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神有村にいるために

 お爺様のいう課題、それは簡単なようでいて、時間と労力を使うものだった。


「2つ離れた村にある神様の庇護を求める……だって?」

「そうじゃ。もはやこの村の神はおらん。雨は降らず、このままでは村民が飢えて死ぬ。なればこそ、豊かで良い暮らしができている神に乗り換えるのじゃ」


 蛟のことについて、どうやら村の人間はもはや覚えていないようだった。蛟への神饌は村の習慣として行われていて。効果がなければすぐにでも取りやめる程度の、ルーティンのひとつ。そのことが、お爺様の言葉から伝わってきた。これなら別に、雪ちゃんにこだわらなくても、蛟の封印は解けるかもしれない。蛟を解放するための光明が見えてきた。そう思ったけれど、今問題なのは朱羅のことで。


「なあに、神がいるかどうかはさておきじゃ。直接神に会える人間もそうはおらんじゃろうから、神前に備えて念じてきてくれるだけでいい。さすれば、お二人のことはこれまで通り村で口を出したりせん。簡単じゃろ?」


 お爺様は善意から言っているのだと、なんとなく思う。だって、こなさなければならないことは、少し離れた距離へのお参りだけだ。けれど、四面楚歌にも似た状況が私たちの思考を鈍らせる。朱羅は苦渋の色を浮かべて、周囲の人間には聞こえないような声量で問いかける。


「華、どうする……?」


 聞いておきながら、顔には心配だから行きたくない、と書いてあって。そのきもちは何となくわかる。朱羅が村から離れているうちに私が徹底的にやられて死にそうになっていたから。また同じようになったら困るな、なんて思ってすぐに答えを返せずにいると、お爺様は何かを思い出したような声を出して。


「おお。今おぬしらの住んでいるヨネの家は囲炉裏がダメなんじゃったな?もちろん、その間は空き家を貸してやろう。その間に、ヨネの家の囲炉裏も使えるようにしておいてやるわい」


 いや、もうヨネはおらんからそこの娘っ子の家か?なんて大きな声で笑うお爺様。そこには悪意はやっぱり見当たらない。ここまでしてもらうのだから、断るのはなんとなく失礼な気がして。


「朱羅。私はたぶん大丈夫。行ってきてくれる?」

「ハァ、わかった。——元の姿に戻れば1日も経たずに帰って来れる。何ともないことを祈るが……無事でいろよ」


 了承の意を返した後。声を潜めた朱羅は、私に耳打ちすると、渋々お爺様の元に私を連れて歩き出す。


「なら先に空き家を見せてもらおうか。その後、ある程度身支度をしてから向かう」

「おお、おお。もちろんじゃとも。だが、もう時間がなくてな。雨の降らない期間が長すぎたせいか、井戸はそこが見え始めておっての。水瓶の水がなくなったら終いなんじゃ。悪いが、今日中に出立してくれ」


 朱羅の言葉に申し訳なさそうな顔をしたお爺様が、言いにくそうに言葉を連ねる。水がなくなると、人間は3日で死ぬ。その知識を知っている私は、朱羅を夜が明けるまで引き留めることはできないなと考えた。


 *


 案内された空き家は、ヨネさんの家よりも古めかしくて。何処か物寂しく感じた。覗き込んだ家の中は掃除されているはずなのに、どこか曇っているように見えて。本能的に、ここにずっとはいたくないな、なんて思ってしまう。


「ハァ、あの天邪鬼があの女に取り付く前にねぐらにしていたらしいな。嫌な気配がする。持ち主は俺が消したから二度と帰っては来ないが……」


 私が顔を顰めたのが見えたのか、不思議そうに家の中を覗いた朱羅も同じ表情になって。そうして、この不快感の説明をしてくれた。悪意を好む妖怪が住んでいた後だ。それはこういう変な感じもするだろう。


「すまんが、一夜だけ我慢してくれ。終わったら2人で一緒にヨネの家に戻ろう。それで、時期を見て祝言をあげような。ずっと一緒にいてくれるって、証明してくれ」


 朱羅ははにかんで、私の頭を撫でる。ただのお参りなのだから、朱羅が達成できないはずがない。なのにどうして、自信に満ちた態度で未来を見据えている朱羅に、縋りたくなるような不安感が纏わりついて離れないのだろう。そっと袖を握ると、朱羅は名残惜しげに私を抱きしめて。


「大丈夫、すぐ戻るさ」


 そう言って裾を翻すようにその場でくるっと方向転換すると、その村があるという方角へまっすぐ走っていった。


「見送りですら、仲睦まじいんじゃな。ワシも婆さんが生きとった頃は、そんな感じでいつでも睦まじかったもんじゃ」


 何処か懐かしそうに目を細めたお爺様は、寂しさの滲んだ声音で言の葉を並べる。そういう言葉を聞くと、愛しい相手がいなくなると寂しいのはいつの時代でも同じなんだと、強く実感する。元の世界に戻らないと決めたくせに、愛をめいっぱい注いでくれた家族が恋しくなる。


「まあ、気負わんことじゃ。難しいことは頼んどらんし、ああやって村に貢献するようなことをしとけば村民も文句は言えんじゃろうて」


 そんなしんみりした空気を吹き飛ばすかのように、お爺様はからりとした態度で朱羅の走っていった方角を見つめて。そうして、その姿がとっくに見えなくなっているとわかると、私に手を振ってから自分の家へと歩き出して行った。

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