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気のいいおにいさんがヤンデレになるとは聞いてない!  作者: 夜星 灯
おにいさんがヤンデレになるまで
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蘇芳の助言

 珍しく息を切らせた朱羅が、ぎっと私を睨みつける。けれど何か思うところがあったのか、すぐさま睨みつけるのを辞めると、大きくため息を吐いて。額を軽い力で、こつんと小突かれた。


「ハァ……。本っ当にお前は俺がいないとうっかりで何をしでかすかわからん」

「ウッ、そこは申し開きのしようもなく……」


 小突かれたところを手で押さえて、しおしおと萎れながら謝る。自己紹介されたら、自分も自己紹介をするように言われてきたのだ。たとえ人外であろうと、ついつい癖で名乗ろうとしてしまう。今の私は鏡で見たらきっと、申し訳ないを全面に出した表情をしている。

 それを見つめた朱羅は、しょうがないなとでも言いそうな顔をしてから、蘇芳さんに向き直って。


「蘇芳、見ての通りだ。危なかっしくて目が離せん」


 優しい声音でそう告げた朱羅の顔は、声に見合った優しい表情で。朱羅のその顔、好きだなあなんて思っていると、蘇芳さんの方からなぜか笑いを堪えるような音が聞こえてきて。もしかして笑ってる?と疑問に思って、蘇芳さんを見ると、口元に手を当てていて。しかし堪えきれなかったのか、んぐっと言う声が漏れてきている。それに気がついた朱羅は、呆れたようにぼそりとひとこと言った。


「笑いたきゃ笑えばいいだろ」

「じゃ遠慮なく。んっふ、ははは!ほんとにサイコーだよ!」


 朱羅の言葉を聞いた瞬間、蘇芳さんは堰を切ったように笑い出す。ひいひい言いながら笑っているのを見ると、なんともいえないきもちにさせられて。なんとなく朱羅の方を見ると自然と視線があった。

(なんであんなに笑ってるんだろう?)

(さぁな。俺にはわからん)

 アイコンタクトでそういう会話をしている間も、蘇芳さんは咽せるほど笑っていて。落ち着くまでに数分は要したと思う。


「ハー、笑った笑った。いいね、いいね。そういう感じ、吾は嫌いじゃないよ!」

「はぁ、ありがとうございます?」


 よくわからないなりに褒められたのだろうとお礼を言うと、蘇芳さんは鷹揚に頷いて。なぜか私の頭に手を置くと、するりと髪を梳くように撫でた。


「吾は素直な人間はわりと好きだからね。ひとつだけ教えてあげる」

「え?」

「――きっとこれから人間ちゃんには3回選択しなければいけないときが来る。きみがどの選択肢を選んでも、きっと朱羅は何も言わない。でも、後悔だけはしないようにね。年長者からの助言だ」


 慈愛の籠った手付きで私の髪を撫でていた手を止めた蘇芳さんは、朱羅にも聞こえないほどの小声でささやくと、パッと体を離して微笑んだ。


「さて、吾はこれでもそこそこ忙しいからね。そろそろ行かなくては!」


 密やかに忠告めいたささやきを落としたときとは打って変わって、明るく元気な声でそう言った蘇芳さんは、ついでとばかりに朱羅の頭をぐしゃぐしゃに掻き回すように撫でてから、この場を去っていった。


「結局蘇芳のやつ、何がしたかったんだろうな?」

「わたしにもわからない……」


 2人して困惑したまま、蘇芳さんが去っていった方向を見遣る。けれど、その姿は既に見えないところまで行ってしまったらしく、視認することはできなかった。


 *


 今日は森に行く用事も特にないからと、朱羅と別れて家へと戻ってきた。ひとりになると、蘇芳さんのあの言葉がやけに気になってきて。


「私には3回選択するときがくる、ねぇ……」


 人生は選択の連続だ、と言った偉人がいた。誰かは忘れてしまったけれど、確かにその人の言うように人生とは選択の連続で成り立っている。もしあのとき、私が金色の桃を見つけて写真を撮ろうとしなかったら、今私はここにはいない。もしあの夜スマホを持って歩かなければ、朱羅と出会うこともなかった。そう考えると、無意識のうちに選択しているのは確かだ。そして、蘇芳さんのあの言い方はわざわざ言葉に出して言っている以上、些細な選択ではないことは確かなのだろう。


「――後悔だけはしないように、かぁ……」


 そうは言っても、後から悔やむから後悔なのだ。後悔だけはしない、なんてことはきっと無理だろう。けれど、でも。その後悔が少なくなるだろう選択肢を選ぶことはできる。ならば、私はその直感に従って選択しようと思ったのだ。


「華ちゃん、ただいま。ゆっくり休めたかい?」


 物思いに耽っていると、ヨネさんが戸口から入ってくる。声の調子はいつもと変わらないけれど、どことなくその表情は硬い。手にはこの村ではあまり見かけない手紙らしきものを持っていた。


「……ヨネさん、その手紙になにかありました?」


 おおかた手紙が原因だろうと予測をつけて聞くと、ヨネさんは小さく頷いて。


「……娘が、この村を出て、孫のいる都の近くの街で一緒に暮らそうと言っておるんじゃ」


 その声は少し嬉しそうだけれど、戸惑いが多くを占めていて。私の存在が重荷になっていることは明白だった。私がいなければ、ヨネさんはきっとこの村を出ていって孫や娘さん夫婦と暮らしていただろうから。


「ヨネさん……」

「華ちゃんを拾ったのはわしじゃ。老い先短いこの命を、あんたに使ってやるのもええと思って拾ったんじゃ。最期まで――それこそ華ちゃんが帰るか、このババが召されるまでは華ちゃんの面倒を見るのが筋じゃろうて」


 寂しげな表情で言われたところで、はいそうですかと受け入れるわけにはいかない。だって、ヨネさんが自分の家族を大事にしているのを知っているから。だから、私がヨネさんにかけるべき言葉はひとつしかない。


「行ってあげてください。呼んでるんでしょう?」


 これが私の一つ目の選択だったと、私はあとで理解することになる。


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