おにいさん、誰ですか?!
ちゅんちゅんとさえずる鳥の鳴き声で目が覚めた。
むくりと体を起こすと、夢うつつな気配をかき消すように目を擦って。深呼吸をしようとすうっと大きく息を吸ったら、途中であくびに乗っ取られてふわぁ、とかなり大きなあくびが出た。
どうやら私は、昨日朱羅と別れて家に帰ってきて寝てから、一度も起きることなく次の日の朝を迎えたらしい。
「寝過ぎた……」
よく考えなくても寝過ぎである。
けれど、とても恐ろしいことにまだ眠気がまとわりついていて。スッキリ起きたというよりは、途中で起きてしまったかのような心地の悪さが体に残っている。
「おやまあ、ようやっと起きたかい」
布団の上でぼうっとしていると、既に起きて外出していたらしいヨネさんが、ひょっこりと家の外から顔を覗かせる。その手の中には、野菜の入った籠があって。
どうやら本日は人手として私をカウントせずに、作業をしていたみたいである。
「ごめんなさい、ヨネさん。何もしないでこんな時間まで寝ちゃった」
「気にせんでええ。そういうときもあるさね。疲れてるんだろうて。ゆっくり休め」
朗らかに笑ったヨネさんはそう言って厨へと引っ込んで。私はのそのそと布団から這い出て支度を整えると、ぐうっと伸びをした。
「今日は手伝いはいらん。家でゆっくりするとええ」
厨に野菜を置いたらしいヨネさんは、そう言って午後の農作業へと出かけた。見送るために外に出たけれど、ヨネさんに心配をかけたんだろうし、今日は言われた通りにゆっくりしようと決めて。
家の中に戻ろうとしたときのこと。
――人間ちゃん♡
ささやくような甘い男性の声が鼓膜を叩いた。
(こーれは反応しちゃいけないやつ!)
聞こえた瞬間、背筋に氷が滑り落ちたみたいにゾワワっと震えて。誰かを呼んでいるのは確かだし、もしこれできょろきょろと周囲を見回そうものなら、聞こえていることの証左になる。
私は何も聞こえなかったと繰り返し心の中で唱えて、一刻も早く家へと戻ろうと足を進めた。
「詰めが甘いねぇ、人間ちゃんは!
――歩く速度があがっちゃってるよ?」
のだけれど。その言葉とともに進行方向を遮るように、ひょこっと視界に声の持ち主が現れた。
まず目を引いたのが、こめかみから生えている一本のツノ。人外だと一目でわかるそれに思わず足を止めると、彼は私の顔を真上から覗き込む。サラリと彼の薄墨色の長い髪が揺れて、周囲をカーテンのように覆った。わずかな光が髪の隙間から差し込む。その頼りない明かりのなかで見えた彼の持つ瞳孔も、朱羅と同じように蛇みたいに裂けていて。それを縁取る虹彩の色は、固まった血みたいな赤。
「まあ、朱羅の妖気がバッチリあるから知らないふりしたところで逃げられないんだけどね?」
そう言ってにんまりと弧を描いた口元からは、ギザギザとした鋭い歯がのぞいていて。噛みつかれでもしたら、血だらけになること間違いなしといった感じがする。
「ひぇ」
思わず頼りない声が口から音となって逃げていく。この方も朱羅とはまた違った美形なのだが、それはそれとして。本能が恐ろしいものに見られていると、ガタガタ体を震わせている。
目の前の存在は、圧倒的な強者であると、否が応でもわからされる。私の怯えきった本能は、逃げるべきだと強く訴えるけれど、逃げられるビジョンはまったく思い浮かばなくて。
「ふーん?この人間ちゃんが朱羅の、ねえ……」
今にもサクッと殺られてしまうのではと、ガタガタ震える私の様子に構わず、この鬼の美人さんは私を色々な角度から観察していて。時折、ひとりでうんうんと頷いては満足そうにしている。
「あの……?」
「ちょっと待って」
「あっハイ!」
思ったよりも怖くないのかもしれないと声をかけたけれど、バッサリと切り捨てられて口をつぐむ。気が済むまで待つしかないのだろうな、と諦めてこちらも観察してみることにしたのだけれど。
この鬼、見れば見るほど中性的な美人なのである。鬼って美形じゃないとなれないのかなあと現実逃避をしていると、ようやく満足したのか、たおやかな見た目に反して、ニッと快活な笑みを浮かべて。
「それで?朱羅のことは遊びってワケ?」
「は?」
心当たりのない、ふざけたことを宣ったのである。




