら、という金属の擦れ合う硬質な音がして。
「…っ?!」
その音の異常さに、急激に目が覚めた。音の出所はやはりというべきか、手首から伸びる鎖で。その鎖は、壁に打ち込まれた杭に続いていた。和室にその杭があるのは、ひどく不自然に見える。
「やっぱむりか…」
試しにと軽く引っ張っても、固い手応えが返ってくるだけで取れそうにもない。一回試しただけでも、じゃらじゃらと鳴る音が耳障りで。監禁した人間が戻ってくるかもしれないと冷や汗が浮かぶ。
「……最後に見たのって羅刹さん、だよね」
特務外交部4課というエリートが、まさかこんなことをするなんて、嘘みたいで。これはまだ私が見ている悪い夢だと考える方が、よほど現実的だった。本当の私は、就職ガイダンス中につまらなすぎて居眠りをしているのかもしれないと、そう考える方が。けれど、手首についている金属が、ひんやりとした温度を伝えてきているから、現実逃避も上手くできなくて。
「朱羅……」
助けてほしいと思うときに頭に浮かぶのはいつだって朱羅だけれど、この世界に朱羅はいない。もしかして、と捨てきれない想いを抱えたまま2年待っても、朱羅は現れなかったから。あの世界ではいつだって私を見つけてくれた朱羅が、今もなお姿を見せない。それはつまり、朱羅はきっとこの世界には存在しないということだと、諦めている。
「はー、初めては好きな人とって思ってたんだけどなあ」
なにもかもどうにもならない現実を感じて、先程まで寝ていた布団に大の字になって転がる。気分はもうどうにでもしてくれ、といった感じ。目を閉じて視界を閉ざすと、代わりに他の感覚が研ぎ澄まされるのか、遠くの方から足音が聞こえてきて。誰かが近づいて来ているのがわかった。まあ、誰かというか羅刹さんなんだろうけど。
「華」
「……」
スッと開かれた襖の向こうから、声がかけられる。それに反抗を示すために、あえて無視をした。大の字になって転がってるんだから、煮るなり焼くなり好きにすればいい。
「華、起きているのはわかっている。無視でもするつもりか?」
重ねて羅刹さんが何かを言ったけれど、聞くつもりはなくて。これも無視しようと決めて、いっそのこと頭の中で朱羅との思い出でも反芻しようかな、なんて考える。どうせ、人には言えないようなことされちゃうんだ、なんてやさぐれたりして。けれど、今まで無視するなんてことをしたことがなかったからか、話しかけられると、朱羅との思い出を頭に思い浮かべるのも、うまくいかなくて。
「ハァ、だんまりか。俺はお前にずっと会いたくて会いたくて堪らなかったんだが。お前は違ったようだな?」
(私は羅刹なんて人間知らない。人違いでしょ)
結局無視しきれなかったので、心の中で反論を述べることにした。これなら、客観的に見たら、無視してるのとかわらないだろうし。これは結構いい案かも、なんて考えたとき、衝撃的な質問が落とされた。
「なあ、あの簪はどうした?」
「……ぇ?」
思わず声が出る。私が持っているのは、朱羅からもらった簪、一本だけだから。視界を閉ざしていたまぶたを持ち上げると、薄暗い室内で私を覗き込むようにしている瞳と目があった。その色が。
「チョコレート色じゃ…ない……?」




