おにいさん、私は
一瞬、箱の中には花が置かれていると思った。鮮烈なほどの赤が目を惹く、彼岸花が。けれど、よくよく見るとそれは本物にしか見えないほど、精巧に作られた飾りで。手に取ると、しゃらりと音を立てて、琥珀色の飾りが揺れる。
「これ……簪?」
「ああ。意匠については俺も少し口を出したんだが、気に入らないか?」
朱羅の言葉に自然と簪へと視線が移る。さりげなく光を反射する柔らかな金色をベースに、鮮やかな彼岸花が咲いている。琥珀色の飾りはその絶妙なバランスを崩すことなく、けれども確かな存在感を持って、彩りを添えていて。どこか朱羅を連想させるカラーリングに、面映いきもちになる。
「すごい、素敵だと思う。もしかして一鱗の鱗が、この彼岸花になってるの?」
「そうだ。紅玉よりも一鱗の方が硬度があるからな。こういった繊細な細工もできる。そのぶん、加工が大変だがな」
その言葉の通り、恐る恐る触れた花の部分は想像よりも硬くて。ちょっとのことでは壊れなさそうな安心感がある。さっそく着けてみようとして髪に触れてから、とあることを思い出してぴしりと固まる。
「どうした?」
その様子をつぶさに観察していた朱羅が、不思議そうに尋ねて。そうして、何かに思い当たったのか、そっと私の手から簪を抜き取った。
「貸してくれ、俺がつけてやる」
触れた朱羅の手つきは優しくて。髪を引っ張らないように、何度か髪を優しく梳いてから、器用に髪をまとめてくれた。首元が涼しくなって、しゃらっと小さく飾りの揺れる音がする。
「似合ってる」
愛おしさを存分にその黄金色の瞳に乗せた朱羅が、私の目を見て微笑む。瞳だけじゃなく、声色にも態度にも、私への愛情が滲んでいて。
「ありがと…っ」
お礼の言葉が感情に揺さぶられたせいで、不安定に揺れる。けれど、朱羅はそのことには触れずに、そっと私の頬に触れて。
「華が知っているかはわからないが。簪には、意味がある」
真摯な色を帯びた、とっておきの秘密を語るかのような朱羅の声。その声は、私の心の深いところにまで染み込むようで。
「貴女を守る、という意味だ。今までも、これからも、華を護る存在でありたいという俺の誓いだ」
祈りのような静謐さを感じさせるその言葉に、吐く息が震える。そうして、ぐっとくちびるを噛み締める私をよそに、朱羅はそっと額をあわせて。朱羅で覆われた世界がぼやける。
「…たとえ、華が元の世界に戻ったとしても、俺のことを忘れないでほしい。そんなきもちもあるが、」
そこで言葉を区切った朱羅は、私にしか聞こえないくらいの小さな声で、吐息のように気持ちを吐露した。
「こんな言い方は最後にするから、許してくれ…。俺は華を、近くで護りたいんだ…、俺を、選んでくれ……!頼む…ッ!」
ああ、もうダメだ。直感的にそう思った。ここまで真摯に希われて、この告白を切って捨てることは、もう今の私にはできない。朱羅の優しさも、愛情も。今日までの時間の積み重ねで、揺るぎなく存在し続けてしまうのだろうな、と私は知っているから。私が朱羅をこの世界に置いて帰ってしまったとしても、朱羅はきっと私のことを想い続ける。想い続けて、しまうのだと。
「は、」
静寂を、心臓が強く鼓動しているせいで漏れでた私の呼吸が破る。私の頬に触れている手は、力がこもっているせいか、かすかに震えていて。けれど、私のことを絶対に傷つけたりはしない。お母さんの言う通り、私には、これ以上の存在なんてできないだろう。だから、私は。
「いいよ。一緒にいよう、朱羅」
頬に触れている手に、自分の手を重ねて。
朱羅に向かって、微笑んだのだ。




