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言葉が導くのは

 ケラケラと狂気に満ちた笑い声をあげながら、雪ちゃんはゆったりとした足取りで、着実に私へと近づいてくる。明らかに異常な精神状態に見えて、恐ろしくて足が竦む。けれど、近寄られてはまずいということは、誰に教えてもらわなくてもわかる。


「生贄にならなくても、蛟……神様に神饌を捧げれば元に戻るよ。雨は祈れば降るようになる」


 時間稼ぎにもならないような、そんな言葉。それを聞いた雪ちゃんは、その場でぴたりと足を止めて。もしかして、やめてくれるのでは。そう考えた私を裏切るように、どこか無邪気に首を傾げて。


「それさ、雪になんか得ある?雪が神饌を盗み食いしてたせいだって、言って回るようなものじゃない」


 その言葉に反論が見当たらずに口を閉ざす。確かに、言う通りだと思ったから。けれど、反論を封じられた挙句、口まで塞がれては堪らない。そう思って視線を周囲に走らせると、後も立てずに湖から顔を出した蛟が、めんどくさそうな表情を浮かべていて。


(……騒がしくて出てきたんだけど、修羅場ってやつかな??)


 蛟を認識したことが、目があったことでわかったのか。突然、頭の中で蛟の声がした。この方法で返答できるかは謎だけれど、頭の中で蛟への返答を思い浮かべる。


(修羅場といえばそうかも。この雪って子が、私を湖に落として生贄にしたら、朱羅と自分が一緒になれるって思ってるから)

(げぇ、それは絶対ないだろ。なんなら今ボク、当てられそうなくらい朱羅の妖気を感じてるよ……)


 この思念のやり取りのようなものは一方通行ではなかったらしい。ちゃんと蛟から私の説明への感想が返ってきた。これで孤立無援のような状態から離脱できそうだな、と少しだけ安心する。蛟はそろそろと湖から這い出ようとしているのか、岸に顔を乗り出したところだった。


「なに?ぼうっとしちゃって。辞世の句?ってやつでも考えてるのかしら?」


 再び動き出した雪ちゃんは、どこか愉悦すら感じられるような表情を浮かべて、私を追い立てる。逃げ道を無くさぬよう、できる限り周囲を確認しながら下がる。けれど、月明かりの下にいると、木の下の暗闇の中まではよく見えなくて。大きな切り株のような、障害物があって転んだりしてしまったら、雪ちゃんに捕まってしまう。夢で見たことと同じことが起きないよう、できるだけ湖から離れるように動きたいけれど、淵を辿るようにしか逃げられないのがもどかしい。でもそれを見た雪ちゃんは私が湖から離れたがっているのを敏感に察知したらしい。苛立ちの募った顔をして。


「ちょっと、湖から離れないでよ! !あんたがこの湖に飛び込んでくれないと、この言い訳が成立しないの!」


 それは、天啓にも似た閃きだった。この言葉を口にしたら、雪ちゃんはきっと望み通りの言葉を口にしてくれるだろう、という。その感覚に従って、口を動かす。


「ねえ、それってこの湖じゃないといけないの?あ、もしかして……神様がいるから?」

「は?神様なんていないわよ!こんなしょぼい湖なんかに!」


 その言葉をきっかけに、だろう。視界の隅にいた、湖から這い出ることに成功していた蛟の体が、淡く光り始めた。


(もしかして、封印が解ける予兆…?!)


 夜闇を切り裂く閃光の予感に、咄嗟に目をつむった。そのあと、すぐだったと思う。まぶたの奥ですら、まるで星の光が空から降ってきたみたいに鮮烈な光を感じて。それはパッと暗闇をすべて照らしだすかのようで。その光は、蛟が見えていなかった雪ちゃんの目にも届いていたらしい。


「いやぁ!なにこれ!?!」


 雪ちゃんが眩しさのあまり、咄嗟に目を塞いだのだろう。簪が地面へと落ちたのか、かしゃんと小さな音がした。

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