犯人はあの子だけじゃない
くしゅん。
どこからか聞こえたくしゃみの音で目が覚めた。起きあがろうとしたけれど、体が昨日より重たい感じがして。でも、朝が来たのだからとなんとか起き上がる。途端に、申し訳程度にかかっていた布団が落ちて、突き刺すような寒さが襲ってきて。思わず擦りあわせた手も、氷のように冷えてしまっていたので、なかなか暖かくならない。
(さむい、)
ぼんやりと脳を埋め尽くすのは、その単語だけ。眠る前に考えていた、消えてしまいたいほどの無力感は薄れたけれど、帰りたいきもちと寒さは朝になっても消えてくれない。
くう、といつもより心なしか切なそうなお腹の音が鳴る。お腹減ったなあと、厨に緩慢な動きで歩いていって。鍋に気を取られていたのか、奇跡的に何もされていなかった干し肉にそのまま齧りついた。思ったより硬い干し肉は、燻製の工程を挟んでいるのか、肉本来の香りだけじゃない匂いがして。滋味深い味がする。
ごくん、と咀嚼したものを飲み込んだあたりで、そういえば干し肉は生食しても平気なのか疑問に思って。けれど、すでに胃の中に落ちていった後だから、もし生食が駄目だったとしても、どうにもならなくて。食べちゃったものはしょうがないよね、と開き直って干し肉一枚を食べ切った。
「今日、は」
また川に行って、釣りをしなきゃ。そうしないと、干し肉以外に食べるものがない。そう考えて、火がない今は生食しかできないと思い至る。川魚にも寄生虫はつくはずだ。だから獲ったところで食べられない。そうすると、朱羅が置いていってくれていた干し肉だけで明日ないし明後日まで、持ち堪えなければならない。でも人間は水があれば、2〜3週間は生きられると聞いたことがあるから、大丈夫なはず。
それよりも今は火をつけないと凍えてしまいそうだから、どうにか暖を取る方法を考えなければならなくて。目を閉じて何かいい方法はないかと考えてみる。けれど、何度考えてみても一番暖かくなる方法は、囲炉裏に火が入ることで。囲炉裏の惨状もなかなか酷いけれど、ただでさえ使うのが下手な火打石も、どこかに隠されたらしくて見つからない。そうなると火をつけるには原始的な方法しかなくて。
「確か、木の皮と木の枝をこすりあわせて、木屑を出して火種を作る、であってるよね」
ずっと前にプレイしたきりのサバイバル系のゲームのソフトの知識をなんとか引っ張り出して、彼等が火をつけるためにしていたことを思い出す。ゲームですらコツが必要だったのだから、実際にやるのはもっと大変だろう。
「よし……!」
やるしかない。気合いを入れ直して、一歩家から踏み出したとき、バシャンと嫌な音が聞こえた。
「ああ!!ごめんね、華ちゃん。お水がかかっちゃったね!」
ポタ、ポタっと私の髪から水が滴る様子を見ながら、申し訳なさそうな様子の利市さんが駆け寄ってくる。けれど、その目は愉悦の色が浮かんだ三日月を描いていて。
「華ちゃんさえ良かったら、家においでよ。君の家よりずうっと暖かいよ?」
「そうそう、利市様のお家にお呼ばれされなさいよ!すごいことなのよ!かわりにあのお兄さんには私が華ちゃんは利市様のところにいるって教えてあげるから、ね?」
利市さんの陰から、そう言いながら雪ちゃんが姿を見せる。にやにやと意地悪く笑った顔は、悪意で染まっていて。私は誰にも家の囲炉裏に火が入っていないことを言っていない。それなのに、その状況を知ったように話されて、私の家をめちゃくちゃにしたのがきっと、この2人なんだと知った。最近静かだったのは、ずっと朱羅が私と離れる機会をうかがっていただけだと、ようやく思い知る。
「だいじょうぶ、です。放っておいてください」
震える声で拒絶の意思を示す。どうやら雪ちゃんは、利市さんより綺麗な顔だからという理由だけで、朱羅に乗りかえるつもりらしい。それで、利市さんは考えたくもないけれど私狙いで。利害の一致で手を組んだのだろう。少し前までは雪ちゃんのことを歯牙にもかけていなかった利市さんの変わりように後退る。手を組むとなった途端、いやになるくらいに気の合うさまが恐ろしい。
「そんなこと言わないでさあ、オレが温めてあげるよ」
下心丸出しの笑みが気持ちが悪くて、伸ばされた手をはたき落とした。こんなやつに抱かれるくらいなら、凍えながらでも朱羅を待っているほうが億万倍もマシだ。
「けっこうです。おひきとりを」
ガチガチと歯が鳴り始めたせいで、言葉にしにくくなってきた。害悪しか齎さないこの2人の相手をしたくもなくて、そう言い捨てると扉を閉めて、つっかえ棒で開かないようにした。
外に出るたびに、嫌な目に遭うから、もう朱羅が帰ってくるまでは家で大人しくしていよう。そう思って。
――カチカチカチカチ
歯の鳴る音が私だけの家の中に響き渡る。歯だけじゃなくて、全身がぶるぶると震えてしょうがない。濡れた髪のままでいると体温が低くなるから、手で水気をできるだけ切った後、手拭いで包んでタオルドライをした。けれど、水が冷たかったせいか、空気が冷たいせいか、たいして乾いた様子はなくて髪は湿ったまま。コートも濡れてしまっていたから、着替えて先ほど片付けたばかりの布団へと包まった。コートがないだけで、驚くほど寒く感じる。
「……あれ…?」
どれくらい布団でガタガタと震えていたかわからないけれど、突然その震えが緩やかに止まった。
温かくはないけれど、なんだか、例えるなら、ゲームで次のステージに行けたみたいな変な感覚がある。震えから視界が揺れたりしないし、体も震えない。なんだかそれにホッとして、まぶたが段々と重くなってくる。ゆっくりとまばたきを繰り返すうちに、睡魔はさらに強くなってきて。
(あれ?こういうときって、寝てもいいんだっ、け?)
眠気に襲われているなかでぼんやりと浮かんだ疑問も、あっという間に黒く塗りつぶされるように、わからなくなった。




