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気のいいおにいさんがヤンデレになるとは聞いてない!  作者: 夜星 灯
おにいさんがヤンデレになるまで
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おにいさん、その笑みの意味は教えてくれないんですか?

 きらきらと光る水面に、せせらぎの音。釣り系を垂らす私とは少し離れたところで、鬼の姿に戻った朱羅が真剣な表情でジッと川面を見つめていて。


「……!」


 朱羅の目に追えないような速度の腕が、ぱしゃんと魚を的確に弾いて。弾き上げられた魚は、地面の上でバタバタと尾鰭を動かして暴れていた。鮮やかな手付きだなあと見惚れていると、朱羅は私の視線に気がついたのか、こっちを見て。得意げに口角をつりあげて笑って見せる朱羅に、リベンジマッチで負けるわけにはいかないと釣り竿を握り直したけれど。どこか釣りに集中しきれなくて。


 それも、理由はわかっているのだけれど。朝の雪ちゃんの甘えたような声が頭から離れないせいだ。利市さんに好意を隠していなかった彼女の声は、牽制にも似ていたからよく覚えている。それに付随して色々なこともあったし、余計に。なのに、その声を朱羅にも向けるのかと思った。朱羅は私の許嫁だと村で話題になっていたはずなのに。

 それを知っていてなお、朱羅に手を伸ばすのか、と。


 朱羅が本当の許嫁でないことは、私が一番よくわかっている。朱羅のことは朱羅自身に選択権があるから、もし朱羅が雪ちゃんを好きになったのだとしたら、歓迎するべきなんだろう。だって、私はずっとここにはいられないから。

 でも、それはなんだか。


「嫌だなあ」


 思ったことが口からこぼれ落ちる。ばしゃ、と朱羅がまた魚を跳ね上げた音に混じって、それは誰にも聞かれないうちに、空気に溶けて消えていくはずだった。けれど、ざぶざぶと朱羅が私の方へと水を掻き分けて歩いてきて。


「何が嫌なんだ?」


 そう聞かれてハッとする。そういえば、鬼の状態の朱羅は五感が人間よりもはるかに優れているのだと前に言っていた。だから朱羅の優秀な耳は、私の醜い言の葉を拾い上げてしまったのだ。


「えっと……」


 聞かれるとは思いもしなかったから、言葉が出てこなくて。意味のない単語だけが頭を駆け巡って、言葉にできずに言い淀む。その様子を見ていた朱羅は気遣わしげに言葉を選ぶように、ゆっくりと話し出す。


「何が嫌なのか、教えてもらわないと俺にはわからん。だが、言葉にしたくないというのであれば、それはそれで良い。言いたくないことは誰にだってあるからな」


 諭すような響きでありながら、慰めるように寄り添う言葉に、くちびるを噛み締める。その様子を見ていた朱羅は、濡れた手を拭ってからそっと頬に触れて。優しい声音で、噛むと傷になるからやめろと言って、頬を撫でた。それにハッとしてくちびるを噛み締めるのをやめて、伏せていた目を持ち上げると、朱羅の黄金のような瞳と視線が交わって。


「だが、ひとつだけ誓え。黙って、俺から離れていくようなことだけは、絶対にしないと」


 真剣な眼差しで度々聞かされるその言葉は、いつもかすかな懇願の響きを持っていて。それがなぜか少しだけ胸を切なくさせるから、私は必ず頷いてしまうのだ。


「約束、ね」

「ああ。破ったらどうなるか、身をもって教えてやろう」


 にや、と笑った朱羅が言う。その言葉は、大抵の人間にとっては恐ろしいはずのものなのに。私にはなぜか安心する響きがあって。ようやく落ち着かないきもちが鎮まった気がした。


「……帰るか」


 魚を獲る気分ではなくなってしまったのは、朱羅も同じだったらしい。徐に体を離した朱羅は、ぽつりとそうこぼすと、打ち上げた魚を回収しに行った。その後ろ姿を見送りながら、朱羅の手が離れたことで少しだけ冷えて感じる頬になんとなく触って。そうして感じた手の大きさの違いに、かすかに胸の奥が跳ねた気がした。


 *


 またあの人間がいる可能性がある、と嫌そうな様子を隠しもしなかった朱羅が、人化の術をかけてから、サッと私と手を繋いだ。するりと指の間に、朱羅の指が入り込む。


「親密な人間はこうやって手を繋ぐと聞いた。あの女もこれを見れば、流石に諦めるだろう」


 思いもよらなかった恋人繋ぎに、かあっと顔が少し赤くなる。恋人なんてできたことがなかったから、こうやって手を繋いだ男の人なんていなかったので。

 自分とは違う、ゴツゴツとした指の感触に男の人だって感じて、そわそわと落ち着かない心地がする。手汗とか出たりしないかと心配になって、さらに落ち着かなくなって。

 けれど、その様子は朱羅にはわからなかったのか。悪戯っぽく笑んでから、感触を確かめるように、手をにぎにぎとされて。


「ふ、顔が赤くなっているぞ?」


 そっと落とされたささやきに、咄嗟に反対の繋がれていない方の手で耳を押さえた。その様子を見ていた朱羅は、口を大きく開けて笑って。からかわれたのだと瞬時に悟った。


「もー!からかわないで!!」

「ハハ、悪い悪い。それより、気がついたか?」


 悪びれてもいない様子で軽く謝った朱羅は、一気に声のトーンを落とすから、真剣な話なのだと耳を傾ける。


「あの女、蛟が言っていた通り天邪鬼が憑いていた。低級妖怪だから、俺の人化の術を見抜けるほどの知能はない。俺たちに手を出すなら容赦はしないが、警戒して損はないだろうな」


 その言葉を聞いて、あの日したやりとりが脳裏を過ぎって。そうして、とあることを思い出す。手段は言いたくなさそうだったから、そのことは置いておくとして。


「ひとつ聞きたかったんだけど、天邪鬼って他の人に乗り換えたりしないの?」

「するぞ?」


 けろっと言い放たれた言葉にぎょっとする。それって、天邪鬼が雪ちゃんから乗り換えようとして私に取り憑く可能性もあるということでは?


「それって私にも取り憑くってことだよね!!?」

「いや、それはない」

「エ!?どういうこと!!!?」


 慌てて朱羅に問いかけると、これまたしれっとさっきと違うことを言われて混乱する。乗り換える可能性はあるけれど、私には取り憑かないってどういうことだろう。反射的に聞いた疑問には、意味深長な笑みを浮かべて返されて。答えとして言葉が返されることはなかった。


「さて、真剣な話はこれで終いな」


 そうやって話を終わろうとした朱羅に気を取られた私は知らなかったのだ。

 まさか朱羅が、俺の妖気がべったりくっついている人間に手を出すほど間抜けじゃないからな、なんて思っていることなんて。


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