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朱羅の後悔 1

 時は遡って。朱羅は夕闇に染まりつつある道を走り続けていた。目的地の村まではあと五里ほど。この速さならば、半刻もあれば村につける。そう考えた朱羅は、速度を落とすことなく、器用に木々の間を縫うようにして走る。一刻も早く行って帰ることを考えていると、不意に誰かの呼び声が聞こえて。


「なあ、鬼のお(あに)さん。ちょおっと、止まってくれはる?」


 鬼、と言われたのだ。自分しかいないのだからと、渋々立ち止まる。その瞬間、夕焼けがぐんと伸びて。まるで朱羅を閉じ込めるように、球型に空間を仕切っていく。その異質な空間のせいか、見える空に浮かぶ雲はぴたりと静止していて。朱羅は、何者かに領域に呼ばれたのだと理解して。何が起こっても大丈夫なように、気を引き締めて身構えた。


「急いではるやろうに堪忍な。そこいらの狐に聞いとるけど、改めて聞かせてもらうな。此処に、何用で来たん?」


 女性のような科のある話し方なのに、声の調子は艶っぽい男のもので。どこか、相手を殺す前に、嬲って楽しんでいる肉食獣のような獰猛さを感じさせる。


「村の人間に、2つ離れた村にある神様の庇護を求めてこいと言われている」

「へえ?人間なんかの言うこと聞くんや。鬼も落ちぶれたなぁ?」

「俺の愛した人間が、親は無理でも、せめて村の人間にだけは祝福されるように立ち回ってやろうと思っただけだ」


 パンっと扇子を勢いよく開かれた音がして、音の出所を振り返る。そこには、まるで遊女のように着物を纏った男がひとり。その背後では、金色の尻尾が7本、ゆらゆらと楽しげに揺れていた。


「七尾か」

「せや。九尾になるまでもうすこぉし、な。村に庇護を与えて、人間共の信仰で補いつつ、力を蓄えるのが一番効率ええからね。わっちは、狐里(こさと)。見ての通り、狐の妖や」

「そうか。俺は朱羅。見ての通り、鬼だ」

「よろしゅうな〜。にしても、種族を超えた純愛。ええなぁ……」


 何のために呼ばれたのかわからないが、雑談にいつまでも構う時間は無い。この領域を出ようと、狐里に背を向けると、含みのある声で話しかけられて。


「おや、ええの?」

「何がだ?悪いが俺は、急いでいるんだ。目を離した隙に、あいつに何が起こるかわからん。早く戻らないと。嫌な予感がする……」

「はぁん、やっぱええなあ!なあ、朱羅は2つ離れた村にある神様の庇護を求めてはるんやろ?それ、わっちの力なんよ」


 その言葉に、朱羅は踏み出しかけた足を止めざるを得なかった。振り向くと、にたにたと愉悦の滲んだ笑みを浮かべている狐里がいて。朱羅は大きくため息を吐いた。


「何が目的だ、狐里」

「話がはようて助かるわぁ。わっちの加護をわけてあげてもええよ。ただ、交換条件として——」


 朱羅は狐里の交換条件を聞いて目を見開いた。

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