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気のいいおにいさんがヤンデレになるとは聞いてない!  作者: 夜星 灯
気のいいおにいさんがヤンデレになるとは聞いてない!
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就職ガイダンス

 羅刹さんの話は聞きやすく、わかりやすかった。就職ガイダンスというだけあって、社会人になってから求められるスキルや、出来ていて損はしないことなど、具体例を交えて教えてくれる。話の構成もうまく、飽きる前にまた新たな興味のネタが与えられて。聴講している学生すべてが彼の話に聞き入っていた。物見遊山で来ていた生徒たちを含めて。


「ああ、それと」


 不意に羅刹さんは、何かを思い出したように言葉を継ぎ足す。それのおかげか、張り詰めていた空気が緩められたような気がして。


「これから社会に新卒として羽ばたいていく君たちに言うのは不適切だろうが、言っておきたいことがある」


 ジッと一人一人を見渡すように顔を動かした羅刹さんは、十分な間を置いて、言葉を口にする。


「新卒がすべてじゃない。君たち自身がすべてだ。逃げたくなったら逃げていい。仕事は変わりを探せるが、君たちの代わりは探せない。月並みだと思うが、これは真実だよ」


 フッと笑みを浮かべた羅刹さんに、何故か朱羅の優しげな表情が重なった。そういえば髪の色も、暗がりで見たときの朱羅の髪色に似ているな、なんて思って。ジッと羅刹さんを観察する。瞳の色はチョコレートみたいな色で、ここは朱羅とは似ていないな、なんて考えてから、ハッと我に返る。また、朱羅のことを思い浮かべてしまったと。羅刹さんは八重が言うようにイケメンだとは思う。けれど、どう足掻いたって、頭に浮かぶのは朱羅のことだけ。早くあの簪のある家に帰りたいな、というきもちになってしまっただけだった。


「よし、そろそろ質疑応答に切り替えるか。どんな些細なことでもいい。何でも聞いてくれ」


 退屈するかと思った時間は、かなり実のあるものへとなっていた。あんなにあるのか、なんて思っていた時間も、ついに残り二十分程。元からそういうタイムスケジュールを組んでいたのか、羅刹さんはスムーズに質問タイムに移行する。


「……まあ、そうなるよな」


 誰も挙手をしないどころか、目を逸らしている人が多いような気がする。苦く笑った羅刹さんが困ったように視線を走らせてから、仕方なさそうに息を吐く。


「こういうときに挙手をしてくれると助かるんだがな……?」


 色気のあるその声は、女子学生の短い悲鳴を引き出して。助けてあげたいという気持ちにさせられた人が何人もいたみたいで、ばっと手がいくつかあがった。


「じゃあ、そこの。左から2番目の白いセーターの女学生」

「え、と。事務はそんなに大変じゃないって聞くんですけど、コミュ力低くても平気ですか?」

「質問ありがとう。その疑問の答えとしては、事務ならコミュニケーション能力はいらない、ということはない。むしろ、より求められているといってもいい。なぜなら、察してもらおうとする連中は多くいるからな」


 茶目っ気のある解答に、クスクスと笑い声があちらこちらから聞こえてくる。そんな肩肘張らないような空気感で、最初の人の質問が終わったことで、学生からは遠慮の壁が消えたらしい。どんなことでも、と言ったせいでガイダンスの趣旨から外れたような質問、恋人はいるんですか、などと言ったものもいくつか飛び出した。それらのプライベートに関することは、綺麗に濁されていたけれど。


「ふざけた質問が増えてきたし、時間もちょうどいいから、これにて閉講とさせてもらう。君たちの選択がより良い未来につながっているように祈っておく」


 あ、今の言い方も朱羅っぽい。話はしっかり聞いていたし、ノートもとっているけれど、羅刹さんから朱羅の面影をついつい探してしまうのをやめられなくて。今の似ているかも、なんて思っては虚しくなるばかりだった。


(あ、授業終わった)


 授業終わりを示す音が鳴って、名残惜しそうにしながらもわらわらと学生たちが部屋の外へと向かって歩いていく。混雑している出口を見ると、それだけで疲れてくる。人が減ったら行こうと考えていると、トントンと軽く机を叩かれて。


「野々村華、ちょっといいか?」


 見上げると、正面には羅刹さんが立っていて。小さく頷くと、少しだけその端正な顔の眉間に寄ったシワを緩めた。


「すまないな。少し、この大学の構内を案内してほしいんだ。こういう機会でもないと、見て回ることもないからな」

「それは、いいですけど……何で私?」

「お前はそこらの女学生と違って、俺にきゃあきゃあ黄色い声をあげたりしないから。適任かと思っただけだ。もちろん、次の授業の教授には俺から話をしておこう、どうだ?」


 チョコレート色の瞳が、私の返答を待つ間、ジッとこちらを見つめている。その瞳が一瞬太陽光のせいか、赤みを帯びたと思った瞬間、私は知らず知らずのうちに、こくんと頷きを返していた。


「そうか!助かる。こっちだ」


 サッと手を繋がれて、血の気が引く。ただでさえ人気のある特務外交部4課という部署に所属している人間と、こんなに親しそうに見えることをしていたら、大学生活は一瞬で儚いものになってしまう、と。


「あの、手…」


 離してください、という間もなく、その手に力が込められる。少し、痛いくらいに。それに驚いて、繋がれた手を引き離そうとしても、びくともしなくて。


「はなし、て。離して!!!!」


 焦りから張り付いた喉を、必死で震わせて大きな声で訴えても、羅刹さんはその手を離してはくれない。誰かに助けを求めようと、周囲を見渡すと、奇妙なことに気がつく。それは、まるで。


「気がついたか?俺たちは今、そこの人間たちの誰からも見えないし、声も聞こえない」


 考えていたことを読み取られたみたいな発言に、視線を羅刹さんに向ける。その私の表情を見つめた羅刹さんは、ひどく嬉しそうな顔をし、て…?


()()()()


 場違いな挨拶をおかしく思う間もなく、ばちんと電源が切れたみたいに意識が落ちた。


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