おにいさんからの贈りもの
廊下の角から飛び出してきた朱羅は、私の姿を認めるとザッと上から下まで確認して。そうして、特に怪我がないとわかると安堵したように息を吐いて、ぎゅっと私を抱きしめた。肩口に顎を乗せられたのか、耳や頬を掠める髪がくすぐったい。
「少し目を離した隙に、華に何かあったかと思って焦った」
耳元に落とされた声は、焦りが滲んでいて。抱きしめる腕の体温も、いつもよりも熱く感じた。言葉の通り、急いでくれたのだと伝わって、少しだけ申し訳なくなる。
「ううん、大丈夫。ごめんね、ちょっと変な夢みたいなの見ちゃって」
言いにくさから、もごもごと言葉を口の中で転がすように話してしまう。朱羅は安心させるように、背中をトントンと軽く宥めるように叩いて。
「廊下でうたた寝していたら夢見も悪くなるさ。……無事で、よかった」
慰めるような言葉を言った後、朱羅は私の体を抱く力を強めて。小さな声でぼそりと安堵の言葉を呟いた。それは無意識か、聞かせるつもりは無かったけれど、近い距離だったせいで聞き取れてしまったのか、私にはわからなかったけれど。その、心の奥底から転がり落ちたかのような小さな呟きは、転がり落ちたスピードを保ったまま、勢いよく私の心にストンと落ちて。その衝撃で、夢の中のお母さんの言葉が脳裏に思い浮かんで、ひとり納得した。
(たしかに。こんなに私を愛してくれる存在は、この先には現れない、だろうなぁ)
親でもないのに、無償の愛を注いでくれて、こんなにも慈しんでくれる存在は、きっともう二度と。湧き上がってくる衝動のまま、朱羅の背中でうろつかせていた手を、朱羅の背に回す。けれども拒絶されてしまったらどうしようという怯えがちらついて、その背に手を添えただけのような、拙い抱擁になってしまう。それでも朱羅は驚いたのか、短く息を吐いて。
「は……」
震える息が動揺を伝えてくるから、慌てて手を離そうとする。けれど、その前に朱羅のささやきが鼓膜をくすぐる。
「もっと、強く抱きしめてくれ。華が、抱きしめ返してくれるのが嬉しいから。俺がこれが夢じゃないと感じるくらい、強く」
喜色に富んだ声色が私の背を押すから、力を入れてちゃんと抱きしめ返す。けれど、朱羅はそれでは物足りないのか、もっと強くていい、と言葉を重ねて。
「さ、すがに、これ以上は…!」
「華ってやっぱりひ弱だな……」
「平均的だよ…!」
全力で抱きしめても、朱羅はちっとも堪えた様子がなくて。それどころか不名誉なことを言うものだから、ムッとして言い返すと、くつくつと喉を鳴らして笑った。そのせいでぴったりくっついている私にも、朱羅が笑ったことで揺れが伝わって。その変な感じがおもしろくて、私も笑ってしまった。
「そういや、こんな奥まったところで何してたんだ?」
お互いにひとしきり笑いあった後、朱羅は話しやすいようにか、そっと体を離した。隙間なく密着していたせいか、少し離れただけでも隙間風が冷たく感じて。まだ抱きしめられている状態ではあるのに変なの、とどこかずれた感想を抱く。朱羅は私の目を覗きこみながら、思い出したかのように問いかけてきて。
「起きたら、朱羅がいなかったから」
それに正直に答えると、朱羅は思いもよらない返答だったのか、目を瞬いて。そうして、嬉しそうに表情を綻ばせた。
「そうか、心配をかけたのならすまなかった。一鱗の加工が終わったと、獺から連絡があってな。それを取りに行っていたんだ」
私を抱きしめる腕をそっと外した朱羅は、胸元からごそごそと小さな箱を取り出した。その箱を私に渡すと、照れくさそうにしながら優しい声で、言葉を紡ぐ。
「受け取ってくれ。華が気に入ってくれるといいんだが……」
視線に促されるように、ドキドキしながら、渡された箱に手をかけた。




