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気のいいおにいさんがヤンデレになるとは聞いてない!  作者: 夜星 灯
おにいさん、ヤンデレの片鱗が見えてます
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夢での邂逅

 残りの2日間は、お昼寝してみたり、お料理してみたり、藁で草履を編む、なんてこともしたりして、朱羅とまったり過ごした。そして、村に帰る予定の日の朝のこと。


「朱羅……?」


 朝起きると、いつもなんだかんだしれっと私を抱き込んで寝ている朱羅がいなかった。こころなしか背中のあたりが冷たく感じて、ふるりと身震いする。起き上がって周囲を見渡すと、朱羅の領域に来た日とは違って、襖がぴったりと閉じられていなくて。わずかに開いた隙間から、外の光が細く入り込んでいる。それに誘われるかのように、襖に手をかけて板張りの廊下に出る。きょろきょろと辺りを見回しても、朱羅がいそうな方向はわからなくて。


「朱羅?どこにいるの?」


 名前をいくら呼んでも、朱羅からの返事は返ってこない。ただただ広い屋敷と森のように茂った木々が、私の声を吸い込んでは、静寂が広がるばかりで。だんだんと心細くなってきて、廊下を歩く足も重たく感じてしまう。そうして、のろのろと歩いていた足は、まるで床に張り付いてしまったかのように動かなくなってしまった。


「しゅら……?」


 囁きのような声で朱羅の名前を呼んだ後、その場に座り込む。迷子になってしまったときに似たきもちが、私の心を突き刺すような冷たさをもたらして。ひどく寒く感じるせいか、少しでも体温を逃がさないように、体が自然と丸くなる。この4日間、ずっとそばに朱羅がいてくれたから、孤独を感じる暇もなかったけれど。朱羅のいない世界は、こんなにも寂しいのか。村に戻ったとき、朱羅がもし私に愛想を尽かして、私のところを訪れなくなってしまったら。毎日が、こんなにも苦しくなる。


「それにもし、私が元の世界に戻ったら……」


 平凡な日常が戻ってくる代わりに、妖と不可思議で満ちたこの朱羅のいる世界とお別れすることになるんだ。


 ひとりになったことで、頭は自然と未来と朱羅のことを考えていた。それは図らずも、この領域で過ごすときに考えようと思っていた、朱羅とどうなりたいのか、という自分自身への問いに、じっくりと向き合って考えることに繋がっていて。少しでも考えに集中するために、目を閉じて視覚情報を遮断する。


 私は元の世界に戻らなきゃいけないのに。朱羅のいない世界は、きっとどこか欠けて感じてしまうのだろうなと漠然と思う。でも、けれど、そうだとして?考えれば考えるほど、この世界に残ることへの肯定と否定が入り混じって。この世界と元の世界の天秤がぐらぐらと揺れ続ける。


 私は、後悔したくない。

 でも、どちらを選んでもいつか後悔するなら、私は自分のきもちに正直に選択をしたい。

 私のきもち、は……?


 熟考しているうちに、ぐるぐると回り続ける脳がオーバーヒートを起こしたみたいに、ぷつんと意識が途絶えた。


 *


 ふと気がつくと、しんと静まり返った静謐に満ちた空間で、月が湖面を照らしているのを見ていた。


「また、かあ……」


 黒い影が月の中に帰れ、と言われるだけの夢だろうと、あたりにある切り株に腰掛ける。前に見た夢と、まったく同じ空間なのだ。二度目なので、新鮮さも驚きもない。どうせなら、前見たときは行けなかった範囲まで歩いてやろうかな、なんて自分の足に肘をつきながら考えていると、背後から柔らかな明かりが差し込んで。どんな演出をしてくるのかな、と振り向くとそこには元の世界にいるはずのお母さんがいた。


「華、ずいぶんと素敵になったわね」

「え…?」


 私の顔を見ての第一声が思いもよらぬもので動揺してしまう。そんな私の様子をよそに、どこかを見つめたお母さんは、誰かに何かを教えてもらっているかのように相槌と頷きを繰り返して。


「へえ、そうなの。あら、素敵じゃない。やっぱり恋は女の子を大人にするのかしら?」


 お母さんは口元に手を当てて、クスクスと少女のように笑って。そうして、私へと手を伸ばした。その手は、いつも褒めてくれるときと同じように、ゆっくりと往復して。小さい子に言い含めるように、優しい声で言葉を紡いだ。


「華、よく聞いてね。こんなに貴女を愛してくれる存在は、この先には現れないかもしれないわ。もし、華が戻ってきたとしても、彼の方が良かったかもしれないと思って、今後誰のことも好きになれないかもよ?」

「それ、は……」


 咄嗟に否定しようとして、否定する材料が見つからなくて言い淀む。朱羅は、私がどんなことをしようと、笑ってゆるしてくれそうだし、傷ついていたら寄り添ってくれるだろうし、頼り甲斐だってある。朱羅のことを保留にしているような不誠実な私のことを、こんなにも大事にしてくれているのが不思議で仕方がなくなるくらいに、すごく素敵な男性なのだ。言い淀む私を見て、にんまりと笑みを深めたお母さんは、優しく撫でていた頭から手を離して。元気づけるように、そこそこの力で背中を叩いた。


「いたッ!」

「……だから、世界とか周りの人間のこととか、それらすべてを置いておいて、貴女が彼とどうなりたいかを考えてね」


 バシンと元気よく響き渡った音とは対照的に、お母さんの声には寂しさが滲む。咄嗟にお母さんに伸ばした手は、するりと避けられてしまって。


「わたしのことなら大丈夫よ!遠くにお嫁に出すってこんな感じかもしれないし!帰ってこなくても大丈夫だし、帰ってきてもいいの!華がちゃんと選んで!!」

「お母さん!!!!」


 がばっと起き上がりながら、もう一度伸ばした手は、虚空を彷徨った。ぱちりぱちりとまばたきを繰り返して。あれが束の間に見た夢だったと気がつく。あれが本当に夢だったかは、わからないけれど。


「どうした!!?」


 お母さんと叫ぶ声が聞こえたのか、どたどたと慌ただしく走る音ともに、眠る前に探し回っていた声がした。

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