特務外交部4課
八重が言うには、特務外交部4課とは外務省に属する課であるとのこと。特務外交部の基本的な仕事はイレギュラー対応で、それ以外は他のサポートをしているのだとか。
「へぇ…?じゃあいろいろできるエリート的な感じ?」
「そういう見方もできるわね。それで、その中でもこの特務外交部4課は、国内でのイレギュラー対応のときに出てくることが多いの!」
「ふーん、だから有名なんだ」
「それだけじゃないわ。圧倒的にカリスマ性があって美人でイケメンばっかりなんだから!!」
そのセリフ、さっきも聞いたなあなんて思いながら相槌を打つ。どうせ朱羅のほうがイケメンだし、美人なんだろうな。そこまで考えて、また朱羅のことを無意識に思い浮かべてしまっていたことを自覚して。朱羅のことを追い出すように頭を振った。
「とにかく!時間もないから、簡単に説明するわよ!今のところわかっている特務外交部4課のメンバーは、3人だけ。写真はひどくブレたり突然充電が切れたりで、インターネット上にないの。どうやってもうまく撮れないって都市伝説があるくらいには。だから、本物を見た時のお楽しみと思っておいてね!」
早くしないといい席が…!なんて呟いた八重は、矢継ぎ早に言葉を重ねていく。
「まずは1人目、雪の精と見紛う美しいお姉様!白山麗様!本当に真っ白な肌で綺麗な白銀の髪なの。アルビノらしくて、目が赤くていらっしゃるわ。主に冬にお見かけしたってSNSで目撃情報が上がってるの」
「そうなんだ」
「……でも今日は寒いけど、陽が差してるから来ないかも」
雪の精と見紛うというくらいなのだからさぞかし美人なんだろうなぁ、と思う。八重は聞いていれば私のリアクションはどうでもいいのか、今日のメンバーとして来るかどうかの予想をぽつりと呟いてから、スッと息を吸った。
「2人目!!」
「声デカ……」
「海祇波音様!爽やかな青系の髪色に、服の系統、そして笑顔!圧倒的アイドル感!キラキラのお兄様よ!」
ここまでの説明を聞いて、少し疑問が浮かんだ。外務省ってお役所仕事なのに、そんなに髪色自由でいいんだっけ?と。私の中では、かっちりしたスーツに黒髪でピシッとみたいなイメージがあったので。最近の自由化の流れに乗ってるとか?なんて、思考に囚われていると、そのことに八重は目敏く気がついて。
「ちゃんと聞く!」
「ハイッ!!!」
八重の圧の籠もった注意の言葉に怯んで、慌てて背筋をピンと伸ばす。ちなみに返事は、お腹の底から声が出た。
「よろしい!3人目!クールなカリスマ!朱威羅刹様!凛々しくてかっこいい御顔立ちでありながら、優しさも持ちあわせているらしいわ……!目撃例は2〜3件だけ。ウルトラレアな存在よ!」
なんかソシャゲのカードの紹介っぽくなってきたな。八重の熱意のあまり、説明が一周回ってわかりにくくなっているような気すらする。
「きっと今日は比較的目撃情報が多い海祇様が来ると思うわ!って、いけない!こんな時間!!早く行くわよ!」
空き教室に連れ込んだのは八重なのに、忙しく私の手首をこの部屋に連れ込んだときと同じように掴むと、廊下を走り出す。ガイダンスが始まるまではまだあるし、授業が始まるギリギリでもないこの時間に、そんなスピードで構内を走っている人もいなくて。
「ちょ、八重!八重ってば!!!!」
私の必死に呼び止める声は、華麗にスルーされてしまった。
「げほ、……っ、はー、……!」
「流石にごめんのきもち」
運動不足のせいでぜはぜはと息を切らしている私とは違って、八重は大学でも運動系のサークルに入っているせいか、対照的にけろっとしていた。あまりにも私が苦しそうにしているから、眉を下げて心配そうにこちらを見ていて。
「水飲む????背中摩る???」
「だ、だいじょぶ……もうちょっと…ッ…ほっといて…」
八重の相手をするのすらしんどい。手を私の前でストップを示すようにかざして、必死に呼吸を整える。そうしてようやっと息が整ったとき、ガイダンスまで3分を切っていた。
「もうちょっと話したかったんだけどな…!」
名残惜しそうに呟いた八重が隣の席にいそいそと座る。私としては、さほど興味のそそられない話であるので、ここで終わって良かったと思う。本当に特務…なんとか課がきたなら、八重はもっと興奮して語りたがるに違いない。そのことを考えるだけで、辟易としてしまいそうになる。横目で確認した八重は、既にノートや筆記用具を準備していて、背筋を綺麗に伸ばして座っていた。まるで真面目ちゃんスタイルのそれは、普段の八重を知っている人間からしたら違和感しかない。
「それで90分持つの?」
「流石に無理な気はしてる」
「だよね」
あれこれ準備している八重とは違って、私はペンだけを用意すると、頬杖をついて正面を見た。どうせガイダンスというなら、資料が配られると思うし、そこに書き込めばいいやと思って。
「それじゃあ、みんなお待ちかね。シークレットゲストをお呼びするぞ!」
本鈴の数分前、いそいそと講堂に入ってきた教授がそう言うと、八重が待ってましたというように盛大に拍手をした。八重だけではない、その他いつの間にか来ていた学生たちも大きな音で拍手をしている。
(わ、めっちゃ人いる)
その音が思ったよりも大きくて、背後を振り向くと、履修登録してた受講者よりも明らかに多くの学生が部屋にいて。どこからか情報が漏れたのだろうな、と思う。そしてお目当てじゃなかったら、大量に席を立って学生が帰るんだろうな、とも。
「それじゃ、入ってきてください!」
その声にあわせて、前方の扉が開く。興味はなかったけれど、群衆に紛れるように、おざなりな拍手をして扉の方を見る。そこから見えたのは、一人の男性で。その人とぱちりと視線が交差する。
(?)
その人の口がかすかに動く。けれど距離があるせいか、何と言ったのかはわからなかった。独り言、だったのだろうか。
——カツ、カツ…
そんなことを考えていたのに、その人が講堂に入った瞬間に空気が一変したのを肌で感じた。すべてを掌握されているかのように。まるで呼吸ひとつですら、彼の許可が必要な気すらしてくる。靴音を立てて歩くその人に、視線が吸い寄せられる。その人はピンと伸びた背筋に、スーツの上からでもわかるほど鍛えられた肉体を持っていて。歩くたびに、太陽の光に照らされた、赤みを帯びた黒髪が揺れる。
「お集まりいただき、感謝する。俺の名前は朱威羅刹。知っている人間もいるかもしれんが、特務外交部4課に所属している」
その自己紹介を聞いて、何かが引っかかった。明確に何が、というのはわからない。けれど、何か重大なことを見落としているのかもしれない。そんな気がしてならない。
「資料を配る。……野々村華、資料の配布を手伝ってくれ」
「…あ、はい!」
話をまったく聞いていなかったけれど、突然資料の束が目の前に置かれた。手伝ってくれということだろうと、あたりをつけて席を立って。資料の配布に取り掛かるとき、ふと疑問に思う。
そういえば、私の名前呼ばれたな、と。こんなにいる学生の名前、しかもランダムで座っている学生の名前を、ドンピシャで当てることなんて出来るのだろうか。いや、でも。名簿に載っていただけだよね、とわずかな疑問を自分の中に押し留めた。




