ぜんぶ、夜のせい
すべての片付けが終わる頃には、日がすっかり傾いてしまっていた。隙間から入る風が、うっすらと滲んでいた汗を冷やしていくのでさらに冷たく感じる。
そういえば、夢中で片付けをしていたから思考の隅に追いやっていたけれど、囲炉裏の火が消えたままだった。このまま囲炉裏で部屋が暖かくならないと、きっと寒くて寝ていられないはず。だから次は囲炉裏をどうにかしなければならない。
困ったら小春さんに頼るから大丈夫。朱羅にそう言ったことを思い出して、よろよろと立ち上がって小春さんと三郎さんの家に向かった。
「夜の忙しい時間帯にすみません。小春さん、いますか?」
扉越しに声をかけても反応がなくて、何度か扉をノックしても何の反応も返ってこなくて首を傾げる。その間も、どんどんと空気は冷えてきていて。困ったなあと再度声をかけようとしたとき、小春さんの家のお隣さんが不思議そうに顔を出して。
「あら貴女、ヨネさんのとこの……小春ちゃんなら今いないわよ。確か新年の挨拶は雪で閉ざされていけないからって、毎年この時期に早めに里帰りするのよ」
その言葉に、扉をノックしようと握りしめていた拳から力が抜けていく。隣の人は教える義理もない人間に親切心から教えてくれたのだ。お礼を言うのが先だろうと、泣きそうになりながらも笑顔を浮かべてお礼を告げる。事前に小春さんに聞いていなかった私も悪かったのだ。何の収穫もないまま、無人の冷え切った家へと戻った。
「さむい……」
秋も終わりに近づいているから、当然夜はグッと冷え込む。ガチガチと歯を鳴らしてしまうくらいの寒さが痛いくらい。手を摩りあわせてみても、息を吹きかけてみても、焼石に水みたいなもので。
どうにもならなくて、コートを羽織ったまま布団に包まる。そうすると、少しだけど自分の体温で温かくなってきて。ほうっと息を吐いた。
ぐう、と小さくお腹の音が鳴って、朝ご飯の後から何も食べていないなあと思う。けれど、このぬくもりを捨てて布団から出る気にもならなくて。そのまま寝てしまおうと目を閉じた。
でも、朱羅の気配がない家はひどく静かで、落ち着かなくて。いつまで経っても睡魔がやって来ない。
(朱羅ができるだけ早く帰って来てくれますように)
そう祈りながら、眠るためのコツだとどこかのサイトで見たおぼろげな知識を思い出す。大きく息を吸って、その倍くらいの時間をかけてゆっくり息を吐いて。ゆっくりとした呼吸を繰り返す。けれど、その度に入ってくる空気が冷えていて、眠くなるどころかどんどん目が冴えてきて。それが嫌で寝返りを打ったせいで、新しく隙間が開いてしまったらしく、冷えた空気が足を刺す。芋虫のように丸くなっても、ちっとも暖かくなんてなくて。
――ああ、帰りたいなぁ
ずっと考えないようにしていたことが、頭の中を過ぎる。ヨネさんや朱羅と過ごしているときに思い出したときは、暗い顔をしたら心配をかけちゃうし、いつか戻れるはずだからと気にしないように振る舞って、深く考えないようにしていた。
けれど、今はひとりきりで、虚しく寒さに凍えている。寒くて、惨めで、苦しくて。そんなときにその考えが浮かんでしまっては、もうダメだった。
お母さんが作ってくれるご飯が食べたい。
この世界に来てから食べられなかったすべてが恋しくて。それにちゃんとした白米が食べたい。
友達に会いたい。
明日はこんなテストがあるって愚痴を言ったり、今日の先生はおしゃれしてたしデートでもするのかなって邪推したり、放課後に寄り道をしたりしたい。
親の庇護下にあって明日の心配をしなくても、寒さに凍えることも、食料を自分で探すこともしなくてよくて。知らないことはスマホや本で調べられて困ることもない。
そんな元の世界に、家に帰りたい。
「かえり、たいよ……!」
泣きたいきもちをぐっとかみしめて堪えても、涙が込み上げてくる。1日に何度も泣くなんて、小学生の頃以来だなあとどこか冷静な思考で考えて。静かな闇夜に、私の嗚咽が木霊するのがひどく情けなくて、寂しい。
夜の魔力に侵されたせいか、何もできないちっぽけな存在だと痛感して、消えてしまいたくなってくる。世界から逃げるように、布団を頭から被って縮こまって。こんなきもちになるのも夜のせいだと責任転嫁をして。早く明日が来ればいいのにと泣きながら考えるうちに、泣き疲れて眠ってしまっていた。




