おにいさん、一鱗ってすごいんですね
「おぉ?!そんなに怯えられるのは久しぶりでワクワクしますね!!もしや朱羅殿の御連れ様でしょうか?初めまして、わたくし獺と申します!水を操ることができるので、このような商売をさせてもらっております〜〜」
かわうそ…?カワウソ、ってあの可愛いやつ?そう思って視線を下げると、後ろ足で立ってこちらを見上げている、テレビとかでよく見るカワウソとは少し雰囲気の違う顔立ちのカワウソがいた。その姿を認識すると、さっきまでの怖さは吹き飛ぶようになくなって。それどころか、前足で身振り手振りをしながら話しているところが可愛くて、自然とニコニコとしてしまう。
「やや?!怖いと言ったわりに微笑んでいるご様子!この哀れな弱小妖怪をからかったのですか…?!」
「そういうわけじゃなくて。姿を見るまではちゃんと怖かったんだけど、カワウソさんが可愛くて」
「ほほう。愛くるしいと……!」
それはよく言われます、とカワウソさんは胸を張ったので、その可愛さに笑みが溢れた。その様子を満足げに見たカワウソさんは、話を戻すように目の前に浮かんでいる水を、まるっこい指先で示して。
「さて、雑談はここまでにして。ご注文の確認ですが、この中に朱羅殿のご要望の通り、一鱗が2匹おります。加工予定とのことで、彩度が落ちぬようにわたくしが職人のもとに持ち込む、ということで間違いないですか?」
「ああ」
短く答えた朱羅に疑問符が止まらない。加工するとは?彩度が落ちるって何?職人!?聞きたいことがたくさんありすぎて、どこから聞こうか悩んでいると、それが私の顔に書いてあったのか、朱羅は小さく笑って。
「説明するより見た方がわかりやすいところもあるからな。見てろよ」
言葉を言い終わったと同じくらいのタイミングで、朱羅は浮かんだ水の中にいる一鱗という魚に触れた。その途端、地味な色だった一鱗は、朱羅の指先から色を吸い取っていくかのように、その体を鮮やかな赤に染め上げていく。揺れる尾鰭の先までが薄っすら赤く染まったころ、朱羅はその指先をようやく魚から話した。
「一鱗はこうやって、触れた存在から色を吸い取る。俺の場合はこういう赤だ。華が触れればまた別の色が出る」
触ってみろ、そう促されて、もう一匹の方に恐る恐る手を伸ばす。魚に触れる前に浮かんでいる水に触れたのだけれど、感触はただの水で。本当に浮かんでいるだけだと思い知らされる。悠々と泳いでいる一鱗は、私の手が水の中に入ってきたのに、気にした様子を見せなくて。そうっと触れた指先に伝わってきたのは、魚の鱗にしては硬い感触で。どちらかといえば、歯とか骨とかに近いような硬さだった。感触に驚いている私をおいて、一鱗はその色をゆっくりと変えていく。朱羅のときは鮮やかな赤だったけれど。
「わ、白くなった!」
「いや、白だけじゃない……かすかに青みがある。なるほど月白か。確かに、華はこの色だろうな」
朱羅は納得したように頷いて、カワウソさんへと向き直る。そして、朱羅の染めた一鱗を指差して。
「悪いが、あいつの体の鱗を一枚貰えないか?」
「勿論です!」
「それと予定通り、頭の一枚を剥いだあとは燃やして処分してくれ」
「朱羅殿の一鱗の鱗となればかなりの値打ちがつきますのに……それに御連れ様の月白も珍しい!買い取らせては」
「くどいぞ」
食い気味にカワウソさんのおねだりを切って捨てた朱羅は、ふんと腕を組んで。その途端に漂い始める威圧感に萎縮したらしいカワウソさんは、ものすごいスピードで朱羅の要望通りに鱗を剥がして渡すと、色の変わった一鱗の水とともにすごい勢いで去っていった。
「今後ともごひぃ——」
「ンフッ」
ご贔屓に、と言っているんだと思うが、逃げる足が早すぎて、言葉が途中で聞こえなくなって。変なところで途切れて聞こえてくるものだから、思わず吹き出した。
「そういえば、なんで燃やして処分なんて言ったの?」
去り際近くの朱羅とカワウソさんのやりとりが気になって、そう聞くと朱羅は頭をガシガシと掻いて。言いにくそうに、小さな声でぼそぼそと喋った。
「妖界ではお互いの色に染め上げた一鱗の鱗、まあ加工するかしないかは自由だが、それを交換するんだ」
「へえ、そうなんだ。でも朱羅はなんでそんな言いにくそうなの?」
「あー、実はそれは気軽にすることじゃなくて。その、将来を誓い合った仲で、だな」
婚約指輪みたいなものか、と頷きかけて、とあることに気がついてしまったせいでボンっと顔が熱くなる。だって、朱羅は私なんかに畏れ多くも好意を持ってくれているわけで。さらに言うと、私の色の一鱗と朱羅の色の一鱗の加工をカワウソさんに頼んでいるのも見ていたので。
「もしかして、私と……?」
「悪いか?」
開き直ったように少し強めの口調で聞いてきた朱羅に、小さく首を横に振った。




