朱羅の想い
部屋に戻ると敷きっぱなしにしていった布団が綺麗に片付けられていて、代わりに机と座布団が用意されていた。朱羅は座布団の上に私を降ろしてくれるかと思いきや、私を抱いたまま座って。朱羅の胡座の上に横抱きにされているので、まるで漫画とかで見た恋人同士っぽい体勢にそわそわと落ち着かない心地になる。
「え〜っと……降ろしてくれる、感じではない?」
「部屋に戻ったら降ろすとは言っていない」
「そ……れは確かにそうだね?」
座ったことで近くなったように感じる顔に動揺して。しどろもどろになりながら降ろしてくれるのではないかと問いかけた質問は、いつかのように躱されてしまった。朱羅の言葉を頑張って思い出しても、朱羅の言うように、部屋に戻ったら降ろすと言われた記憶がないので、おとなしくするしかないと、諦めて朱羅にもたれかかる。
「それで」
「うん」
「倒れている華を、俺が見つけたところから話をしようと思うがいいか?」
「大丈夫」
私の返答を聞いた朱羅がぽつりぽつりと、言葉を選ぶように話し出す。その朱羅の目は閉じられていて。記憶を辿っているのだとわかって、邪魔をしないように口をつぐんだ。落ち着いた感情の読めない声が、ゆっくりと当時の状況を語っていく。
私が倒れていて、今にも死にそうだったこと。
私を助けられないかもしれないと絶望したこと。
蘇芳が朱羅に助言をくれたおかげで一命を取り留めたこと。
私が4日間ほどまったく目を覚まさなくて、心配で堪らなかったこと。
これらすべてを、起伏のない声が紡いでいく。その声からはまったく感情が読めなくて。心配になって見上げると、朱羅の口元からツウっと血が滴る。
「朱羅!?血が、血が出てる!!」
びっくりして話を遮るように声を上げると、朱羅はこの話を始めてから、初めて感情を滲ませた声を苦しそうに落として。
「そんな傷なんかどうだっていい。倒れている華を見てから、ずっと、ずっと心が痛いんだ。おまえを、華を失うのが、こわい…!」
その言葉を聞いて、私は朱羅に何も言えなかった。だって、私はいつか、帰らなければならないから。自分がいた世界に。だから、いつか消える私がどんな言葉を朱羅にかけたとしても、不誠実になってしまう。
「お願いだから、帰らないでくれ……華が故郷を、家族や友を恋しく思っているのも、わかっている。それでも、どうか。後生だから、俺の手を取ってくれ。愛して、いるんだ…!」
朱羅はそう言って私を離すまいと抱き竦める。大きな体を縮こませて、誰にも取られまいとするように、痛いほどの力で。朱羅のきもちが痛いほど伝わってきて、くちびるが震える。何か言おうときもちが急いてしまって、言葉が見当たらないまま、口がはくはくとから回る。
そうしてようやく声になって口から出た言葉は、ひどく頼りない響きを持っていて。
「すこし、考えさせて」
いつか帰らなければいけないのだとしても、帰るからといってそのきもちに向き合わないのは、朱羅に失礼だと感じて。どちらを選んでもいつか後悔するから。だから私自身が、より後悔しない選択肢を選ばなければならないのだ。答えによっては、朱羅を悲しませることになったとしても。
*
お互いに考えを巡らせているのか、部屋の中には呼吸音だけが静かにこだましている。どちらも頭を占めているのは、お互いのことだろう。むしろ、今は他のことを考える余裕がない、とも言える。私は、朱羅とどうなりたいのか。そのことをじっくりと向き合って考えなくてはいけない。もう一度思考の海に沈もうと、目を伏せたとき、ひとりなのに賑やかな声が襖を突き抜けて聞こえてきた。
「朱羅〜〜!と人間ちゃん!元気?!?!」
その声と話し方で、朱羅も私もその声の持ち主が誰だかわかって、ぱちぱちとまばたきをしながら目を見合わせて。なんともいえない空気が、一瞬で霧散する。ずっと真剣な面持ちを崩さなかった朱羅が、仕方なさそうに笑って、勢いよく襖を開け放つ。
「蘇芳!!!ここにいる!」
張り上げた声は、ちゃんと蘇芳さんに届いたらしい。ひょこっと顔を覗かせたけれど、すぐにおちゃらけたようにキャッと目を両手で隠す、ように見せかけて隙間が空いているけれど。その動作に首を傾げると、からかいの色を隠さない様子の蘇芳さんが、ニタァと笑って。
「愛されてるね〜〜人間ちゃん♡」
「そうだな」
茶化すような言葉は、今の朱羅に行ったところで意味はなかった。それどころか真剣な顔で同意を示すものだから、私の方が照れやら恥ずかしさやらで逃げたくなった。いまだに朱羅の上に横抱きにされたままだから、逃げられなかったけれど。
「それで、意識のあるときの口吸いも済ませて伴侶になるということでいいの?」
不思議そうな顔で首を傾げられて、私も同じ方向に首が傾く。口吸いってなに?と聞こうとして、次に脳が理解した言葉に思考がフリーズする。伴侶……ってあの伴侶?!私が心底動揺している様子には、これまた動揺した様子の朱羅が気がつくことはなかった。




