おにいさん、問題の解決策を考えましょう
「……え?」
その言葉があまりにも予想外で、思わず聞き返す。けれど、繰り返された言葉は寸分違わず同じもので。驚きのあまり、言葉が出てこなくなる。その様子を見て気遣ってくれたのか、朱羅が蘇芳さんに言葉の意味を問いかけた。
「蘇芳、華が問題ってどういうことだ?見ての通り、ひとりで暮らすのもままならないのに」
「へえ。異世界ってのは便利なんだね。吾たちが暮らしているこことは大違いだ」
感心したように呟く蘇芳さんの顔を思わず二度見する。だって、私は異世界から来たことをヨネさんと朱羅にしか言っていないから。
「えっ!?なんで知って…?朱羅、蘇芳さんに話した?」
「いいや。だが、華はこの世界の人間と気配が違う。俺でもわかるくらいにな。だから、蘇芳はもっと明確に感じているんだろう」
「そうそう、そういうこと!それで、問題ってのはこの様子だと人間ちゃんには馴染みがなさそうだから、順を追って説明するね」
よっこいせ、と軽い声で縁側に腰掛けると、蘇芳さんは歌うように滑らかに言葉を紡ぐ。曰く、誰の庇護下にもいない女性は、自由がないのだという。
「もーっとわかりやすく言うなら、権力者が好き放題できる所有物として扱われるってこと!」
「それって、つまり……?」
「言葉の通り、本当に自由に扱えるんだよ。奴隷のように扱おうが、殺そうが誰にも文句は言われない。それこそ偉い権力者たちの思うがまま。それが今回、人間ちゃんが問題になってる理由さ」
蘇芳さんの言葉は簡単なようでいて、理解が難しくて。疑問符を浮かべながら話を聞いていると、その様子に気がついたのか、淡々と箇条書きのような言葉を並べた。
「人間ちゃんは自由に扱える。自由に扱えるので、問題だらけの村長の息子に嫁がせても文句は言われない。なら、放蕩息子が言い寄っている人間ちゃんを嫁がせて、自分の言うことを息子に聞かせようってこと」
「待て。それでは筋が通らん。俺が華と許嫁同士ということを、村の連中は知っているはずだ」
「それなんだけど。朱羅は騙されてるんだって言い張ってるんだよ。雪って名前の、下賤な女が。それに人間ちゃんが村に来てから、ずっと起こらなかったことがあるんだ。なんだと思う?」
問いかけてきた蘇芳さんの、名前通りの瞳が私を捉える。親しみのある先生のような態度だったからか、それとも偶然か。私の頭の中に、パッとひとつの事柄が思い浮かんだ。
「雨が、降ってない」
「その通り!ま、真実は雪が蛟への神饌を横取りしたからなんだけど」
蘇芳さんの声が、私が正解を弾き出したことで弾んだのに、雪ちゃんのことを話しだした途端、一瞬でトーンが落ちて、侮蔑の色を含んだ声に変わった。表情も抜け落ちていて、蘇芳さんの美貌が冷たさを帯びる。それが少しだけ怖い。かすかに怯える私を気にした様子もなく、蘇芳さんはそのまま言葉を重ねた。
「それで、人間風情が朱羅の大好きな人間ちゃんをどうするって言ったと思う?」
問いかけに答えられなくて言葉を詰まらせる私とは対照的に、朱羅は瞬時に答えを理解したらしい。私を抱きしめる腕の力を強めて、憎々しげに言葉を吐き捨てた。
「なるほどな。華に、生贄か放蕩息子の嫁か選ばせようってことか。大体の人間は後者を選ぶ。死にたくないだろうからな」
朱羅の言葉を聞いて、ようやく理解できた私は、ゾワっと背筋を寒気が駆け抜けるのを感じた。どう考えても、後者の方が嫌に決まっている。仮に生贄として捧げられるとしても、蛟は朱羅が私を好きなことを察しているので、利用価値があると判断して殺さないと思うし。
「うーん。それなら生贄を選んだ上で、蛟に交換条件を持ちかけるのはどうかな?」
「なるほど。あいつはあの村から離れたがっている。封印を解いてやれば余程のことじゃない限り、頷くだろう」
その封印についてだけれど、封印の解き方はすでに知っているので、あとはタイミングと言葉の誘導さえできれば問題ないと思う。
「それとあともう2つ、選択肢があるよ」
にやにやと悪巧みが思い浮かんだような蘇芳さんが、さも今思い付きましたとばかりに声をあげる。その顔からは、私にとってはいい選択肢が提示されるとは思えなくて。渋々先を促すと、待ってましたとばかりに蘇芳さんが話し始める。
「ひとつは、朱羅が鬼の姿で村に行って、脅しをかけること!人間ちゃんを嫁に差し出さないと、一軒ずつ家を大きい家から順に壊して回るぞ〜!とかそういう感じで。これから本格的に雪が降ってくるし、一番大きい家は必然的に村長の家だからね。悩む間もなく頷くと思うよ」
そもそもこの嫌がらせに近いことを考えているのが、おそらく村長の息子の利市さんと、雪ちゃんの2人なので。村長さんとしては、息子のせいでこれ以上大変な目に遭うのは嫌だろうと思う。だから蘇芳さんの言うように、すぐにでも熨斗付きで私が朱羅に差し出されてもおかしくない。
「それかもうひとつ!こっちの方が吾的にはおもしろくておすすめなんだけど、この朱羅の領域に囲われるってのはどう?!煩わしい人間関係とかぜーーんぶ忘れてさ。どうかな?」
朱羅は蘇芳さんの言葉を聞いて、いいことを聞いたというかのように、ニィッと口角を釣り上げた。私を抱きしめていた腕がするりと解けて、私の頬に触れる。そうして、動けないように固定したかと思うと、朱羅は額を私の額とくっつけて。近すぎる距離に、まつげが交わっているような気すらする。
「俺もそれがいいと思う。ずうっと、このかりそめの空間で、2人でいよう?」
朱羅の息が、私の口元をくすぐった。そのあまりの近さに、ようやっと思考が追いついてきたのか、急激に顔に熱が昇る。朱羅のとろりと溶けた蜂蜜のような甘さを含んだ黄金色が、私の視線を捉えて離さない。その距離で、朱羅は何をするでもなく、ただ私の返答を待っている。跳ねる鼓動の音が耳の中で反響して聞こえているかのように、ドキドキと激しく音を奏でていて。自分の考えが、朱羅の存在のその音に気を取られてうまくまとめられない。けれど、何か答えなくてはと散らばってしまう言葉を、どうにか頭の中で文章に組み立てて。そうして、辿々しく音にした。




