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神有村にて

 神有村に戻ると、たくさんの視線が私たちに突き刺さる。猜疑心に満ちた眼差しや敵意に満ちた眼差しがほとんどで、心配していると感じられるのはごく一部だけ。視界の隅で、私たちに駆け寄ろうとした小春さんが、旦那さんの三郎さんに抱きしめるように引き留められているのが見えた。


「ずいぶんと居心地の悪い村になったな」


 こそっと朱羅が耳元でささやく。少しだけ冗談めかした声のトーンだけれど、顔は一ミリたりともおもしろくなさそうで。朱羅は気を緩めることなく周囲を警戒し続けていた。その様子に私も気を引き締めなおした、そのとき。わざとらしく足音を立てて、利市さんが私たちの前に立ち塞がった。


「やあ、束の間の駆け落ちごっこは楽しかったかい?」

「駆け落ち?違うな、誰かさんのおかげで華がひどく弱っていたから療養に出ていただけだ」


 あくまでも表面ではにこやかに話しかけてはいけるけれど、逆撫でするような言葉選び。朱羅は冷静に、けれども怒りを滲ませた声で反論する。その声のトーンで、前に牽制されたことを思い出したのか、利市さんの顔が引き攣る。


「ま、まあ。それはどうでもいいさ。今夜にでも、華ちゃんはオレのものになる。ご苦労だったな」


 引き攣った表情のまま、勝ち誇った顔をするという器用な表情筋の動かし方をした利市さんが、こちらに手を伸ばしてくる。それが嫌で、朱羅の影に隠れると、朱羅はまるで獣が唸るような低い声で威圧した。


「寄るな、下郎。隣の村の妻子に、骸を届けられたいか?」

「…なっ!?」

「え、?」


 朱羅のその言葉に、明らかに動揺した利市さんだけれど、私も衝撃的すぎて動揺してしまう。だって、それって。つまり。


「利市さんは既婚者ってこと?」

「なッ…。馬鹿なことを言うな!!!!何を根拠に?!」


 利市さんは裏返った声で慌てたように反論するけれど、説得力がまるでない。根拠は、と聞く人は、今までの経験からすると、大体指摘されている通りのことをしていると思うし。


「もういい!これ以上醜態を晒すな!!」


 喚きたてる利市さんに対して、怒声が飛ぶ。それは、一人の老人のもので。いつの間に、と思って周囲を見渡す。そうして初めて、大勢のギャラリーが私たちから一定の距離を保って、この事態を見ていたことを知った。


「もういい、やめろ。これ以上、恥をかかせるな」

「いて、やめてくれ!爺、様!!」


 その御老人は持っている杖で、利市さんを何度か打っても、まだ怒りが収まらないと言った様子だった。けれど、気持ちを落ち着けるように大きく息を吐いて。私たちの方を向き直った頃には、表面上では、普通の顔に見えた。


「そこのお二人にも、すまないことをした。ワシはこの馬鹿の祖父だ。この馬鹿は年頃の娘と見ると、すぐに手を出したがる。顔が整っているせいか、それに娘たちも釣られやすくてな。それが原因で隣の村にはもう足を踏み入れることは許されていない」


 まあ、確かに。好きな人は好きな顔だよね、と思う。私は利市さんの顔というか、オレのこと好きなんでしょという自信が滲む態度が好きではなかったのだけれど。


「改心したと思うたが、気のせいだったようだ。息子は、こいつを御することすらできんしのお。まったく、お雪ちゃんと手を組んで、碌でもないことを考えて」

「御老体、それはあの2人の企みを知っていて放置したと?」

「まさか、生死に関わるようなことまでするとは思っておらんかったよ」


 力無く頭を振ったお爺様は、そう言って寂しそうに笑う。一縷の望みをかけて、老い先短い自分が人生を賭けて、矯正してみるつもりだったのだ、と。


「残念じゃが、利市とお雪ちゃんはもうこの村には置いておけんかもしれんなあ」

「……何よそれ!!」


 ぽつりと呟いたお爺様の声に、甲高い声が噛み付く。人混みをかき分けて出てきたのは、利市さんの他に名前の上がっていた雪ちゃんで。目があった私を憎々しげに睨みつける。


「雪、別になにもしてない。コイツが勝手に体調崩して死にそうになっただけでしょ?!」

「いいや。おまえは、夜に急激に冷え込むことを知っていて水をかけた。囲炉裏の火がつかないようにしたうえでな。手付かずにしてあるから、見てくるか?」


 拙い反論は朱羅が切り捨てて。そうすると、雪ちゃんは途端に言葉につっかえた。今まで甘やかされていたらしいから、こういう自分にとって都合の悪い展開はなかなか無かったのだろう。


「ですが、御二方が村に入ってから、この平穏が崩れたのも事実です!」


 脂汗を拭いながら、村長さんが雪ちゃんを擁護する声を上げる。その目は、余計なことをしてくれたな、と物語っていて。結局、この神有村にとって有害なのは、私たちだとでも言いたげな態度で、村長さんは言葉を連ねる。


「お雪ちゃんも息子も、よくやっています!今まで何の問題もなかったでしょう?!」


 周りで観察しているギャラリーに向かって、演説するような大きな身振り手振りで。村長さんは、群衆を味方につけようとしている。


「そ、そうだ!ヨネ婆だって、そこの女が追い出したんだ!」

「そうよ!懐いているフリで、家を奪うなんて……!」


 元から私のことを快く思っていなかったのだろう人たちが、村長さんの言葉を受けて、私に言葉を投げつけ始める。私とヨネさんのこと、何も知らないくせに。そう思うと、その言葉は何の重みもなかった。


「華、どうする。説得するのも面倒になってきたから、俺の領域に帰るか?」


 口の動きを読まれないように、手を添えた朱羅が、群衆には聞こえないくらいの声でささやく。あまりに不利な状況に、それもいいかな、なんて思い始めたとき。お爺様の鋭い声がざわめきを断ち切った。


「静粛に!!!多勢に無勢とは、貴様らに誇りはないのか!まったく、嘆かわしい」


 大きな声を出したせいか、軽く咽せたお爺様は、私たちを見て。


「とはいえ、村人の意見も尊重すべきだ。村という集団だからな。だから、そこのお兄さんにはひとつ、課題をこなしてもらう。そうすれば、そこのお嬢さんと添い遂げようがワシらも文句は言わんよ」

「……聞こうか」


 人々の視線が突き刺さるなか、朱羅は堂々とした態度で、お爺様のいう課題について尋ねた。

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